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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第四部 奔走
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37.イウリオ 前編



 ぼくは昔から何もできなかった。力もない、知恵もない。任された仕事も十分にこなせない。能なしの役立たず──そうみんなから疎まれて当然だった。

 ぼくたちは集団で移動しながら生活の場を変える。狩りや料理、洗い物、何かは必ずできるのが当たり前の世界で、居場所なんてどこにもなかった。

 ぼくの存在が迷惑になるのなら、消えてしまおうと思った。どうせ、生きている価値などないのだから。


 集団移動の途中、みんなから外れてあてもなく歩き続けた。そのうち倒れて息絶えることを考えて。

 そうして何日経っただろうか。水も食事も摂らず、ついに足は動かなくなった。

 視界に入ったのは森の中。きっと誰にも見つからないだろう。何も役に立たなかった短い人生。せめて自然の栄養にでもなれたら。


 ──ああ、こんなにも弱って。少し待っていなさい。


 薄れていく意識の中、そんな声が聞こえた気がした。





 目を開けると、眩しい光が差し込んだ。死んだらみんなを守る存在になれると聞いていたのに、役立たずのぼくにはそれさえも許されないのか。


「目が覚めたかな」


 声のする方へ視線を向けると、

 おかしい。全身が痛い。

 まるで、生きているみたいだ。


「……」


 頭を撫でる硬いその手に、なぜか涙が流れた。

 死ねなかったのに。みんなの役に立たなかったのに。生きていいのだと言われているみたいで、胸が痛かった。


「今はゆっくり休みなさい」







「イウリオ。最近の調子はどうかな」


「はい。お陰で色々とよくしてもらってます」


 あれからいくつかの月が過ぎた。ぼくを拾ってくれたのはここダナレ国のルムギナという町の長で、身体が回復するまで世話をしてくれただけじゃなく、居場所を与えてくれた。エコイフというところでぼくでもできる仕事を教えてくれ、報酬までもらえている。こんなぼくでも迷惑をかけず少しでも役に立てることで、生きていることが許されたように思えた。

 今まで生きるということに苦痛と絶望しか感じていなかった。でもこうして生きていていいというなら、何をしたいのかも分からなかった。

 確かに、ありがたいことだった。生きていてもいいということに感謝するべきだ。でもどうすればいいんだろう。このままここで生きていていいんだろうか。


「イウリオ。無理をしていないかね」


「はい。大丈夫です」


 それからまた幾月が過ぎた。仕事以外の時間を勉強に費やし、ここにいる人たちと同じくらいの知識は手に入れることができた。

 最近、ダナレと隣国であるフォールサングの間に広がるモッダ平原に危獣が現れ始めた。そのせいでエコイフもこの町も慌ただしくなっていた。動物たちが危獣から逃げ出したり身を隠したりするせいで狩りも難易度を上げ、このままだと食糧不足に苛まれるのは目に見えていた。

 町長は遅い時間まで働くぼくを心配しているようだったけど、外で働く警備者や討伐者のほうがきっと大変だと思う。

 この頃には生きることへの罪悪感や自問自答はなくなっていた。


 その後モッダ平原のことは解決しないまま、時間だけが過ぎていった。日々使う薬の調合に必要な色々な素材の入手先であったフォールサングとやり取りができなくなり、体調を崩す人たちも少なくなかった。できるだけ怪我をしないように、病にかからないように、生活の範囲を狭めることで町の活気も失われつつあった。


 ある日のこと。調査のため森へ入った帰り、数人の討伐者と出会った。みんな怪我をしているようで、特に一人は重傷のように見えた。


「ちょっとブライジェ、しっかりしな! ここで意識が飛んだら死ぬからね!」


「う……うぅ」


「もう少しで町に着くから頑張れよ!」


 近くに寄るとかなり酷い怪我なのが分かった。血も凄い。


「あの、こっちです」


 勉強以外の時間はあてもなく森を歩いていたお陰でこの辺りの道は大体覚えていた。近道を通ってなるべく早く町へ急いだ。


「ありがとう。助かったよ」


「でも……ブライジェはもう……」


 一通りの治療を終え、食料を持ってきたぼくに討伐者たちは安心しつつも暗い表情をした。

 多分、あの怪我じゃ命は助かっても討伐者として活動するのは厳しい。

 ダナレには術士が多いみたいだけど、治癒術士は他の国と変わらないくらい少ない。辺境のルムギナまで来るには時間がかかりすぎるし、何より依頼するには面倒な手続きを踏まないといけない。それまでにこの人の体力は持たないだろうと思う。仮に持ったとしても、何らかの後遺症は残る可能性が高い。


「……ひとまず私たちも休みましょう」

「ああ」

「そうだな」


 討伐者一行はしばらくここに滞在することにしたようだった。

 数日経っても意識を戻さない一人を待つべきかどうか、仲間内でも意見が分かれていた。なぜかぼくに相談に来るから自然と彼らの動向を把握することができた。悩みに答えることはできなかったけど。

 それでも回復を願うことはできる。勉強以外の時間は彼の元へ足を運んだ。

 治療薬は少なく誰も世話をしたがらないから仕方がない。討伐者は色々な土地を回るし、病気の元を持っていると思われることがある。自分が病にかからないように必死だ。

 始めは治療所にいた彼も、数日過ぎれば簡素な部屋へ移された。会いに来る仲間は一人、また一人と減っていった。

 それも仕方ない。働かないと生きていけないから。

 結局、最後まで彼の元を訪れたのは一人の女性だけだった。


「……ぅ……」


 だから彼が目を覚ましたときも、彼女がいればよかったのにと思う。


「ブライジェ!」


 知らせを聞いて涙を浮かべて駆け寄るその姿が、何だか眩しく見えた。きっとあの人のことを大切に思っているんだろうなということが痛いほどに伝わってくる。他の仲間も彼女に続いたところでぼくの役目は終わった。

 これからどうするかは、彼らで話し合うしかない。


 数日後、討伐者一行はあの人を置いてここを出ることにしたと聞いた。みんなは礼を言いに来たけど、エコイフで働いているから情報の提供をしやすかっただけだ。困っている人を助けなさいと言った町長の言葉に従っているだけ。

 だから最後に彼女が一人でぼくに会いに来た理由も理解できなかった。


「ブライジェのこと、よろしくね」


 そんな顔をするくらいなら、傍にいればいいのに。

 人間は、難しくて大変な生き物だ。


「……イウリオは、どうしてオレに良くしてくれるんだ?」


 討伐者一行が去って数日、ようやく身体を起こせるようになった彼は小さく呟いた。


「これも仕事の一部なので」


 そう言ったときの彼の表情はどんなだっただろうか。気の利く言葉の一つも言えないぼくに呆れただろうか。

 普通の生き方をしてこなかった僕にはよく分からなかった。


「イウリオ!」


 それから一月ほど経った頃。彼は討伐者としての活動を再開した。笑顔も増え、気さくな性格は町の人たちに受け入れられていた。

 討伐者と言っても、多分以前のような働きはできない。町の人たちの小さな手伝いをして報酬をもらい生活しているようだった。


「さすがに危獣の相手はできないが、害獣くらいならやり合えるさ」


 よくエコイフに訪れては、うまく相槌を打てないぼくを相手に話す。お陰で知らなくていい彼の言動も予定も知ることになった。

 町で変な人に絡まれたときも、森の調査途中に動物や害獣に襲われたときも、助けてくれた彼に何も思わなかったわけじゃない。


 ──イウリオ! 大丈夫か?


 心配そうな表情に、眩しい笑顔に、惹かれなかったといえば嘘になる。

 でも、何もできないじゃないか。あの人が喜ぶことが、あの人の役に立てることが、分からない。討伐者として一緒に旅に出ることも、子孫を残すこともできない。

 だったら、あの人がぼくに関わらないようにしたらいいんじゃないか。これ以上ぼくによくしたいと思わないように、これ以上ぼくが気にかけるようなやつじゃないと思えるように。

 こんなぼくに、価値なんてないんだから。

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