40.不覚
いいね・ブクマ・誤字報告ありがとうございます!気を付けているつもりですが、誤字多いですね…。
「ちなみに勝率はどんな感じですかね……」
「わからない」
「ぜひとも頑張っていただきたいところなんですが」
「こうげき、あるのみ」
「さすがっす」
言いながらも黒い枝で攻撃を試みる幼女。
「あっ」
身体の一部が抉れる。するとそれは地に落ちることなくこちらに向かってきた。
「ですよねー!」
フォールサングで見たやつだ。
だから何なのこの理不尽な攻撃は!
飛んできた鱗だか魚肉だか分からないそれを黒い枝が一刀両断する。さすがにそれ以上の追跡効果はないようで、やっと空中分解して落ちていく。
ひたすら攻撃を続けるしかないか、と思ったのも束の間。抉れたところからブクブクと何かが盛り上がり、元通りとは言えないながら傷を修復されてしまった。
一体どうすれば。幸いスピードは遅いからどうにかなっているけど、このままじゃジリ貧だ。
「でも大体弱点はあるはず! ってことで目玉とかどう!?」
「ん」
勢いよく一本の黒い枝が巨大な目玉に向かっていく──が、突き刺さる前にバチン! と閉眼されてしまう。続けて何度か目を狙うものの、全て弾かれた。
動きは遅いくせにその行動だけは早いのか。弱点の可能性はあるけど、このままだと埒が明かない。
それに今まではこっちの攻撃に反撃する形だった敵が、その巨体を建物にぶつけて周囲を破壊し始めた。これ以上被害を抑えるためにもどうにかしないと。
「ミレスちゃん、あの必殺技使える?」
広範囲攻撃しかりドリル攻撃しかり、頭の中でイメージしたものをそれなりに再現できるあの力があれば、まだ勝機はある。
「やってみる」
「お願いね!」
やればできる。念じればいける。願えば何にでもなれる!
そう、この黒い枝は鋭い刃を持つ大太刀──!
「一刀両断だー!」
「えい」
一つに収束した大きな黒い枝が、巨大な敵の首を目掛けて飛んでいく。亀のように首を縮め魚の胴体に埋没したところを横一線。逃げる時だけはスピードが速く一撃を逸らされるものの、三分の一くらいには食い込み身が切り裂かれていく。
「よっ、しゃ!?」
尾鰭まで振り切ったと思ったら、切り口からブクブクと盛り上がってくる何か。
もしかしなくても、再生している。
「三枚おろしにしてやる──っぅえッ」
傷が修復するまえに攻撃を畳み掛ける。どれも致命傷には至らず、不気味に身体を再生していく巨大な魚。
急に力が抜け、カタカタと手足が震える。身体が重い。酷い吐き気がする。
「ひぃ」
『主さまぁ』
「う……」
エネルギー不足か。心配そうな二人に対応する余裕もなくキィちゃんに項垂れる。
『わぁ!』
為す術もなく飛び回っているキィちゃんに向けて肉片が飛び散ってくる。防御壁や迎撃する黒い枝の奮闘虚しく、翼に当たり大きく蹌踉めいた。
『主さま、ごめんね』
きゅぅぅ、と可哀想な呻き声を上げて縮んだキィちゃんは、私の頭上で倒れた。何てこった。
機動力を失ってしまい、容態を確認する暇もなくどうにか回復した体力で走る。あとは黒い枝に手伝ってもらい、敵を町から遠ざけるように誘導した。
あのまま倒れてくれていたらよかったけど、これ以上は町の損壊がまずいことになる。先手必勝にはならなかったのは辛い。
できるだけ町から離れてモッダ平原にまで連れていきたかったけど、それは叶わなかった。私たちを追っていたのに途中から興味を失ったように引き返してしまうためだ。まるで行動範囲が決められているみたいに。
仕方ないのでギリギリ引きつけるだけ引きつけて、とりあえず逃げ回る。
渾身の一撃が決まらないとなればどうすればいいのか。私が倒れるほどの攻撃をしたところであの再生力だと追いつかれる可能性は高い。
「防御スキル高いやつばっかりなの何なの……」
何か、何かないのか。スピードが遅いという欠点はあるんだし、他に弱点があってもおかしくない。
「猛スピードで目玉を潰してもらう? それか──うぉあっ」
「わっ」
敵から距離を置いて走った先、何かとぶつかった。その衝撃で尻もちをつく。
「いってて」
「大丈夫?」
「はい……あ?」
ぶつかったことは申し訳なかったけど、そもそもこんなところに何で人がいるのか。疑念が怒りに変わる。
「ェェェェェ──ッ」
「あっぶな!」
低音を響かせて突撃してくる奇妙な魚を避ける。
「嬢ちゃんたち、また大変そうだね」
「あんた毎回何なの!?」
この場に似つかわしくない朗らかな笑顔を向けてくるのは、ストーカー疑惑のある茶髪の男だった。恩人ではあるけど、ムカつくな。
「なぁなぁ」
「今本当にそれどころじゃないんだってば!!」
なぜか攻撃の勢いを増した魚が突っ込んでくる。こっちから攻撃してもいないのに巨体の肉片を飛ばしてくるもんだから、必死に逃げ回るしかない。
どうせまたこいつも管轄外だとか何だとか言って逃げ出すに違いない。というか何でこんなに走り回ってるのに息も上がってなければ汗もかいてないのか。意味が分からない。
「いやあ、さすがに今回はオレの出番かなって」
「もういいからマジで早く消えて!」
肉片だか鱗だかの応酬に黒い枝も劣勢だ。
こいつに構っている場合ではない。本当に死ぬ。
「でも殺せないんだよな。嬢ちゃん、どうしたらいいと思う?」
「っだから!」
「あ、そっか手加減すればいいのか。何かいい方法ある?」
「はぁ? 殺さない程度に遠くにぶっ飛ばすとか?」
「よし。嬢ちゃんたち、あれが死なないように祈ってくれよ!」
急に立ち止まった茶髪の男は、巨大な魚に向かって片手を突き出した。
死ぬ気か?
真正面から向かってくる敵が、あと数メートルというところで動きを止める。
「は?」
「よいしょーっ」
そして両腕でフルスイングする男。その勢いで巨大すぎる亀と魚が合体したような奇妙な敵は遥か彼方に飛んでいった。
「よし。これで行きついた場所で死んでもオレのせいじゃないな。これは立派な事故だ、うんうん」
嘘でしょ。意味が分からない。
あれだけ苦労した相手をぶん投げたの? この人。
今までの苦労は何だったの? いや、この人が私たちを助ける義理は別にないけれども。
「……あんた、やっぱり人間じゃないわけ?」
「どう見ても人間だろ?」
にっこりと笑う男が急に胡散臭く見える。これまでもそうだったけど、今は特に。
こんな人間いてたまるか。明らかにゾダとかヲズナ族よりも強いのに、有名にならない訳がない。
「精霊とか……それこそ聖女的な?」
「あはは、そっちなんだ」
どうやら違うらしい。確かに聖獣とか霊獣的なものは連れていないけど。
「ひぃ」
「え? ッぁ」
名前を呼んだ幼女を思わず抱き締める。
何だか、やばい感じがする。敵はどこかに行ったのに──いや、まだだ。そういえば、あの声の主がいるはずだ。
どうして忘れていたのか。ミレスを危険な目に遭わせて、この状況を引き起こしたかもしれない相手。
『ふフ』
近くに黒い靄が集まってくる。グネグネと歪んでいるような、蠢いているような。
とにかく気味が悪くて、気分が悪くて、ひたすら嫌悪感しかない。この場から逃げ出したいと思うのに、身体が動かない。
幼女がぎゅっと服を掴んでくる。不安を表すような行動に、これが今までの比じゃないくらいの相手だと感じた。
キィちゃんは頭上でダウンしたままだし、詰んでる気しかしない。
『よくもアタシの子をヤってくれたねェ』
黒い靄が喋った。こいつが、黒幕か。
「気づかれたらどうするんだよ」
これが威圧感というのか何なのかも分からず立っているのがやっとの私に対し、平然と茶髪の男はそれに話しかける。まるで知人のように。
『はッ。番のお出ましか』
「は……?」
急に男の雰囲気が変わったことに驚く。
怖い、と。この人に対して初めて思った。
『腑抜けメ。アレの寵愛を受けているンだか知らないけどねェ、アレもオマエも──』
「口を閉じろ」
茶髪の男が黒い靄に手を向ける。
『……フン』
恐れをなしたのか何なのか、あっけなく黒い靄は消えた。
緊張が解け、地べたに座り込む。
「……は」
「ひぃ」
恐怖からか身体が震える。手を伸ばしてきた幼女を思い切り抱き締めた。ぐずる子どものように顔を押しつけてくるのに驚く。この子にとっても恐ろしい相手だったのか。
何だったの、あれ。
未だに震えが止まらない。
戦おうなんて思えなかった。本能で勝てるはずないと──死を、感じた。死ぬことなんて怖くないと思っていたのに、身体が怯えた。
「嬢ちゃん、大丈夫?」
しゃがみこんでこちらの顔を覗いてくる茶髪の男は、いつものおどけた態度だった。黒い靄に冷徹な対応をしていた人と同一人物には思えないくらいに。
「……」
何かを言いかけてやめた男は、私たちの横に座り込んだ。
何も言わず、ただ傍にいてくれた。まるでもう大丈夫だとでも示すように。
口を開けば震えた声しか出ないことは分かっていた。だからその態度がとてもありがたい。
思わず涙腺が緩んでしまいそうで、悔しかった。この人に安心感を抱くなんて。




