35.門外漢です
「そういえばヒオリ殿は酒を嗜まないんだったな」
「多少は──いえ、はい」
今まで空気の様だった幼女の視線が突き刺さる。以前どんな酔い方したの、本当に。自分で自分が怖いんだけど。
「先ほどの挨拶で色々と紹介があったと思うが、どれか気になるものはないだろうか」
さっき……ああ、あれか。確かみんな自分の領地の名産品を薦めてきてたな。お金使ってくれって意味かと思っていたけど、違うんだろうか。
「できるなら甘いものがいいですね。スイーツ系には常に飢えてるので」
よくある砂糖が高級品ということはないんだけど(そもそも砂糖というものが存在しないみたいだし)、甘い食べ物が結構少ない。塩味とか酸味、辛味のほうが好まれるっぽいんだよね。聞いた話、首都圏に近いところでは一種の嗜好品として浸透しているみたいだけど、地方では素材を生かした味とかスパイス系が多い。ヒスタルフにいたときも、メイエン家では嗜好品はほとんど出ないし、お店で見かけるのもフルーツ系だった。
特定の甘味料というものはなく、木の実とか何かしらの材料を潰して入れるような料理が主。多分加工技術が発達していないんだろうけど、そうなるとやっぱりチョコとかプリンとかケーキとかが恋しくなるわけで。
「甘いものだったら、ちょうど他国へ流通できないかと考えているものがある。ぜひ感想を聞かせてもらえないだろうか」
「いいんですか? 喜んで!」
やった、甘い物が食べられる!
「おいしい?」
「好みはあるだろうけど、私は大好き。ミレスちゃんも気に入るといいけど」
キィちゃんは肉食系だからどうかな、なんて思っていると、早速王子様に指示されたらしい人たちが何かを持ってきた。
皿には色とりどりの食べ物が乗っている。半分くらいは果物っぽいけど、ケーキのようなものもある。
「ヒオリ殿が浄化してくれた禁域があるだろう? あそこの奥には元々豊富な果実が成っていた。“気”に影響され食物としてどうかとも思ったが、どうやら特に問題はないようでな。数はそう多くはないから、どこかの貴族が気に入ってくれればと思うのだが」
「禁域の件に関しては姫様のお陰でもあるだろうし私たちだけの功績じゃないですけど、なるほど。こっちは?」
「ああ、これは……」
急に言葉を詰まらせて視線を外す王子様。皿を持ってきた人たちも気まずい表情をしている気がする。
あれか、ゲテモノ系とか。
「ここ数年の食糧問題を解決するために、どうにか食べられるようにできないものかと試行錯誤したものなのだが……」
「あまりいい出来にはならなかったと」
「……そういうことだ」
透明で少し紫色の丸みを帯びたそれは、ブドウやラベンダーなどの花を使ったゼリーと言われれば納得できるような見た目ではある。もっと盛り付けとか工夫すれば映えるような気もするけど、今まで見てきたこの世界の料理の系統を考えるとなかなか手に取りにくいんだろうな。みんな食べ物を見る目じゃないもんね。
「どれどれ」
少々歪なそれを手に取る。複数の不安そうな視線を浴びながら口に入れると、ゼリーっぽい見た目とは反して餅みたいに緩く伸びた。口の中でもったりとした甘さが広がる。一部膜となって纏わりつく感じは納豆のようでもあるし、意外とさっくりと噛み応えもあって何だかお菓子のようでもある。
肝心の味はというと、あれだ、爽やかなあんこ。
「食感は面白いけど万人受けはしなさそうですね。味も日本人は好きそうだけどこの世界の人基準で言ったら確かに微妙かも。これ単体で食べる甘さじゃなさそうだし」
そう、結構甘い。あんこをそのまま食べているみたいな。羊羹とかそんなに好んで食べなかったし、これだけで食べるのは結構辛いかも。チョコとか洋菓子系の甘さなら大歓迎なんだけど。
「うーん……あ」
近くにあったパンの間にそれを挟む。
「ん!」
これだ。ちょうどいい甘さになって、この世界のパサパサ気味のパンを和らげてくれている。
これでバターがあれば最高なんだけどなー! パンの表面を焼いて、バターを塗って、この爽やか系あんこと一緒に……ああ! あんバタートースト食べたい!
「おいしい?」
他のデザートを堪能していた幼女がこちらを見る。
「ミレスちゃんも食べてみて。どう?」
「……ん」
一口食べて、気に入ってくれたのか今度はそれをずっと食べている幼女。可愛い。どうやら気に入ってくれたみたいでよかった。
何だかざわざわしている周囲に目を向けると、信じられないようなものを見る目や不安そうな表情、不思議そうに首を傾げる顔など色んな反応。あまり好意的な印象ではないらしい。
それもそうか。この国の人たちもパンと甘い物を一緒に食べるという習慣がないみたいだし。ヒスタルフでもジャムとかないのか聞いたら凄い目で見られたしな。多分ご飯にジャムとかチョコとかかける感覚なんだと思う。
それからお偉いさんたちで事業について話し合いたいとかで、王子様や注目の的からは解放された。端の方にいても話しかけられるからちょっと休憩したくてその場を離れることにした。これだけ人がいたら主役がいなくても別にいいでしょ。
ということで森の木陰に避難。ひんやりとした風が気持ちいい。
どこかでゆっくりデザートを食べようかと歩いていると、見知った姿を見つけた。
「姫様、こんなところにいたんだ。これおいしいよ、どう?」
隣に腰を下ろしてデザートを差し出すけど反応はなし。
せっかくおめかししてるのに暗い表情だし、何だか元気ないな。あ、もしかしてさっきの王子様の話か?
「王子様との結婚、嫌なの?」
「嫌なわけないじゃない」
「だったら」
デザートを受け取った姫様のよく見ると真っ赤だった。
あ、そういう。
「他のお姉様が生きていたら……レレンに出会えなかったら……私なんて他国に嫁いでもおかしくないのに」
「何だ。兄妹で結婚するのが普通みたいなこと言ってたけど、そういう政治絡みのもあるのね」
「余程の事情がない限り、他国の女は側妃になるか王太子以外の王族や貴族に嫁ぐことが多いけどね。その国の王族の血と霊力が薄まるのを避けたいから」
「なるほど」
本来ならその道筋を辿る予定だったけど、この国の王妃候補がいなくなってしまってこうなったと。
姫様はデザートを一口、まるで苦いものを食べたような顔をする。
「じゃあ何が問題なの? 王子様のこと嫌いじゃないんでしょ。その顔見る限り、むしろ好意的に思えるけど」
「~~~~っだって!」
「うお」
びっくりした。いきなり振り返らないでよ。
ここ最近のクールな姫様はどこに行ったのか、初対面での幼さを彷彿させる顔でぼそぼそと何かを呟く。
「……のよ」
「何だって?」
「っだから、初めてなのよ!?」
ぱーどぅん?
「世継ぎを多く残すために結婚したら一月はずっと……霊力が近いほど身体の相性もいいって言うし、そんなの……そんなの、色々と持たないわよ!」
「……はぁ」
赤面して叫ぶ姫様には悪いけど、心配しなくてよかったやつだなこれ。
まあ一か月ひたすらっていうのは大変だろうけど、そういう話ならお役に立てないわ。




