41.その正体と真実
それから私が落ち着くまで、茶髪の男はずっと黙って隣に座っていた。これまでのことを考えるとすぐに消えてしまってもおかしくないのに。空気を読んでいるのが珍しい。
可哀想に。私がそれなりの恋愛観を持っていれば、乙女ゲーでいう個別ルートに入っていただろうに。
いや、私に惚れられても困るだろうけど。
「……ありがと」
「うん」
ふざけないで素直に頷く男に少しだけ面食らう。頭上の霊獣と腕の中の幼女はぐったりしたままだし、気まずい。
「力を使い過ぎたみたいだね。あとさっきの奴に当てられたかな」
「あれ、何なの?」
「魔族だよ」
あっけらかんとした態度で言う男に思わず口篭もってしまう。
いや、もしかしたらそうかもしれないとは思ってたけど。そんなあっさり認められると困るというか。
「魔族って滅んだんじゃ……?」
「ああ、人間界じゃそういうことになってるね。今は往来を禁止されてるだけで、魔族は魔界にいるよ。昔は人間とも多少交流はあったんだけど」
「え……?」
聞いた話と違う。でも、それだと色々と納得もできる。今まで遭遇した黄緑頭やさっきの黒い靄みたいに到底人間とは思えない存在がいることに。
魔族は滅んだのではなく、隔絶されていただけだったのか。
嫌な真実を知ってしまった。これ、確実に国の王様とかが関与する問題じゃないか。一個人がそんなこと言ったところで信じてもらえないかもしれないけど。
「そもそもあんたは何でそんなこと知ってるの?」
「オレも魔族だしね」
「え、いや、は?」
確かに人間離れした存在だとは思った。でも私たちを助けてくれたし、何より他の魔族みたいに魔気を感じない。もし魔気を有していたなら、フォールサングでも他のところでも危険視されていたはず。こんなに普通に人間たちに交じって生活できる訳ない。それにミレスちゃんもキィちゃんも気にしてないみたいだったし。
色々な疑問が浮かぶ私に気づいたのか、茶髪の男は自慢げに笑う。
「完璧に人間でしょ?」
「意味が分からないんだけど……」
「これは結構自信作なんだよ」
待ってましたとばかりに説明をし始める茶髪の男。
曰く、人間の死体とその他の素材諸々を組み合わせて作った人造人間のようなもの。それを器として使っていると。極限まで魔気を押し留め外側に霊気を循環させることで、表面上は人間を装っていることができるらしい。長年の経験とスキルで完全に人間に擬態できている、というのが自慢話のようだった。
「器との親和性を高めるために苦労したんだよ~」
「あ、そう……」
正直よく分からん。とにかく凄いことなんだろうけど。
今日の黒い靄の魔族は器がないから抽象的な感じに見えたのかな。ガヴラに憑依した奴も自分の身体は持っていなさそうだったし。元々そういうものなのかも。
「色々と聞きたいことはあるんだけど……何で私たちを助けてくれるの? 今までの奴らとあんたは違うよね」
「うーん、魔族にも色んな奴がいるからなぁ。オレは嬢ちゃんたちが面白いから話しかけたくなるだけで」
こいつ、ちょっかい出してる自覚あったのか。
「いや、面白いってなに」
「成人してる人間なのに霊力少なすぎるし、それなのに従者と契約してるし。その従者は半霊半魔だし。なかなかいないよ? 嬢ちゃんたちみたいな人間」
この世界の人たちの話を聞く限り私たちが珍しいのは分かるけど、何か釈然としない。この男の強さを考えると興味のある玩具みたいな感じなのかな。
というか、最初から私たちのことを分かって声をかけてきたのか。珍しいとか何とか言ってた気がするし。
「今は味方してくれてるけど、敵になることはある?」
「んー、ないかな。あんまり揉め事起こしたくないし」
「魔族がみんなそんな思考ならいいんだけど」
「はは。人間界に無理矢理来るような魔族は力試しとか侵略みたいなことしか考えてないと思うよ」
「笑い事じゃないんだけど……」
でも今後も何かあればこうして助けてくれるんだろうか。さっきみたいな奴が最強で一人しかいないってことはないだろうし。束になってかかってきたらこっちの世界だって無事じゃ済まない。そもそも魔族の規模も分からないし。
毎回助けてくれる? なんて図々しいことはさすがに聞けない。今のところ善意っぽいけど、対価なんて要求されたら対応できそうにないし。
あ、でもこっちへの行き来を禁止されてるって言ってたっけ? 魔族側の行動を抑制されてるってことなんだろうか。
「揉め事起こしたくないって、前の黄緑頭の時も……?」
「そうだよ~! あいつのせいでバレるかと思ったんだから。オレ、こっちじゃ殺生できないんだよ。昔こっちで色々あったときに制限くらってさぁ。ヤっちゃったらこっちに来られなくなるんだよ。嬢ちゃんたちを助けようにも相手が弱すぎて死にそうだったし。手加減って苦手で」
だから管轄外とか何とか言ってたのか。巨漢の男たちに絡まれたときも、盗賊みたいな奴らを前にしたときも、相手を殺してしまいそうだから手出しできなかったと。
モブ顔のくせに強キャラかよ。
「じゃああの黄緑頭の奴は生きてるの?」
「いや?」
殺したよ、ときょとんとした顔で答える茶髪の男。
「あれ以上好き勝手されるとバレるからさ。でも今のところ大丈夫そう」
「バレるって、何に?」
「魔王だよ」
あ、いるんだ。魔族といい魔界といい、一気にファンタジー感増したな。
「魔王がこっちに来るのを禁止してるの? 揉め事起こしたくないってそのせい? 大昔からそうだから人間たちは魔族が滅んだって思ってるってこと?」
「質問が多いなぁ」
笑いながら、話せば少し長くなるけど、と続けた。
「今からええっと、何百年前だったかな」
時々ジジイムーブをかますなとは思っていたけど本物だったのか。こいつ一体何歳なんだ。嬢ちゃん呼びも気にならなくなってきたのが若干癪だ。
「まぁ昔、人間たちが魔族に手出ししてたんだけど、弱いのにしつこくて」
それってあれか。人間と魔族の戦争があったとかいう。昔の大戦を軽く言ってますけど。
「虐殺を好む奴らもいたけど、当時の魔王が面倒くさがって人間界と魔界を遮断したんだよ。でも魔界はつまらないし、人間界にどうにか行こうと抜け道を探してはこっそり行き来してたんだけど」
「バレたんだ」
「そう。面倒事起こさないようにって制限くらったんだよ」
それが不殺生か。
「別の魔王は人間界に殴り込みに行きたそうだったけど面倒くさがり屋のほうが強かったから」
「え、魔王って何人もいるの」
「え? 人間界も王って何人もいるでしょ?」
それはそうだけど、人間は文化も国も違うしな。一人で統治するのは無理でしょ。
あれ。勝手に魔界を一グループだと思い込んでたけど違うのか。だって魔王って大体一人のイメージだし。
「魔界にも国があるの?」
「国っていうか領地かなぁ。各地に魔族を取り仕切る領主がいる感じ」
意外と人間っぽいところもあるんだ。
「人間たちと違うのは魔族では力の強さで上下関係が決まることかな。身体的なことも含めて色んな能力は魔力によって左右されるから」
「ちなみにあんたはどのくらいのレベルなの?」
「さぁ。そんなに力に興味ないからなぁ。オレより強いヤツなんてたくさんいるよ」
でもさっきの奴よりはこいつのほうが強いんだよね、多分。そんな奴らが魔界にはいっぱいいるのか。
魔族恐ろしすぎないか。魔王が面倒くさがりで本当によかった。好戦的な奴だったならすでに人間滅びてるよね。




