4.霊獣劇場
「っ失礼しました!」
急いで戻ってきたイケメン領主様は、土下座する勢いで頭を下げた。
「ちょっ、頭上げてください!」
「どんなに顔が醜くとも諦めていましたが、こうも世界が綺麗に思えるなんて……!」
キラキラと目を輝かせる領主に、この国戦争してますけどねと言いたくなる。
人の話を聞かないタイプか?
「もしかして、貴女様は伝承の聖女様では……?」
そっちかー。好意抱かれるんじゃなくて信仰されるパターンね。いやどっちもいらんけど。
「こちらの霊獣のお陰です。では許可証ができたらまた来ますので」
面倒なことになる前に早く退散しよう。
まあ、踵を返した私たちをそう簡単に帰してくれるはずもなく。
「あの! どうかお礼を……いえその前にお願いが……!」
「ええっと」
「無礼を承知でお願いしたいことがあるのです! どうか話だけでも! 少しだけ、少しだけでいいですから!」
デジャヴなんだけど。さっきと立場逆転してない?
いや、私はここまで必死じゃなかったよ。ちょっと気になっただけで。うん。
「で、話とは?」
涙を浮かべて懇願する人を無視できるほど鬼にはなれなかったので、再びソファーへと座った。
「申し遅れました。私はクラメント・アンソフと申します。私のことはどうかクラメントとお呼びください」
「じゃあクラメントさんで。私はヒオリ、この子はミレス、霊獣はキィちゃんです」
本当はもっと畏まったほうがいいんだろうけど、テア様みたいな貴族感はないから何となくフランクに接してしまう。向こうも何の問題もない──どころかこっちを眩しい目で見てるし。
「ヒオリ様……! 本当に、本当にありがとうございます……!」
「分かりましたから。話を聞かせてください」
「はい……。ご存知のように、この国は戦争をしています。もちろん負傷者も出ます。霊獣様のお力でどうか……」
「治療をしてほしいと」
「……はい」
キィちゃんがよければ治療をすることは別にいい。ただ、この国は終わらない人間同士の争いをしている。身体機能が回復すればまた戦わなければいけなくなる。
「懸念されていることは恐らく分かります。しかし彼らはフョヌイからの攻撃で家族を失った子供や妻、もう戦うことのできない兵士ばかりです。もし傷が癒えたとしても再び戦うことはないでしょう」
キィちゃんは欠損部位も治せてしまう。戦えないというのが心的原因ならともかく、身体機能の問題なら?
「お言葉ですが……今その人たちを治療したとして、戦争を続けるのなら意味がないのでは? 目の前の問題だけ解決して満足ですか?」
「……おっしゃる通りです」
「私は戦争に加担したくありません」
「私共も、そうです。他の領主とも手紙のやり取りをするのですが、皆戦争はしたくないと言います。ただ、終わらせる方法を知らないのです。どうしたら決着がつくのか、再び戦争が起こらないようにできるのか……誰にも分かりません」
そんなの、無理ゲーじゃん。
攻撃されたら負けるから反撃して。いつまでも終わらない戦いを続けてるのに、戦いたくないなんて。
私たちがどうにかできる問題じゃない。
「……素人が口挟んで申し訳ないですけど、代表を決めて和平交渉はできないんでしょうか?」
「どこも皆自分の領地のことで精一杯でして……それに他の領地は長が歳を重ね過ぎています。敵地へ赴く体力などないのです。それはフョヌイも同じだと思います」
「高齢だからってこと? じゃあクラメントさんは? 顔が問題で人前に出られなかったのかもしれないですけど、解決しましたよね?」
「あ……そうですね。そうでした」
こっちの代表が決まっても、向こうはどうか分からない。そもそも和平に応じる気があるのかも知らないし。
「……とりあえず、怪我人がいるところに案内してもらえますか」
もう見て見ぬふりはできない。治療後に戦争に駆り出されないことを祈るしかない。
◇
「とても貧相でしょう。元々取り壊す予定でしたから。本当はこんなところに匿いたくはなかったのですが……ここなら誰も近寄りませんから」
案内されたのは、屋敷の裏地から少し離れた建物。確かに草木は生い茂っているし、所々穴が開いているし、領主様の所有地には見えない。それがいい感じにカモフラージュになっているみたいだけど。
「あ、あんた誰だ!?」
中へ入ろうとすると、一人の少年が行く手を阻んできた。片腕を怪我しているようで、もう片方の腕を懸命に広げている。身体つきは細く、服もボロボロだった。
「ああいや、私は」
「領主様の許可なくここに来たらだめなんだぞ!」
まあ今までと印象が違い過ぎて同一人物とは思えないよね。前のクラメントさん、声もノイズがかかってるような感じだったし。
「私がその領主のクラメントだ。どうしたら信じてくれる?」
「え、あ……」
彼の目線に合わせて屈むクラメントさんと、たじろぐ少年。
その隙に中をこっそり拝見してみたけど、結構酷いものだった。
出入り口まで漂う微かな異臭、ベッドもなく簡素な布に包まる人々。怪我の部位や程度はそれぞれ違うものの、みんな暗い顔をしている。確かにあれでは怪我が治ったところで戦争に参加しようとは思わないかもしれない。
ここまで来た以上、見てしまった以上、何もしないという選択肢はない。だけど、表立って戦争に関与する気もない。
「クラメントさん、多少穴が広がってもいいですよね?」
「え? ええ、中にいる民たちが無事なら構いませんが……」
「言質取りましたよ。キィちゃん、お願いできる?」
『うん!』
また聖女だなんだと騒がれるのは困るので、キィちゃんに一役買ってもらうこととする。
「──ってことで、どうかな?」
『やってみるね~』
頭上から飛び上がったキィちゃんが、巨大化する。天井もなく屋根に穴が開いて空が見えるようになったそこへ、スタンバイ。
合図とともに、穴が開いた屋根をぶち破りながら霊獣が人々の頭上へ降臨する。
「キャー!」
「な、なに!?」
「見て、あれ!」
空からの攻撃かと絶望した人々が、呆然と霊獣を見上げる。ちょうど陽の光が差し込んで、それはもう神々しく見えたに違いない。
そして霊獣を中心に広がる淡い光。それが人々に見えたのかは分からない。だけど、自らの怪我や不調は一目瞭然だ。
「あ、足が動く!」
「目が見えるよ!」
「痛くない……」
それぞれ失っていた身体の一部や機能を取り戻し、驚きの表情と涙を浮かべる。
それはクラメントさんに立ち向かっていた少年も同じだ。
「手が、動く……」
ひとしきり驚き、涙し、歓喜した人々は、やっと思い出したかのように天を仰いだ。もちろんそこに霊獣の姿はない。
「ありがとね、キィちゃん」
『うん!』
「疲れただろうから、何か食べる?」
『お肉~!』
「君もブレないね」
積もる話もあるだろうからとクラメントさんを置いて屋敷から離れた。許可証のことも忘れないでくれたらいいんだけど。




