33.助けてお姉様
『早めたいのなら、方法はある』
「え!」
早く言ってよお姉様!
期待した眼差しを向けると、族長は懐から何かを取り出しこちらに放り投げた。キャッチしたそれを見ると、小さな筒だった。木でできたそれは蓋がしてあり、振ってみるとどうやら液体のようなものが入っているようだった。
『お姉様、もしやそれは……』
『懐かしいだろう。我が一族に伝わる秘薬だ』
にやりと笑う族長の横で怯えた表情の姫様が気になる。
『我が妹も此れに耐え、優れた術士と成れた』
「私は別に術士じゃないんですけど……」
『其奴は主との繋がりが強いほど力が安定する。主が秘薬を飲めば、一時的にはなるが力の道が広がることで乱れも治まりやすくなる』
「えっと」
「その子の覚醒が早まるということです」
胡散臭さがない訳じゃない。だけどミレスちゃんの目覚めが早くなるのならそれに賭けたい気持ちもある。
最早空気と化していた男性二人を見遣ると、どちらも真剣な表情をしていた。マルデインさんはともかく、王子様は族長と親しいようだったし無茶な提案ということでもないのかな。さすがに私に害があるものだったら止めてくれてるよね。
改めて手の中の筒を見る。姫様と手を繋がないと通訳できないのは面倒くさいなと思いながらその手を離す。
同じく木製の蓋を開けると、どす黒い何かが見えた。臭いは特にない。
まあ、これでミレスちゃんが目を覚ますならいいか。一体どれだけやばい薬なのか気になるところだけど。
意を決し、一気に口の中へ。息を止め、意外とどろっとしたそれを押し込み、嚥下した。
「~~~~!!」
うああああああああああああまずい!! めちゃくちゃまずい! 口呼吸なのに感じるえぐみ、舌に感じる刺激。苦いし辛いし、飲む前は無臭だったのに変な臭いがするし。究極にまずい漢方……いやそんなものじゃ収まらないレベルのまずさ。喉が焼けるように痛い。物理的な刺激がやばすぎる。
ぐるぐると視界が回り出し、頭がガンガンと鳴る。血管という血管が怒張して、全身の毛穴が開いているんじゃないかってくらい汗が噴き出る。うるさいくらいに心臓がバクバクと動く。いたい、くるしい。
「……ぁ、ぁ」
凄いのが、これだけ壊滅的な味をしているのに一切吐き気を催さないことだ。
「──っ、ん……?」
悶絶しそうになりながら苦痛に耐えていると、次第に何だか気持ちよくなってきた。こんな責め苦に歓ぶ癖はないんだけど。
ふわふわとした気分で口元を伝う唾液を拭えば、楽し気な表情の族長と目が合った。
「■■■■■■■■■■■■■」
「……?」
何か言ったかと思えば、姫様と一言二言ほど話して立ち上がった。去っていくポニーテールを呆然と見送る。いつの間にかキィちゃんは私の膝の上にいた。
「さて。我々も戻るとしよう。ヒオリ殿、大事にな」
続いて王子様とマルデインさんが部屋から出ていく。特に引き留める理由もないけど、このまま放置されるのか。
残された姫様はというと、一緒に立ち去ることもなくこちらを見ている。そしてそっと私の頬に触れたかと思えば、小さく息を吐いた。
「霊力もないのに大したものね」
不快感が消え、浮遊感漂うままに姫様の言葉に耳を傾ける。
「あの秘薬を飲んで意識を失う者も少なくないそうよ。わたしも一日中苦しんだわ。あなたは……霊力が少なすぎて、反動も少ないのかしら。それともその子のお陰かしら」
他に人がいないと砕けた口調になるのか。さっきまでの言動が違和感ありすぎたからちょっと安心すらした。
「少し眠るといいわ。次は祝賀会で会いましょ」
微睡む意識の中、身体が浮遊する。私よりも華奢そうに見えた身体のどこにそんな力があったのか、幼女と霊獣ごとお姫様抱っこという貴重な体験をしながら視界が閉じていく。
せめて──と伸ばした手が幼女に触れる前に、意識は途絶えた。
◇
目を開けると、真っ暗な森の中だった。
ああもう、またか。本当に嫌になる。
何回もというほどじゃない片手で数えるほどだろうけど、毎回残虐に命を奪われる光景は精神的に参る。
ご丁寧に四肢につけたれた枷と鎖はびくともせず、歩くたびに心身ともに重くのしかかる。どうせ殺されるのだと分かっているのにこうして逃げる自分にも嫌気が刺す。夢の中だから自由に動けないのは仕方ない。早く目が覚めるのを待つしかない。
そうして歩き続けてどのくらい経っただろうか。追手もなくひたすら暗い森の中を歩き続けるというのもなかなかの苦行だ。どうせ死ぬのだと分かっているのだから、一思いに殺ってほしい。
何かに操られるようにノロノロと歩みを進めていると、遠くで光る何かが見えた。
──あたたかい。なんだろう。
光に手を伸ばす。輪郭がはっきりとしてくる。その顔は──。
「──みれす?」
ハッとして起き上がる。寝ている顔を覗き込んでいたらしいその身体を掴む。
「ひぃ」
「──っ!」
黒と黄金の瞳。長いパーマの白髪。待ち望んでいた幼女だった。
「ミレスちゃん……! よかった、よかった……!」
「……ごめん、なさい」
「何で謝るの! ミレスちゃんが無事で本当によかった……!」
思い切りその小さな身体を抱き締める。
本当によかった。茶髪の男や族長の言葉を信じなかった訳じゃないけど、もしかしたらという思いもあったから。
「身体は大丈夫?」
「ん」
「ほんと? 少しでも変なところがあれば言ってよ?」
「だいじょうぶ」
「はー……よかった」
こんなに安心したのはグルイメアの森を抜けたとき以来かもしれない。自分の危機よりもミレスの安否の方が問題。我が子より先に死にたいってこんな気持ちなのかな。




