2.早い伏線回収
攻撃の手が止んだであろうくらいに、やっと地下室から出ることができた。あのくらいは日常茶飯事なんだそう。
昨日のカレー擬きを食べながら、お婆さんに話を聞いた。
この国はフョヌイというらしく、隣のフェスンデという国とは長い間ずっと交戦状態。攻撃が少ない時期もあるけど、準備が整えばすぐにでも攻撃してくるらしい。この国もやられっぱなしではなく、その都度反撃したり奇襲したりしていると。戦いの理由はもう誰にも分からないらしい。領地争いではないみたいだけど。
ちなみにこの二カ国、いくつかの領地の集まりで王はいないんだとか。誰かが扇動している訳でもなく、それぞれの領地で気の向くままに攻撃・反撃していると。
まさに争いは争いを、復讐は復讐を呼ぶ状態。しかもどちらも決定打に欠けるようで、決着は未だ着かず。
じゃあお互いに消耗していくだけかと言えば、そうでもない。いくつかの領地で攻撃と回復時期を回しているとかで、ある程度物資など準備する時間はある。
つまりこれからもずっと戦いは続くということ。
「それでみんなが納得してるならいいんだろうけど」
そういう訳でもないんだろうな。普通に生きてて戦いが好きな人間なんて少数だろうから。
「嬢ちゃんたち、ここを出るなら今だ。昼間は見つかりやすいから向こうもあんまり攻撃して来ない」
「しっかり食べて行きなさい」
「あ、ありがとうございます」
日常茶飯事と言っていたし、慣れているようで利用客であるおじさんも食事係のお婆さんもあっさり私たちを見送ってくれた。
もちろん心残りではあるけど、私たちにはどうしようもない。
フョヌイは小さな国のようで、陽が落ちる前に領地を離れることができそうだった。
やっと回復したばかりのキィちゃんには申し訳ないけど、頑張って走ってもらうしかない。一応本人も大丈夫だと言っていたけど、大変そうならミレスちゃんの黒い枝にも協力してもらおうか。
「ひぃ」
「ん?」
『止まるね~』
二人が何か見つけたようで、減速して歩みを止めたキィちゃんが頭上に収まる。
何だろうと思いながら少し歩いたところで私も気づいた。
誰かいる。
「おい、もう少し待て」
「待ってられるか! フョヌイの奴らに捕まった仲間がいつ殺されるか……!」
「だからって今行けばオレたちも捕まる! 夜になるまで待て」
数人が言い合いをしている。しかも話からしてどうやらお隣フェスンデの人たちっぽい。
それにしても物騒な内容なんだけど。そりゃ戦争してるくらいだからお互い色々やってるか。
「そんなこと言ってる場合か!? 最大の攻撃が失敗して、もう残された方法はない!」
「確かに空からの攻撃なんて防ぎようのない特大の術を防がれた。あれは失敗することなどほぼないと術士が言っていたのに関わらず、だ」
「そうだ。もしかしたら向こうも戦力を調達したのかもしれない」
あんまりじろじろ見ることはできないからそっと観察した限り、十人くらいか。このまま走って振り切ってしまえばいいかもしれないけど、気づかれたくはない。戦争に少しでも関与することになっても嫌だし。
あとはあの人たちが通りすぎるのを待つかな。
「あれさえ成功していれば、今頃……」
声色だけで分かるほどの悔しさ、歯痒さ。よほど重要な作戦だったんだろう。
確かに地上で正面から戦うより空から攻撃したほうが自分たちの被害少なそうだもんね。
「……ん? あの、つかぬことを聞きますがミレスちゃんとキィちゃんや。あの人たちの言ってる攻撃って……」
「ん。たぶん、そう」
『ミレーがはじいたやつかな~?』
あ、あれか……!
無主地を抜けてしばらく空路を進んでたときに聞いた爆発音と閃光。まさかあれが戦争中の攻撃だったなんて。
いや、まあ、知らなかったし、仕方ないよね? あれで負傷者が出たかもしれないし……でも、あの人たちからしたら作戦妨害もいいとこか。話からして人質を取られてるみたいだし。
「ひぃ、むこういった」
ぐるぐると考えている間に彼らはいなくなっていた。
不可抗力とは言え、国同士の争いに多少なりとも影響を及ぼしたことに何とも言えない気持ちになった。
◇
口数も増えないまま到着したのは少し大きそうな町。ここならエコイフもありそう。
ちなみにもちろん通貨は違うんだけど、フョヌイのときはバーレンさんに別れ際もらったお金が使えた。しばらく換金できないかもしれないからとありがたく受け取っておいてよかった。
今頃何してるのかな、あの二人。しばらくはいちゃついてるんだろうけど。
少しでも気分が晴れることを考えながら街中を歩いた。
陽が沈み切る前にエコイフで換金を済ませ、情報収集。
何とここは件のフェスンデ国内らしい。町の名前はマスガン。
シィスリーに戻るためにはここを通過するしかないみたいだけど、憂鬱だ。しかもシィスリー側に抜けるには領主の許可がいるとか。何でよ。
文句を言っても始まらないので、宿に泊まってゆっくり休むことにした。
「ちょっと!」
翌日、領主の屋敷へ向かおうとしたら誰かに呼び止められた。
「はい?」
「その先はあの領主の家よ。道、間違えてるんじゃない?」
「あ、いえちょっと用があって」
「あんなところに? あんたも呪われるわよ」
顔を顰めて小走りで去っていく女性。親切なんだか不敬なんだか。
昨日今日と話を聞いていると、ここの領主はそれはもう醜いんだそうな。性格ではなく、顔が。
みんな口を揃えて領主の悪口を言っていた。作物が不作気味なのも、フョヌイとの戦いで押され気味なのも、全部領主の呪いのせいだとか。
どれほど不細工ならそんな暴言を吐かれるんだろうと、申し訳ないけどちょっと気になった。
まあどんな顔をしてようが、領主のとこに行かないとここを出られないんだったら行くしかないしね。
「こちらでお待ちください」
応接室のようなところへ案内すると、そそくさとどこかへ姿を消す侍女らしき人。他に使用人みたいな人は見当たらないし、テア様の屋敷タイプか、はたまた顔が醜いという領主様を避けているのか。
領主様の屋敷があるだけあって、町はそれなりの規模だった。戦争をしているだけあってか華美さはあまりないしマルウェンほどの活気はないけど。
他の町をちらっと見ただけでも戦いの痕は分かる。だから領主様もそれなりに忙しいのかと思ったら、アポとか取らなくても割とすぐに会えるらしい。
「お待たせしました」
向かいに座る、畏まった恐らく男性に目が釘付けになる。
何というか、凄い。
これは本当に呪いでは?
本来頭がある位置に、黒くモヤモヤとしたものと、触手だか角だかよく分からないものが蠢いている。最早顔が醜いとかいうレベルじゃない。
そりゃ色々と噂も回るわな。




