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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第四部 奔走
202/240

36.かっこいいんですけど

時が経つのが早すぎます


「……あなたはそういう悩みなさそうよね」


 恨めしそうな表情と声を向けてくる姫様。縁のない話ですまんな。


「まあ私にはこの子がいるからね~」


「ん」


 ぐりぐりと頭を撫でると擦り寄ってくる幼女が可愛すぎる。この子がいるのに他の人に現を抜かすなんてことがあるとは思えない。


「聖女としては優秀ね。他者と交わることで力が揺らぐと言われているみたいだし」


「聖女ではないけどね」


 今後相手がいないのかとかいう詮索が来た時の魔除けにはなるかもしれないか? 聖女を肯定するのは不本意すぎるけれども。

 まあでも国によって多少違うとはいえ、この世界での結婚適齢期はとっくに過ぎてるみたいだから余計なお世話を焼かれることもないか。何たってここでのアラサー女は基本的に行き遅れの役立たず。女は結婚して子どもを産むのが当たり前、軍人でもない限り余程本人に何か問題があると思われる。厳しすぎんか。


「さて、戻りましょう。いつまでも主役が席を離れるのはよくないわ」


「はーい」


 そろそろお開きにしてくれないかな。あとは盛り上がりたい人たちだけでやってくれ。


「シャル様!」


 重い腰を上げると、慌てた様子のマルデインさんがやってきた。ただ姫様を迎えに来たという訳ではなさそう。


「実は──」


「何ですって。行くわよ!」


「え?」


 マルデインさんから耳打ちを受けた姫様が私の腕を掴む。そのまま走り出すものだから転びそうになった。


「危獣と害獣が現れたそうよ。方角的にダナレからと思われるって」


「え!?」


 いつも急に現れるな。しかもダナレからこっちに来たとなったらルムギナが一番危ない。

 イウリオさんが心配だ。ミレスちゃんとキィちゃん特製のブレスレットもさすがにそこまでの迎撃機能はないだろうし。


「キィちゃん起きて!」


『ん、んん~』


「走ってほしいの!」


『はぁ~い』


 眠そうにしながらも私の頭上から飛び降りて巨大化するキィちゃん。一緒に乗った姫様に指示を仰ぐ。


「どっちに行けば!?」


「向こうよ」


「マルデインさんすみません!」


「いえ!」


 さすがに三人は乗れずマルデインさんを置いて出発する。

 姫様の指差す方へ駆けていくと、数匹の鳥や獣が襲い掛かってきた。数は多くない。幼女の黒い枝と姫様の術であっという間にバラバラになった頭部と肢体が飛散していく。今まではほとんどが幼女の無双だったから姫様がめちゃくちゃ頼もしく見えるな。


 そうこうしているうちにどんどん迫ってくる敵を倒しながら森を抜けて町に出た。

 飛び交う悲鳴、避難誘導の大声、抵抗する刃の金属音。混乱に包まれる戦場が目の前に広がっている。


「シャル!」


「お兄様、引き続き民の避難を! ここはお任せください!」


「頼んだぞ!」


 いち早く渦中に駆けつけていた王子様と息の合った掛け合いを見せつけられたと思ったら、突然キィちゃんから飛び降りる姫様。その勢いで霊力を纏った剣を大物に突き刺す。敵が悶え苦しんだのは一瞬で、畳み掛けるような姫様の攻撃に地に伏せた。

 接近戦もできるなんて聞いてない。かっこいいんですけど。

 そしてそんな姫様に対抗するかのように次々と敵を薙ぎ倒していく幼女も可愛い。


「ひぃ」


「ん?」


 粗方敵が片付いてきたところで幼女が虚空を指差す。

 最後の鳥型の危獣に止めを刺した姫様も合流し、一緒にその方向を見つめる。


「あれは……」

 

 何だか空が変だ。一部だけ蜃気楼みたいに空間が歪んでいる。

 そして現れたのは丸い黒。次第に大きくなっていき、空がひび割れていく。何だか見たことのあるような光景だ。

 いや待って。嫌な予感しかない。というかこれはあれか? 歪みってやつでは?


「姫様、ちょっとまずいかも」


「少しどころじゃなさそうね」


 みしみしと軋むような音と光とともに、黒い穴から何かが出てくる。狭い穴をこじ開けるようにゆっくりと姿を現したのは、リュウグウノツカイのような胴の長い魚。触手なのか手なのか分からないものがいっぱいついていて気持ち悪い。


「危ない!」


 ギロリ、と巨大な目玉がこちらを向いた瞬間、姫様が叫ぶ。恐らく攻撃を術で弾いてくれたのだろう、音と衝撃が走る。


 巨大な魚が現れたあと、黒い穴は縫合するかのように閉じていった。ヒスタルフの鉱山で見た歪みとは違うのか、それ以上危獣が出てくる様子はない。今回は量より質って感じだけど。

 誰かが故意に、あるいは事故で発生したものなのか気になるところだけど、そんなことを考えている暇はなさそうだった。


「ィ……ィィィ……」


 鳴いているのか呻いているのか、変な声を出しながら空中をゆっくりと泳ぐ巨大な魚。最初の一撃以降は特にモーションはないものの、とても安全とは言えない。


「ミレスちゃん、イけそう?」


「ん」


「待って。民の避難もほとんど終わっているわ。ここはいいから早く行って」


「え? 行くって」


「ダナレが気になるでしょう。マルデインが言っていたわ。こちらの招致になかなか応じてくれないから余程ダナレから離れがたいんだろうって」


「あ、いやー……」


 それはまあ長旅とか王様に会ったりするのが面倒だったからだけど。でもイウリオさんたちが気になるのも事実。


「姫様一人じゃ……」


「問題ないわ」


「ィィ──!!」


 ドンッ!! と大きな音を立てて空から何かが降ってきた。巨大な魚に直撃したらしく、触手を揺らめかせ悶えている。続けざまに黒い血飛沫が舞い、ゆっくりと巨体が降下する。


「■■──■■■■■■■■」


 魚と一緒に降りてきたのは大剣を手にした女族長だった。服というか布を纏っているから裸族ではなくなってしまった。

 いや、タイミングよ。かっこいいんですけど。


「これ、普通に勝てる戦い?」


「お姉様がいれば負けはしないわ。そして私はお姉様の弟子よ」


「頼もしすぎる」


「元気でね──ヒオリ」


「そんなお別れみたいな」


「あなたのことだから、ダナレでの戦いを終えたらこちらには戻ってきたくないでしょ」


「うーん、よく分かってらっしゃる」


 軽口の応酬の間にも族長さんは巨大な魚とやり合っている。すっかり戦闘モードになったらしい巨大な魚は、たくさんの触手だか手だか分からないそれを縦横無尽に動かしている。千切れた一部は飛び回る族長を追跡している。

 いや、ファンネルかよ。


「こんな時に申し訳ないけど行くね。色々とありがと! 族長さんとか王様たちにもよろしく! 王子様と仲良くね!」


「早く行きなさいよ!」


 顔を赤らめながら族長と共同戦線に向かう姫様。最初はクソガ──面倒くさい女の子だなって思ったけど、こんなに印象が変わるなんてね。

 それにしても二人とも自分で戦えるのは羨ましい。私にそんな力も素質もないのは知っているけど、せめて補助スキルでもいいから何かしら役に立てたらいいのに。

 まあそんなこと言ってても仕方ない。今自分ができる限りのことをしよう。ひとまずはイウリオさんたちの安否確認だ。


「じゃあキィちゃん、ダナレまでお願い! それなりのスピードで!」


『はーい』







『行ったか』


「はい。ダナレの方はきっと大丈夫でしょう」


『問題はこっちだな』


 ヒオリたちがダナレへ向かい、残された戦力はたったの二人。フォールサングの軍は数年続くモッダ平原の一件で消耗が激しく、元より平民も多いため危獣との戦闘には向いていない。下手に戦闘に参加されるよりも民の避難や護衛についたほうが有意義だった。

 危獣との戦いに慣れているヲズナ族は一足先に帰還してしまい、諸事情で残っていた族長一人しかいない。シャルールカが優れた術士とは言え、戦力不足は否めない。


「ィ、ィ、ィィ」


 無数の突起物が二人を襲う。避けるたびに町並みは破壊され、迎撃すれば切り離された身体の一部がさらに後を追ってくる。


『死ぬ気で術を練れ。時間は稼ぐ』


「はい!」


 致命傷を与えるための術の構築には時間がかかる。囮となるべくその長身を四方へ翻し、大剣を振るう。


「ぁ、ぁ……」


 適当に飛び回った先、震える子どもを見つけた。逃げ遅れたのだろう。地に座り込んだまま立ち上がれずにいる。

 そこへ長く伸びた突起物が容赦なく襲ってくる。その場を退くことも攻撃を振り切ることもできず、彼女は自らの身体を犠牲にしようとした。


「はぁっ!」


 そこへ飛び込んできたのは一人の男。到底戦力には成り得ない、一兵士。

 敵の意識が逸れたその一瞬に、子どもを抱え上げて走る。少し離れたところに子を避難させ、再び戦場へと戻った。


「くっ、ぅ……ッ!」


 敵の注意を引き付けてくれたお陰で子どもは助かったが、男は命からがら敵の攻撃を防ぎすでに満身創痍だ。

 決して強くない。シャルールカに仕える男の方が秀でているだろう。

 しかし、自分より遥かに強い相手でも逃げ出すことはしない。その強い瞳に惹かれた。

 一族では力こそが全てだ。そのはずだった。だが長である彼女はどうしようもなくこの男が欲しいと思ってしまった。


『主ではどうもできぬ』


「あなたのほうが強いでしょうけど、夫となる以上、妻を守るのはっ、男の役目なので!」


 互いに言葉は分からないはずだった。それでも、互いの想いは通じていた。


『我を女扱いするのは主くらいだろうて』


 この前も、女が素肌を無闇に見せるものではないと服を寄こしてみせた。誰もが畏怖し、警戒するこの巨体を前にあの慌てようは面白かった。


 死なせはしない。この男も、男が大切にするこの国も。


「行きます! ってわぁぁぁぁッ!?」


『死に急ぐでない。それに傍にいたほうが我も安心する。そう、色々とな』


 敵に立ち向かおうとした男を軽々と抱え上げたヲズナ族の長は、誰も見たことのない笑みを浮かべる。

 そして巨大な敵に向かって大剣を翳した。


『行くぞ。悪しき獣よ』


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