44.そして帰りは遅くなるのであった
さて。問題はここの収集をどうつけるかということなんだけど。
事情を話したばかりのイウリオさんとブライジェはいい雰囲気にするべく吹っ飛ばしちゃったし、さすがにこのまま町を放置する訳にもいかない。騒ぎが落ち着いたことに気づいて避難した人たちが戻ってきてくれるとありがたいんだけど。そんなこと言ってられないよね。
「でも町の人に会ったところでどう説明したらいいのやら」
イウリオさんたちは信頼できるしこっちのことも知ってるから魔族とか危獣のことを話せたけど、他の人たち相手にはそうはいかない。
「ひぃ」
「ん?」
幼女がどこかを指差す。
ほどなくして現れたのは、ヒスロに乗った集団。この地方特有の赤砂対策のローブとはまた違った服装──いや、あれはスカートだ。下にタイツ的なものを履いているみたいだけど、あれはどう見てもロングスカート。
なかなかに厳つい人たちが纏うその衣装を色々な文化があるものだなーなんて眺めていたら、どんどんこちらに向かってきた。大半はヒスロに乗ったまま途中で散開したものの、先頭の一人だけがヒスロから降りて真っ直ぐ近寄ってくる。
「初めまして」
恭しくお辞儀をするのは、綺麗な菫色のお団子ヘアに綺麗なヘアアクセサリーをつけたナイスミドル。ワンピースとも思えるロングスカートを履いたナイスミドルだ。大事なことなので以下略。
「どうも」
「私、主よりご依頼賜ったリボミル・ベクーナと申します。階級はジャロム、教号は次帥です。失礼ですが、ヒオリ様でお間違いないでしょうか?」
「あ、はい」
いや、誰。こんな印象的な人に認知されているのちょっと怖いんだけど。あとよく分からない単語出てきた。何だか高級そうなブローチをつけてるし、位が高いんだろうなということは分かるけど。
「フォールサングのガシュバル殿下とヲズナ族のヲヴェリア様より我が主──国王陛下へご連絡があったのです」
菫色のナイスミドルことリボミルさんは、柔和な笑みを携えながら話し始めた。
元々モッダ平原の危獣を一掃したあと、フォールサングの王子様と族長さんから私たちについて情報が行っていたらしい。ルムギナにいるからもてなしてくれと。それからどうやら尾鰭も背鰭もついたような話が持ち上がり、勝手に吹聴され黒の聖女とかいう称号をつけられた私たちを探していたんだとか。
途中でフォールサングやダナレ国内から危獣の出現を知らされ、私たちを王都へ迎えることより危獣討伐とルムギナ周辺の保全を優先しなければいけないため申し訳ない、と。
いやーよかった。この状況を説明しなくていいみたいだし、この町には申し訳ないけど、また国のトップと合わなければいけない事態は避けられたらしい。
「ぜひ町の復旧に尽力していただければ……」
「もちろんそのつもりでおります。それにしても民の被害がこれほど少ないとは驚きです。そちらの霊獣様のお力は未熟な私でも分かるほどですが、町がこのような事態にまで陥れた危獣を相手に……本当に素晴らしいお力です」
「あ、いやそれは私たちじゃなくて……」
ダナレは術士が多いと言っていたし、キィちゃんの凄さは分かるんだろうな。この人、やってきた部隊の中で一番優秀そうな感じがするし。
それにしてもこれ以上神格化されても困る。そもそもあの巨大な危獣を処理したのは私たちじゃないし。
「えっと、そう! 颯爽と現れた茶髪の人が危獣をやっつけてくれたんですよ! 顔は見えなかったですけど、それこそ聖女と呼ばれるような」
こうなったらツィヴェラにも背負ってもらおう。言ってることもそんなに間違ってはないし、うん。
「ヒオリ様方の他にもそのような方が……」
困惑と感嘆が混じったような溜め息を漏らすナイスミドル。どうにも外見が気になって仕方ない。
「それにしても、あんまり町の人に出会わなかったんですけど無事だったんですね」
「モッダ平原側の結界の様子を見るために術士が派遣されていましたので、早くに民の避難ができたのです」
「なるほど」
この町に来た時に間違われたのはその術士たちってことか。結構時間が経ってるけど、お陰でタイミングよく今回の危獣襲撃に対応できたんだからよかった。
「じゃあ私たちも復旧作業手伝いますね」
「ありがとうございます。しかしその前に──」
小さく何かを呟くリボミルさん。すると空から大きな鳥が飛んできた。リボミルさんが差し出した腕に止まったその鳥は、オオワシくらいの大きさだろうか。アイボリーを基調とした色に緑とピンクの差し色が入っていて、何というか……ナイスミドルと合わせて華やかだ。
「私の霊獣です。もっとも、後天的なものですのでそちらの霊獣様には劣りますが」
「へぇ」
出た、ジェネリック霊獣。
「キィちゃん、どう?」
『結構強いよ~』
こっそり本物の霊獣に聞いてみると、頭上から返事が返ってきた。キィちゃんが言うんだからそれなりの実力者なんだろう。やっぱり位が高そうな人だし、そんな人が使役する霊獣も凄いんだろうな。
「ヒオリ様、こちらを」
「あ、はい」
鳥が持っていた手紙らしきものを手渡される。
テア様からだ!
「ありがとうございます! どうしてリボミルさんが……?」
「こちらの町長とエコイフの職員より連絡を受けまして。高貴な方からの便りなので急いで欲しいと。聖女様からの頼みですから私に任されることになったのです」
エコイフの職員ってイウリオさんかな? テア様はともかく、聖女っていうのはいい加減にしてほしいけど、こういう時は役に立つな。
手紙の中身を確認したいところだけど、どうせ文字が読めない。いい人だとは思うけど会ったばかりのリボミルさんに通訳してもらう訳にもいかないし、そもそも町の状況把握が優先だよね。
「あとでゆっくり読ませてもらいますね」
ある程度落ち着いたらイウリオさんにお願いしよう。
◇
気がつけば、森の中にいた。
綺麗な青い花が風に揺れている。身体を起こすと、何かが下敷きになっているのが見えた。
「イウリオ、大丈夫か?」
大きな植物と、その上に乗るぼくたち。
そういえば、ヒオリさんとミレスさんに吹っ飛ばされたんだったと思い出す。
よく無事だったなと思う。全て計算済みだったのかもしれないけど。
「ヒオリたちも酷いよな、あんないきなり……」
「ブライジェさん」
「ん?」
しっかり話し合えと言われた。本人の気持ちは本人にしか分からないと。
そうだと思う。ぼくも、知りたい。
「ブライジェさんは、ぼくのことどう思ってますか」
「へ」
近寄ると、面白いくらいに視線を泳がせた。ずっと彼の腕の中にいたのに、ここに落ちる時も身を挺して守ってくれたのに、今更距離を取ろうとした。
「い、イウリオ?」
「ぼくは、ブライジェさんが好きです」
「へ!?」
「ブライジェさんは、ぼくのこと好きですか」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
真っ赤な顔をして腕で隠そうとするブライジェさん。どうにも嫌がっているようには見えなかった。むしろ──。
「──夢、みたいだ」
喜んでいる、と。思っていいのだろうか。こんなぼくでも、この人の役に立てるのだろうか。
──いいですか? その感情が、ブライジェだけなのか、それとも他に対しても同じなのか。それが大事ですよ。
そうだ。町長にも、ヒオリさんにも同じようには感じない。この人が、この人だけが、“特別”なんだ。
改めて認識すると、今までの抑えつけてきた思いが溢れるようだった。
無性だけど、受け入れて欲しい。ずっと傍にいたい。
「い、イウ……」
その真っ赤な頬に触れる。
もっとぼくのことで頭がいっぱいになって欲しい──そう、さらに近づいたときだった。
「──」
ふらっと、身体が後ろに倒れた。
「ブライジェさん……?」
身体を揺さぶっても起きない。どうやら気を失っているようだった。
「……ふふ」
無性であることを心配したけど、もしかしたら大丈夫なのかもしれない。
「しばらくは、このままでいてくださいね」




