45.疲労感すらも思い出になる
魔族襲撃事件から数日が経った。菫色のナイスミドルことリボミルさんの指示の元、着々と復興は進んでいる。
あまり目立ちたくはなかったけど、ミレスちゃんとキィちゃんの活躍で嫌でも黒の聖女とかいうふざけた称号が拡散されていった。私自身は大したことしてないのに。
でもまあある程度状況的に落ち着いたから、そろそろこの町も出ようと思う。聞いた話、フォールサングも無事みたいだし。そろそろテア様からの手紙を読んで今後を考えよう。
「おれでいいんですか?」
「うん。むしろイウリオさんしか考えられないし」
やってきたのはエコイフ。もちろんイウリオさんに手紙を通訳してもらうためだ。
復旧作業とかでエコイフの仕事も忙しいだろうけど、と謝ったところ、イウリオさんは首を振った。
「それはいいんですけど……分かりました」
「ありがとうございます!」
イウリオさんに手紙を預けてエコイフを出た。発語は共通でも文字は国によって違うからイウリオさんでも翻訳が必要で、ある程度時間もかかるみたいだから食事でも行ってきてほしいと言われた。
その辺の店でご飯食べて、イウリオさんへの手土産も買おう。
ちなみにイウリオさんとブライジェはそれなりにうまくいっているみたいだった。
そこそこマシな雰囲気の森へ二人まとめて吹っ飛ばしたあと、復興の手伝いで慌ただしく全然二人に会えていなかったんだけど、エコイフで仕事をしているイウリオさんを出待ち?しているブライジェを見かけた。いつもなら中に入って声をかけているだろうに何をしているのかと思えば、どんな顔をしてイウリオさん会えばいいのか分からないだけみたいだった。
実際、しばらく経ってまたエコイフを通りかかるとブライジェはずっと変わらない場所に立っていて、出てきたイウリオさんに何とも言えない表情を向けていた。恥ずかしいような、嬉しいような、困ったような……とにかく大の大人が赤面して薄ら涙を浮かべるなと言いたくなるような顔だった。
そんなブライジェを見たイウリオさんは、見たことのない柔らかい笑みを浮かべながらブライジェに近づき、そっと手を握った。固まるブライジェさんに「今度は倒れませんでしたね」なんて意地悪く微笑むものだから、目と耳を疑った。
何だこれは。いつの間にか立場逆転してるけど。
自覚してからのイウリオさん強すぎ……なんて思っていると、固まったままのブライジェの手を引いてどこかへ行ってしまった。
はいはいリア爆リア爆。リア充ってもう死語かな。
そんなこんなで二人が上手くいっててよかった。ブライジェが不甲斐ないままだったら本当にイウリオさんを連れてここを出ることも考えてたし。
「ま、ミレスちゃんとキィちゃんがいれば寂しくないもんね~」
「ん。ずっと、いる」
『離れないよ~!』
ぎゅうぎゅうと抱きついてくる二人が可愛すぎる。マジで一生の宝。
楽しくお腹を満たして手土産も買って、エコイフへ戻った。こちらに気づいたイウリオさんに手を振ると、何とも言えない表情が返ってくる。
別室に案内され椅子に座ると、すっと手紙を差し出された。
「ヒオリさん、あなたという方は……」
「? はい」
「……とんでもないですね」
「そこは言葉を飲み込むところでは?」
「すみません、つい」
冗談はさておき、気になる手紙の内容を話してもらう。
「久しぶり。そんなことに巻き込まれていたとは驚いた。ともかく無事で何より。こっちのことは気にせずゆっくりとしてくるといい。こっちは依頼をこなしてくれたお陰で色々と助かっている」
意訳なんだろうけど、素のテア様が言ってるみたいで何かいいな。
「まとまった報酬が入って驚いているかもしれないけど、まだ足りないくらい。領地の一つや二つくらい買えるほど。あなたが領地運営に使ってと言ったからありがたく使わせてもらっているけど、十分すぎるくらい。他国にも恩恵があるお陰で大変なことになっているけど、困るだろうから一旦保留にしている」
ヒスタルフが豊かになってるならよかったけど、知らないところでお金が膨らんでいるのか。ミレスちゃんの見つけた何かしらの素材とか現代の知識や技術などを事業にしたいと言われたからどうぞと言ったものの、前者はともかく後者は本当にうまくいくものなんだ。原理は知らないからこういうものがあったよ、って話しただけなんだけどな。テア様はやっぱり優秀だ。
「子どもたちが寂しそうにしているからたまには帰ってくるといい。新作を楽しみにしておいて」
新作!? 新作って、もしかしてもしかする!? ミレスちゃんの新しい服ってことだよね!?
よし、帰ろう。今すぐ帰ろう。
「もし帰ってくる場合は王都に行くように。これだけ功績を残したあなたたちを庇い立てすることはさすがに困難になってきた。あなたたちのことは十分国に伝えているから大丈夫だとは思うが、気を付けて欲しい──こんなところでしょうか」
う、うーん。途端に帰りたくなくなってきた。いや、ヒスタルフには戻りたいけど王都には行きたくない。
「フォールサングから使者が来るくらいだから凄い人だとは思ってましたけど、自国でもやっぱり有名なんですね」
「自国ではないですけど」
「自国でもないのにそんな功績を……?」
「いやまあ、はは……その手紙の相手にはお世話になってるから……」
確かに、ミレスちゃんたちのお陰ではあるけど他国のために色々やってるのは不審に思われる──というかこれが聖女ムーブになるのか。どうせ目に入ったことしか首を突っ込まない程度の、見る人からすれば偽善でしかなさそうなんだけど。
それにしても王都か……まあ他国の王様には会っておいて、あれだけお世話になってるテア様のトップに挨拶しないのも問題か。テア様のメンツのためにも。
ちゃちゃっと行ってちゃちゃっと終わらせてヒスタルフに行こう。そうしよう。
「……行ってしまうんですね」
「はい、まあ元々ここに来たのも事故というか偶然だったので……また色んな国を見て回りつつ、シィスリーに戻ろうと思います」
「その偶然に感謝ですね。……本当に、ありがとうございます」
「ちょっ、やめてくださいよ」
深々と頭を下げるイウリオさんを慌てて止めに入る。
「寂しいです」
「うっ……私もですよ」
素直になったクールビューティの破壊力やばい。ついでに突き刺さる幼女の視線もやばい。
「でも、一緒にここを出ることにならなそうでよかったです。ちゃんと一緒にいる相手がいますもんね」
「……はい」
ぐぅぅぅぅぅ微笑むんじゃないよだから破壊力ぅぅぅぅぅぅ。
「ひぃ」
「はい! 断じて浮気じゃありません!」
「ん」
「ふふ」
イウリオさんが自然と笑うようになって本当によかった。相手がブライジェなのがちょっと心配ではあるけど、大丈夫だと思うしかない。
「そういえば、この国も王様からの招待でそろそろ遣いが来ると言ってましたよ。ヒオリさんたちを迎えに」
「え」
「あとエコイフ、というより町から多額の報奨金を渡す予定があるみたいです。エブサもそうですし、あの時おれたちを飛ばした場所にあった植物がかなり希少なものだったんです」
「わー、どっちもいらないー」
「にげるが、かち」
「そのとおり」
多分、イウリオさんもそんな意味で言ったんだろうから。
「じゃ、イウリオさん。お元気で」
「はい。ヒオリさんたちも」
「ばいばい」
『またね~』
握手をして、エコイフを出る。陽が落ちようとしていた。あてもなくここを出るのはよくないと思うけど、いつまでも留まってしまいそうだった。その内脳内でどこぞの姫様とか裸族の長とか登場し始めるし。
だから、行こう。これから旅を続けるなら、こういった別れは珍しくないよね。寂しいけど、一生会えない訳じゃないから。
「ヒオリ! 急いでどこに行くんだ?」
「ブライジェ! イウリオさん泣かしたら容赦しないからね!」
最後にブライジェのところに寄って、すれ違いざまに挨拶をした。ゆっくり話してまた感傷的になっても嫌だしね。
驚いてこちらの名前を呼んでいるブライジェからどんどん遠ざかり、あの店のご飯はおいしかったな、なんて考えながら町の外まで走り抜けた。
「キィちゃん、お願い!」
『はーい』
息を切らしながら巨大化したキィちゃんに乗る。
バイバイ、ルムギナ。イウリオさん、ブライジェ、それからフォールサングのみんな。
「次の町へ出発!」
「おー」




