43.きっと大丈夫
『んん……主さま、どうしたの~?』
「あ、キィちゃん。ごめん、うるさかった?」
寝ぼけなまこで頭上から肩に移動する霊獣。二人とも無事で本当によかった。
そういえば、ダナレに飛ばされるときに見た夢はキィちゃんのだったのかな。抽象的だったけど綺麗な場所……あそこが精霊界ってところなんだろうか。
「とにかく本当にありがとね──って、いないし」
キィちゃんを撫でながら視線を戻すと、さっきまでそこにいたはずの茶髪の男は姿を消していた。
あれだけ密度の濃い時間を過ごしたのに、去り際はあっさりすぎる。今回が特別だったのかもしれない。まあツィヴェラらしいのかな。一言くらい言ってよとは思うけど。
そういえば結局ご褒美とやらはあげられてないけど、いいんだろうか。また変なこと要求されても困るけど。
そのうちまた会えるだろうからその時聞いてみるか。
「さて、イウリオさんたちのところに戻ろう。キィちゃん、お願いできる?」
『うん』
ツィヴェラに色々話を聞いていたら結構時間が経ってしまった。キィちゃんが回復してくれたとはいえ、二人が心配だ。町も半壊したままだし。
『主さま、いたよ』
「ありがと!」
倒壊した街並みにまだ人の姿はなく、ある程度近づけば私でも二人を見つけることができた。
目を覚ましていたらしい二人は、こちらを察知して驚いたような表情を向けてきた。
「イウリオさん! ブライジェ!」
「ヒオリ! 一体何があったんだ。知ってるか?」
「その前に二人とも怪我は──」
『大丈夫だよ』
「そっか。よかった」
あの馬鹿でかい深海魚みたいな奴以外に新たな敵が出現したということもなさそうで安心した。さすがにこれ以上事態が大きくなればツィヴェラがどうにかしてくれるかな。もうすでに結構な大事だけど。
イウリオさんを抱き寄せているブライジェのことが気になりつつも、簡単に今回の事情を説明する。
こっちとフォールサングに危獣が出現したこと、その原因が魔族だということ。向こうはヲズナ族や王族に任せてダナレに戻ってきたこと、こっちの敵は強力な助っ人のお陰で状況が落ち着いたこと。
ツィヴェラの正体は若干伏せつつ、そんな内容を話した。魔族について信じる信じないはまあご自由にということで。他に説明しようがないし。
「そんなことがあったのか」
「……信じてもらえますかね。この状態を」
不安そうな視線の先には、到底家としての役目を果たしていない残骸と瓦礫の山。
魔族が扇動して危獣たちに町の一部が破壊されました、なんてお偉いさんには報告しにくいよね。被害以外にその強敵の残滓もないし。
まあその辺はみんなに任せるとして。
「あの、ヒオリさん」
「はい?」
「これ、ありがとうございました。お陰で助かりました」
イウリオさんが差し出してきたのは黒いブレスレット。厄除けになったのかな。
「私には必要ないし、あげます」
「え? 貰えません、こんな凄いもの……!」
珍しくイウリオが焦っている。ブライジェも霊獣の力が込められた装飾品は高価だって言ってたし、やっぱり気になるのかな。
「こっちとしてはお金に困ってないですし、イウリオさんに持っててもらったほうが安心なんですけど」
『主さまが持っててもあんまり意味ないしね~』
「え?」
「もちぬしのちからによって、かわる。ひぃ、ちからない」
「あ~、私が霊力ないから持ってても意味ないってこと?」
「ん。あいしょう、いい」
どうやらイウリオさんが持っていたほうが効果が高いみたい。ゲームでも能力を何パーセントアップする系のアイテムって元の数値が高い方がいいしね。
「でも……」
「ヒオリ、これは普通の腕輪じゃない」
渋るイウリオさんの肩を抱いたまま補足してくるブライジェ。いいけどいつまでその体勢なんだろう。
「霊獣の力が込められてるからってことでしょ?」
「そうなんだが、そうじゃない」
「強力すぎるんです」
何だかよく分からない二人の話をよく聞けば、どうやら思っていた以上の防衛機能があったらしい。暴漢対策になればくらいに思っていたけど、ブライジェでも相手にならなかった獣数体相手にイウリオさんが勝ったんだとか。霊術が使えると思っていなかったイウリオさんが覚醒するくらいの代物を受け取れる訳がない、ということみたい。
確かに明らかに私と同じく非戦闘員にしか見えないイウリオさんが危獣と戦えるとは思えないけど……術使ってるイウリオさん見たかった──違う、術使えて羨ましい──これも違う。
「えっとまあ、それならやっぱりイウリオさんが持ってたほうがいいんじゃないですかね。どうせ私が持ってても使えないし」
「ん」
『聖女に向いてるかもね~』
「ん?」
イウリオさん女じゃないよ? ビジュアルとしては完璧だけど。
『うーんとね、まざらないからぼくたちも痛くならないんだよ。だからいろんな子たちから力を貸してもらえるの』
あー、何だっけ。他の霊力が混じってると霊獣たちには毒なんだっけ? イウリオさんは無性だからその可能性がない、イコール聖女の素質があるということかな。
「まあとにかく、もらってくださいよ。私たちには必要ないものなんで。それにほら、使いこなせるならブライジェと一緒に討伐者の仕事もできるんじゃないです?」
一緒に戦うこともできない、って言ってたもんね。と思いながら何気なく言った言葉で、二人は思い出したように慌てて身体を離した。顔が赤いし挙動不審だ。
いや、気づいてなかったんかい。一緒に危機を乗り越えていい感じの雰囲気になったのかと思ってたんだけど。
「いやっ、その、これはっ」
「はい、あの、ありがとうございます」
今さら意識するな。大の大人がもじもじするな!
「ひぃ、あそこ。とばす」
「え? あー、あそこか。いける?」
「ん」
幼女の助言で思い出したのは、森の中にあるとある場所。何だか綺麗な花が咲いていて、何だか巨大で柔らかなキノコがある場所だ。この辺りではマシな雰囲気だと思う。
「二人とも、しっかり話し合ってください」
え? というハモリが聞こえた瞬間、黒い枝が二人を包む。
「ヒオリ!?」
「ヒオリさん!?」
焦りと不安の表情を向ける二人に、幼女が小さく頷いた。
「じゃ、いってらっしゃい!」
「しゃい」
ひゅん──と大きく振りかぶった黒い枝は、森を目掛けてフルスイング。あっという間に二人の姿は消えた。
ミレスちゃんのノーコンが改善されていることを願う。
「今さらすぎるけど、着地とか大丈夫だよね?」
「ん」
『一応術かけたよ~』
「二人ともありがと!」
大きなお世話だけど、ゆっくり二人で話せる環境を無理矢理つくらせてもらった。仮に素直になれなかったとしても、森からこっちに戻ってくるまでに多少進展するんじゃないかな、と期待。
今日の二人はどう見ても両想いです、ごちそうさまでした。
「いや~、甘酸っぱいねぇ」
「せいしゅん」
「遅めのね」
「ひぃは?」
「私の遅めの青春はミレスちゃんに捧げてますから」
「ん」
満足そうに頷いて抱きついてくる幼女。
ほんと分かりやすくなったね、うちの子。




