9.私は一般人
改めてじっくり服を見てみる。手触りもいいししっかりとした生地で、とても上質な素材だと分かる。その割に軽い。ミレスちゃんを抱っこしていることが多いからそこも重要。幼女本人がいくら羽のように軽かろうと、服が重すぎたら腕が疲れるし。
ダナレで買った今の服も汚れてしまっているからありがたいと言えばありがたい。これがタルマレア関連の人からじゃなければ素直に受け取れたんだろうけど。
「議会の場に着用されれば、いい感じで目立つのでは?」
「分かる~」
私が聖女っぽさからかけ離れているのは十分に理解しているし、だからこそ和平成立の場にこの服を着た幼女と霊獣がいれば使者として申し分ないのでは。というかそんなの天使。ミレスちゃんがこの服を着ているのを想像しただけで胸が高鳴る。絵画? 壁画? とりあえず宗教画。
「ひぃ、へんなかお」
「許して」
まあ服に罪はないしね。ひとまずこれはありがたく受け取らせてもらうとして。
この世界の住人に確認したいことがあったからちょうどよかった。
「そうだノマくん。聞きたいことがあるんだけど」
「それは?」
「私のメモ。どうせ読めないだろうけど」
日本語で書かれたそれは異世界の住人にとっては未知の言語に見えるだろう。私がこの世界の言語にそう思うように。
「はぁ……なるほど」
色々と質疑応答を挟みつつ私の話を聞き終えたノマくんは、感心しながら息を吐くと──小さく笑った。
「それにしても真面目っすね~。こんなの、仲良くしときなさいよ、揉め事を起こしたら許しませんからね! とでも言っておけばいいのに」
「は?」
「聖女様なんてにっこり笑っておけばいいんですよ」
「本気で言ってる?」
「この状況で冗談言いませんって~。命惜しいですし」
「それを先に言え!」
「いやいやまさか聖女様がこんなに考えてくれるとは思わないじゃないっすか」
「……」
「怖い」
結構頑張って考えたつもりなのに、馬鹿にされているようでむかつく。所詮一般人の浅知恵ですよ。
「でもまあ、多少手直しすれば十分だと思いますよ」
話の際中にメモしていた紙を眺めて言うその表情は、嘲るようには見えなかったけど。
「これ、レノロクに話しても?」
「できればノマくんに対応してほしいんだけど」
なるべくあの人を頼りたくないというか借りを作りたくないし。
「うーん……分かりました。僕でよければ。その代わり……」
「別にあの人に手出さないよ。向こうから仕掛けて来ない限りはね」
「それは安心しました」
やけに嬉しそうだけど、特に上司として慕っている感じもしないんだよね。さっき言っていた戦力というのが本音かな。あの人がいなくなるだけでかなりの損害だろうし。
「では、明日の朝までに調べて資料をお渡ししますね」
「うん、よろしく。あとさ、私の本名、アサヒじゃなくてヒオリなんだよね」
「偽名で書類を作ることにならなくてよかったっす」
笑いながら退室していくノマくんを見送る。
そうか、国同士の間を取り持つって、和平だか同盟だか結ぶような形になる訳で、公的な書類があるんだよね。そんな大層なものに自分の名前が記載されることを考えたら胃が痛くなりそうだったけど、腹を括るしかない。
「あ~、明日になってほしくない……」
「がんばれ」
「はぁい」
送り主が少し癪だけど、天使のようなミレスちゃんを楽しみに頑張るか。
◇
翌日、陽が登りきる前にやってきたローイン隊長に協力の旨を申し出た。こっちの返答なんて分かっていたかのように話を進められて少しイラッとしたけど、まあいい。とりあえず和平を結ぶために会談の席を設けることになった。うまくいけばこれ以上誰の血も流さずに済む。
会談の場所はここ、マスガン。昨日までの戦闘の痕を修復している間にフョヌイの主要人物を連れてくることになっている。迎えに行ったのはローイン隊長とダズウェルさんで、ノマくんと私たちは町の復旧作業の手伝い。
ノマくんに残ってもらったのはこっちの準備のためでもある。見返りが隊長に手を出さないことだけなのによくやってくれているから、何か他にお礼でもしようかな。
そうこうしているうちに迎えたXデー。
話し合いは一番綺麗でそれなりの広さがある会場で行われる。昔、貴族様がお茶会なんかで使っていた場所だそうな。
すでに各主要人は揃っていて、あとは私たちが中に入るだけ。さっさと入って終わらせてしまいたいところだけど、これもノマくんの作戦の内らしい。
今、中ではローイン隊長がここに来た理由をみんなに説明している。和平と聞いてここまで来たのに、話が違うじゃないか! という騒ぎの中、私たちが出ていくことでより印象づけるためだとか。ドア一つ隔てた向こうから本当に怒鳴るような声が聞こえてくるところからすると、想定通りに事は進んでいるらしい。
「さて、出番です」
ノマくんがドアを開く。
「ひぃ、だいじょうぶ」
『主さまならやれるよ~』
二人に励まされながら中へと入る。
緊張はしていない。にやけそうになる顔を隠すので精一杯なだけ。
「こちらがその聖女一行だ」
ローイン隊長の言葉を聞いて一斉に向けられる視線の群れ。
とくと見るがいい、これから和平の使者となる幼女を!
緩いおさげに白い花のヘアアクセサリー。頭には小ぶりの白いリボン。ケープとローブのような白い服に淡い黄色の刺繍、首と袖の先はフリルになっている。首下には大きな白いリボン、中心にダイヤモンドに似た大きな宝石。白いタイツに合う靴がなかったことだけが悔やまれるが、霊獣の上にいればさほど問題はない。
白い霊獣に乗って白い衣装を纏った白髪の幼女──聖女とはこんな感じではないだろうか。
誇らしげな気分で後ろに付き添う私は立派な従者に見えるに違いない。
「こちらが聖女のアサヒだ」
強調するようにこっちに手を向けてくるローイン隊長。ミレスちゃんとキィちゃんをスルーするなんていい度胸だな?
「どうも一般人のヒオリです」
仕返しのように強調して言うと、視界の端でノマくんが小さく吹き出したのが見えた。




