7.迫られる選択
「……」
今、私に言った? ローイン隊長、何で黙ってるの。
言葉を失う私に、端整な顔の口が開く。
「……ダズウェルは、もう、いない」
小さく呟いたその言葉は、それでもしっかりと聞こえた。少し離れた私にも聞こえたくらいだ。近くのダズウェルさんに聞こえなかったはずがない。
イケメン隊長と違いあまり外見が変わった様子のない彼は、頭をガシガシと掻きながら短く息を吐いた。
「……」
無言で去っていくローイン隊長の後ろ姿を見送ることしかできない。
ダズウェルさんは生きていた。だけど、隊長はもういないと言った。
そして、ダズウェルさんの反応。
「はぁ、はぁ、はぁ……二人とも、早すぎ、ですって……!」
「お前が遅いんだ。先に行くぜ」
何とか状況を理解したときには、ダズウェルさんはいなくなっていた。
代わりに残ったのは、息を切らした青年。二十歳前後くらいか。服装からして同じ部隊の一員だろう。
「はー、疲れた。あ、もしかして聖女様一行ですか!?」
落ち着いたらしい青年が振り向き、眩しい表情でこちらを見てくる。
「違います」
「えー! 黒髪に眼鏡、白髪の幼子! こんな珍しい組み合わせが他にもいます!?」
「知らん」
「僕、ノマ・エンマーズって言います。階級はパティバーっす。最近話を聞かないと思ったら、こんなところにいたんですね~。まああんなに噂になってたらちょっとくらい国を出たくもなるか」
全然人の話を聞かない。一人で納得するな。大体噂って何だ。
「ローインレノロクもファルナーニンセグもめちゃくちゃな人だし、僕も聖女様みたいな人に仕えたいな~」
「ねえ、二人のことなんだけど。何があったの?」
「何が、とは?」
一方的に話をしていたからまさかちゃんと返事が来るとは思わず驚く。
「だって、その……ダズウェルさん、私のこと覚えてないみたいだったし」
「ああ、記憶喪失みたいっすね」
やっぱり、そうなんだ。
あっけらかんと言うその姿に、何とも言えない気持ちになった。
「お二人がグルイメアから帰還したとき、それはもう大変だったんすよ」
溜息を吐きながら彼は事情を話してくれた。
あの後──グルイメアで私が幼女と姿を消した後、調査隊は力を使い果たし、さらには危獣に襲われた。国に戻ってきたのは二人だけだった。残されたのは、憔悴した様子の男と負傷し意識不明の男。色々と手を尽くしようやく目を醒ましたときには、記憶の一部を失っていた。
「たまたまニンセグが起きたときに居合わせただけなんすよ。なのにこんなところまで行かされて……」
「ノマくん、だっけ。話してくれてありがとう。聞いといて何だけど、そんな国に関わるようなこと話して大丈夫?」
「いいんですよ。どうせ咎める人もいないんすから」
「それはどういう……」
「グルイメアでの一件で調査隊の損害が大きいことを責める声も多かったんすよ。本当はローインレノロクも降格される予定でした。でもまあ色々あってその辺は保留、今はお国のためにいいように使われてる訳っす」
「大変なんだね」
「そりゃあもう! 危獣討伐はまだいいほうっす。人間同士の争いなんていつどこで恨みを買うか分かったもんじゃない。ゆっくり寝てもいられないっす。今回も友好国の友好国、そこからの依頼なんて……しかもたった三人で戦争をどうにかしろって頭おかしいでしょ!? 正直に死ねと言われた方がまだマシっす! まああの二人は気にしてなさそうっすけど」
あ、数十人くらいはいるかと思ったら三人しかいないんだ。あの二人で兵士の何倍もの力を持ってるって言ってたし、戦力的には問題ないのかな。他の問題はありそうだけど。
元々二人とも上の立場の人間だろうし、ノマくんが疲れるのも分かる気がする。絶対雑用させられてるよね。
「国も私が死んで嬉しいくらいだろう」
いつの間にか戻ってきたローイン隊長が自虐の台詞を吐く。
「タルマレア軍の要だったんじゃなかったですっけ? ローイン隊長サマは」
「扱いにくい爆発物など不要ということだろう」
はーん。詳しい事情は分からないけど、偉い人に逆らいでもしたのかね。いい気味だ。
再会したときはとんでもないことになったと思ったけど、失墜したらしい姿も見られたし、どうやらこの二カ国の争いも解決してくれそうだしよかった。
「あ、レノロク。どうします?」
「特に問題はない。王がいないから代表者──それもいなければ全員だ」
「はぁ……今度は小さいとは言え国規模か……」
「何の話?」
「フェスンデとフョヌイのことで依頼をしてきたのがケェルニアっていうそこそこ大きい国なんですけど、特に方法は指定も制限もされてないんす」
ケェルニアって、結界を張っていたところか。もしかして二カ国の戦争に巻き込まれたくないからという理由なのか。
わざわざ遠く離れた国に依頼するなんてどういうことなんだろう。しかもタルマレアも三人しか派遣しないとか。
「一番簡単なのは主導者を殺すこと。今回はその主導者もはっきりしないんで皆殺しにするしかないっすね」
「……は?」
意味が、分からない。
この人たちは争いを止めに来たのではなかったのか。何を事もなげに言ってるんだ。みんなを守るように危獣を倒したのは何だったのか。
「あー、聖女様にはちょーっときつい話っすかね。まあこっちが実行する前に国を出ればいいっすよ!」
何でそんなに明るく言えるのか。
ノマくんを苦労人で可哀想だと思った自分を叩きたい。
「回避したいかい?」
「は?」
「殺さずに済む方法もある」
「は……」
「アサヒ、君が二国間を取り持つことだ」
「いや……何言ってんの?」
展開が早すぎて追いつけない。
二カ国の争いを終わらせるためには国民を皆殺しにする。もしくは私が間を取り持つって?
冗談はその顔と能力だけにして。
「一応これでもタルマレアからの使者だ。二国の和平を結ぶ見届け人、証人となれる」
「何で、私が」
「君は否定しているようだけれど、君を知る人間は君を聖女だという評価を下したからだ」
「……この辺じゃ知られてないと思うけど、グルイメア近くの国ではこの子は忌み子なんでしょ? いくら評価が覆ったからってタルマレアが忌み子を祭り上げていい訳?」
「時代は変わった、ということだろうね」
そんな一年も経たない間に時代がとか言われても。確かに旬な話題も数カ月もすれば忘れ去れることもあるけど。
だけど、忌み子ってそんな簡単な問題じゃないはず。歴史的にも根強い問題だから、この人たちはこの子を封印しようとした。
そもそもこの人たちが約束を守る保証はあるのか。私たちが出て行ったあとでどうとでもできるだろうし、何か問題が起こってそれをこっちの責任にすることだってできる。
「ちょっと、考えさせて」
「明日、返事を聞かせて欲しい。当初通りの方法だと民に逃げ出されては面倒だからね」
つまり、探し出してまで皆殺しってことか。お綺麗な顔をしてえげつないことを言ってくれる。
「……分かった」




