1.越境
「ひぃ、なんかくる」
「え? ぬぉあっ!」
幼女の声が聞こえたのも束の間、爆発音と閃光に驚く。
目が眩み、視界を確保しようとした瞬間──続けざまに三回、爆発音と衝撃が響いた。
「なに、襲撃?」
近くに敵らしき相手は黙視できない。
「もう、だいじょうぶ」
「そ、そう?」
一体何だったんだろう。鳥が勢いよく突っ込んできた訳でもなさそうだし。
無主地を抜けてしばらく空を突っ切っていたけど、安全ってことでもないのか。あまりに地上が地形的にスリリングすぎるから空路を選んだんだけど。
そろそろ魔気の影響は少なくなってるだろうし、陸路を行きますかね。
「ってことで、キィちゃんお願いできる?」
『うん!』
ゆっくり下降してもらい、着地したのは枯れ木が疎らに立っている荒れた土地。クレーターも多く、戦いの跡を彷彿させる。これは確かに利にならない領域っぽい。
しばらく魔気も薄れた地を走り続けると、やっと葉のついた木が見えるようになってきた。もう少しで人気のある場所に行けそう。確かケェルニアとか言ってたっけ。
それから過ぎゆく緑の景色を眺めながら早く湯船に浸かりたいな~なんて呑気に思っていたけど、全然町に辿り着かない。
「ん? んんん?」
花も咲いていれば木に大きな実も成っている。逃げ出したけど動物もいる。
そして何より、大きな建物が見える。
「それなのに何で通り過ぎるんですかねキィさんや!?」
どう見ても城とかの類いだ。大きな町に違いない。
だというのにどんどん遠ざかっていく。ああ、私の楽園が!
『あそこ、たぶん入れないよ~』
「え?」
「はいるの、めんどう」
「ええ?」
ど、どういうこと?
「おおきな、つよいけっかいはってる。たぶん、みれすときぃ、かんたんにはいれない」
二人が言うには、町全体に張られている結界はかなり厄介なものらしく、強硬突破しようものなら全勢力で迎え撃たれるだろうと。正攻法としては検問を通ることだろうけど、こんな大掛かりな結界を張るくらいだから半魔族と霊獣は審査なり何なりでかなり足止めを食らうことになるみたい。
予期して回避してくれたことはありがたいけど、しばらくお風呂はお預けか……。
ずっとキィちゃんに乗ってるせいで身体も痛いし、お腹も空いたし。二人も休ませたいんだけど。
「じゃあその結界みたいなのがない町に行ってくれる?」
『うん!』
◇
「何で……何でこんなことに……」
じっと息を潜め、眉を顰める人たちを眺める。
天国から一転、知らない内に面倒なことに巻き込まれているとは思いもしなかった。
結界のない町を目指して走り続け、気づけば薄暗かった周囲もすっかり明るくなっていた。疲労感と睡魔に襲われ意識を手放していたらしく、どうやら半日以上──いや一日近く経過していた様子。
できれば大きめの町のほうがよかったけど、これだけ働いてるキィちゃんを無視することはできない。小さめの町だけど飲食店と宿屋はあるところでしっかり休憩することにした。
それにしても、結界が張られている町が多くて驚きだ。規模的に国全体と言ってもいいくらいではないだろうか。となるとケェルニアは通り過ぎて違う国に来たのかもしれない。
とりあえず色々考えることは放棄して、宿屋の食堂で食事をすることにした。そこで出てきたのは、ごろごろした野菜に青みがかったヘドロのようなものがかかっている料理。全く持って食欲はそそられなかったけど、食べてみるとびっくり。何とカレーみたいな味がするではないか。
この世界に来て結構スパイシーな料理が多いからカレーも期待していたんだけど、やっとお目にかかれたよ。酸味もあって王道なカレーではないけど、こっちでも食べられることに感動した。
私はカレーのようなもの、キィちゃんは相変わらず肉メイン、ミレスは満遍なく色々なものをそれぞれたらふくいただき、とても満足。
お風呂に入って疲れを癒し、ベッドにダイブしてぐっすり眠った。キィちゃんなんて丸まってすぐに寝落ちしていたし、私も昼間から寝るの最高~! なんて思いながら一瞬で夢の中へ。
そこまではよかった。
翌朝、辺りはまだ薄暗い中、突然響く轟音。地響きに飛び起き、一階の食堂まで降りると、宿の従業員に手を引かれた。
「早くこっちへ!」
慌ただしい雰囲気の中、他の利用者と一緒に詰め込まれたのは地下室。石造りで頑丈そうに見えるそこは、モーナルエでドニスさんたちと出会った場所を彷彿させる。
もしかして、何かの襲撃から逃げているのか。周囲の人たちの表情から、あまり状況はよくないことが感じられた。
そして冒頭に戻る。
一体何から逃げているのか分からないし、事情を聞くのも憚れる雰囲気だった。「ダナレから無主地を越えてやってきた? 面白いこと言うな、嬢ちゃん!」とジュースを驕ってくれたおじさんも、「そんなに食事を喜んでくれるなんて作り甲斐があるわね」と笑っていたお婆さんも、暗い表情で俯いている。
それから数分もしない内に再び地鳴りがした。小さな悲鳴が上がり、人々は身を抱き合った。
「フェスンデの奴らめ……」
「いつになったら終わるの……」
怒りや嘆きの小声が周囲から聞こえる。
今だ、と思い近くのおじさんに聞いてみた。
「フェスンデって何ですか?」
「あ? ああ、嬢ちゃんはこの辺の人間じゃないのか……この国と戦争してる相手だよ」
何と、戦争中の国に来てしまっていたらしい。
危獣相手なら倒しに行こうかなと思ったけど、さすがにこれには介入できない。かと言ってこっそりここから抜け出すのも……。
「いつから、とか聞いても大丈夫ですか」
「もうずっとさ。よしとけって言ったのにフェスンデに行った息子は殺された」
ギリギリと歯を食いしばるおじさんにこれ以上は聞けない。
いつからじゃなくて理由を聞けばよかったかな。いや聞いたところでどうしようもないけど。
「み、ミレスちゃん……」
頼みの綱の幼女に話し掛けてみるが、首をこてっと傾けられた。可愛い。
やっぱり人間同士の争いなんてどうにもできないよね。キィちゃんもさすがに疲れているのかずっと寝てるし、しばらくここに滞在する他ない。




