34.祝賀会にて
「そういえばキィちゃんは……」
「ん」
幼女が指差した方を見ると、すやすやと安らかに眠る白い生き物。
「いっぱいたべて、ねた」
「食いしん坊め」
ほっとしながら手触りのいい毛並みを堪能する。これだけわしゃわしゃと撫でても起きないなんて。
「は~。安心したらお腹が空いた」
かなり身体は怠いけど、不思議と全身の痛みはなかった。打撲とか骨折──まで行かなくてもヒビくらいは入ってただろうに。
あ、キィちゃんが治癒術使ってくれたのかな。前に術を受けた時は倦怠感も軽くなったような気がするけど……あの薬のせいかな。そういえば効果は聞いたけど副作用は聞いてなかった。姫様も飲んだことあるみたいだし、特に注意もされなかったから酷い代償はないとは思うけど。
あーでも、普通は意識消失モノなんだっけ? それなら寝込んでも仕方ないか。
まあ今は倦怠感以外別に気になることもないからいいかな。
「それよりも……」
喉も乾くしお腹が空いた。手も震えてるし。
でもしんどすぎてベッドから下りる気力が……と思っていたら、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
「失礼致します。お目覚めになられたのですね」
「あ、はあ……」
「何かご所望のものはございますか? 湯浴みや食事などご準備できますが……」
え、ナイスタイミング過ぎる。メイドさんみたいだけどあれか、ホテルマン的な。ルームサービスまで充実してるなんてさすがお高い宿。
そういえば土塗れだったしお風呂も入りたいけど、先にご飯が食べたい。
「食事をお願いできますか?」
「はい。こちらにお持ち致しますか?」
「お願いします」
メイドさんみたいな女性が一旦退室したあと、重い身体を引きずるように洗面室へ向かった。
ぬるい水だけど、顔を洗うだけで気持ちいい。
「は~……あれからどのくらい経ったんだろ」
丸一日は経っているだろうけど、この倦怠感からするとまた数日経過していたとしてもおかしくない。
とにかく怠すぎてベッドに再びダイブする。シーツに埋めた頭をぺちぺちと叩いてくる黒い枝に構う気力もない。安心したら怠慢な心が表に出すぎる。
しばらくベッドを堪能していると女性が食事を持ってきてくれたので、幼女と二人で食べた。見た感じ後遺症のようなものもなさそうだし、本当によかった。
ちなみにメイドさん(仮)に聞いたところ、私は三日ほど寝込んでいたらしい。まあ何となく察しはできたけど。
その後、二日ほど十分に身体を休め、さらに二日遊んで寝てを繰り返してそろそろ活動するか、という頃にお迎えがやってきた。
そう、逃げ出したくもなる祝賀会だ。
本来ならば準備に参加して着せ替え人形になり──といった地獄みたいな所業が待っていたらしいけど、マルデインさんや姫様たちの計らいで当日まで何もしなくていいということになった。祝辞的なものもない代わりに、国民たちの前をただ練り歩く、まあ野球とかで言う優勝パレードみたいなものだ。
最初は警護も兼ねてヒスロに乗るか、いやいやモッダ平原を治めた時のように巨大化した霊獣に乗ってもらった方が、みたいなやり取りもあったみたいだけど、最終的に二人を連れて歩くといういつもの感じに収まってくれた。
ということでやってきた、祝賀会当日。
「行きたくな~……」
「今更よ」
綺麗に着飾った姫様が棘を刺してくる。見ている分には目の保養なんだけど。
それにしてもあの泣き虫な姫様はどこに行った。護衛として前に立つ少女にあの面影は一切ない。寂しいとかじゃないけど、何というかあれは幻想だったのかっていうくらいクールだしそれを崩さない。まあそれほどあの鳥を大切にしてたってことだろうけど。
「ひぃ、がんばる」
「うい」
幼女も無事だし、こうして激励してくれるし、注目を浴びるくらい我慢しないとね。相変わらず頭の上で寝てるキィちゃんはちょっと恨めしいけど。
「黒の聖女様ー!」
多くの人たちに囲まれた花道を軽く手を振りながら歩く。もはや訂正なんてできる状況じゃない。ちょっとは恨むぞ、族長さんよ。
そうして長い長い道のりを歩き、ようやく辿り着いた先でパーティーが待っていた。前回とは違い、何だか高そうな椅子に座って代わる代わるやってくる来賓をやり過ごす。
と言っても高貴な身分と思しき人たちはそんなにいなくて、あとは商店街とか労働組合の代表みたいな人たちがほとんどだった。モッダ平原に平和になったお陰で商売等々がうまくいっています、というような感謝の言葉だ。これに関しては本当に偶然なんだけどな。
挨拶と謝辞祭りが終わり、やっと一息ついていると、後ろから首に手を回してくる人がいた。
痛い。首が捥げる。
「族長さん」
「■■■■■■■■■■■!」
一言だけ告げてさっさとどこかへ行くポニーテールマッチョ。
何だったんだ。というかまだこの国にいたんだ。
「元気になってよかったな、とのことよ」
「姫様」
差し出された飲み物を受け取る。ちょうど喉が渇いていたから助かる。
「ありがと。族長さんにもお礼言いたかったんだけど」
「お姉様は気にしないわ」
「そんなもんか。ならいいんだけど……そういえば、王子様は私たちのお陰で裸族──じゃなかった、ヲズナ族との繋がりが持てたとか言ってたんだけど。姫様がすでに仲いいのに、何で?」
「シャルは私たちのことも避けていたからな」
突然現れた王子様が答える。
「お兄様……申し訳ありませんでした」
「いや、いい。シャルも自由な時間が欲しかっただろう」
「……」
「あの鳥……レレンと言ったか。そのためにヲズナ族と接触し弟子入りしたことも、ひいては国のためになったのだから」
「……ありがとう、ございます」
何だか妙な間が生まれる。兄妹とはいえ、少しよそよそしい感じもする。というより、姫様が王子様に対して一歩引いてる感じ? まあ相手は王太子らしいし、緊張するとか派閥争いとかありそうだもんね。
「この際だから聞いておきたい。やはり、王妃にはなりたくないか」
ん?
「……お兄様こそ、嫌ではないのですか」
んん?
「いつ嫌だと言った。俺はシャルしかいないと思っている」
黙り込んで俯く姫様の表情は読めない。
というか、何だこれは。
王子様、今後王様になるんだよね? 姫様が王妃になるってどういうこと? 本当は姫様が有力候補で、王の座を譲ろうとしてるってこと? つまり女王様?
「今すぐでなくともいい。だが考えておいてくれ」
「……はい」
失礼します、と小さな声で去っていく後ろ姿を見送る。
混乱している私に少しだけ困ったように笑いながら、王子様は話を続けた。
「このようなところをお見せして申し訳ない」
「いえ……国の大事なことみたいなので、聞いて大丈夫かなとは思いましたけど」
「そうだな。もし俺とシャルが結婚したときには、ぜひヒオリ殿にも式に参加してほしいくらいだ」
「はあ、結婚式ですか……ん? え? 二人の? 兄妹じゃなかったんですか?」
「兄妹だが?」
どっ、どういうこと。何で「それがどうした?」みたいな目で見てくるの。
まさか、あれか。この国では家族間での結婚が普通なのか。
「ヒオリ殿の国では珍しいのか」
「そ、そうですね……法律でも許されてないし遺伝的にあまりよくないとか聞きますし……」
「ヲズナ族やゾダの一族のように霊力が近しいものとの結びつきでより優秀な子が生まれる。王族の血統の問題もある……が、それは当たり前ではないようだな」
なるほど。異世界常識ってことね。
確かに、以前テア様が大怪我をして助かったのもエメリクの霊力と親和性があったから、みたいなことを言っていたし。日本ではまず見かけないような髪色含め、特にお偉いサマ方の容姿が似ているのも親近婚がほとんどだからか。そう考えると遺伝子的なものは存在してそうだけど、元の世界とは法則とかが違うんだろうな。
「まだまだ知らない常識が多いなー……」
あれだけ持っている常識は通用しないと理解していたはずなのに、そう簡単に染みついた考えは抜けないよね。
「私が生まれた、それはもう遠い遠い国では、珍しかったです。すみません、浅慮で。ここでは普通なんですね」
「いや、こちらこそヒオリ殿のような国があるとは思いもしなかった。考えを改めないといけないな」
王子様優しい。王族だからこんなことで謝るなんて思わなかったけど、こういう考えもまた常識じゃないんだろうな。未来の王妃様が引きこもりだったのも偏見がないような世の中だしね。
「二人が結婚するっていうのも、王位継承権を持つのが二人だけだからってことですかね」
「ああ。元より男兄弟は少なく、早くに戦や病で死んだため俺しかいない。女の中ではシャルが一番秀でていたからな」
結構前から決定事項だったってことね。それで「自由な時間」か。嫌でも結婚させられるから、それまでは好きにやってもいいよっていう。
でもまあ姫様も王子様のこと嫌がってる感じじゃなかったけどなぁ。
「ぜひ結婚式には呼んでください、って言いたいところですけど、また旅に出ちゃうので……」
「もちろん心得ている。聖女様の廻国の邪魔をする気はない」
「聖女様はやめてくださいって」
「さすがに訂正は無理だろう」
「せめてここで留めといてください……」
そんな爽やかに言わないで王子様。
旅の先々でこんな扱いをされたらたまったもんじゃない。できれば静かにひっそりと過ごしたいんだ。




