28.苦手な相手
要人を見送り、一気に安堵感が押し寄せた者たちが深く息を吐く。手が僅かに震えるのは達成感か、それとも高揚感か。はたまた恐怖かもしれない。
「無事に終わりましたわね。シャルが来ないのはどうしたものかと思いましたけれど……」
「ああ。ヒオリ殿が気にするお方ではなくてよかった。それにマルデインから聞いたように事を運んだことで大きな問題にならずに済んだ」
「安心するのはまだですよ、両陛下」
特徴的な緑色の髪の毛をした三人は互いに目を合わせる。
「そうだな。ヒオリ殿が好意で褒賞辞退したからと言ってそのままにはしておけん」
「はい。たとえ困窮していたとしても、我が国の信頼にも関わりますからね。受けた恩には報いなければなりません」
「とはいえ、マルデインによるとヒオリさんは物欲がないのでしょう?」
「俺に考えがあります」
「ガシュバル……聞こう」
「はい。彼女はあの白髪の幼子──ミレス殿を大層可愛がっております。しかし彼女たちがいた国では忌み子と恐れられるようです」
「……なるほど。我が国を挙げて心証を改善させるのだな」
「はい。地道な努力にはなりますし、時間もかかるでしょう。しかし、心強い協力者もいます」
「ヲズナ族か」
「はい。ヒオリ殿が一番望んでいた平穏……それを叶える手伝いができればと」
国王・皇后両陛下が頷き、王太子のやる気に満ち溢れた眼差しが応える。
かくして本人たちが知らないところで国家を巻き込んだ計画が始まろうとしていた。
◇
少しだけアクシデントがあったものの無事にパーティーは終わった。フォールサングご自慢のお酒が飲めなかったのは残念だけど、みんなの前で紹介されて軽く挨拶をする程度でだったしいい意味で拍子抜けした。
王子様から聞いた話、私たちがここに来るまでにマルデインさんがそれはもう質素に、質素に出迎えるように、とかなり念を押してくれていたらしい。あまり派手にすると逃げるとでも思われたのかな。まあありがたいことではあるけれども。
王宮でのお泊まりを丁重にお断りさせていただき、王様たちとのお別れも済んで、町のちょっと高級な宿へ向かう道。案内してくれるマルデインさんと一緒に歩いていると、その足と視線が止まる。
「……姫様」
その視線の先には、急いで人混みを抜けていく影があった。
「姫様?」
「はっ。申し訳ございません。我が国の第三王女であらせられるシャルールカ様です。本来ならば先ほどの宴にもご同席いただくべきだったのですが……」
ああ、そういえばパーティーで王子様が言ってたっけ。この国には何人か王子と姫がいたけど、病や戦でもうこの世にはいないと。存命なのは第一王子と第三王女だけで、王太子というだけあって将来国王となるのはあの王子様に決まっているらしい。お姫様は幼少期にペットを失くしてから引きこもりがちになってしまい、滅多に人前に出ないとか。
「何か急いでるみたいでしたね」
「いつもどこかへ出掛けていらっしゃるようです。あちらは禁域があるのでお近づきにならないようお伝えしてはいるのですが」
「禁域って?」
「モッダ平原の霊大樹により支えられている我が国ですが、それでも完全に守られている訳ではありません。特に森の奥にある禁域は“気”が充満しており誰も近づかないようにしているのです。以前はダナレの術士により結界をその都度強化してもらっていたのですが、ここ数年は交流が途絶えていたもので……」
「結界が脆くなってて危ないかもしれない?」
「はい。姫様もそれは十分ご存知だと思いますので近づくことはないかと思いますが、それでも心配なのです。どこまで“気”の影響が広がっているか分かりませんから……しかしヒオリ様のお陰でまたダナレとの交流を持てることもできましたので、結界に関してはもうしばらくの辛抱だと思っております」
何かフラグっぽいこと言ってるけど、魔気があるんなら行かない手はない。最近あんまりミレスちゃんに養分与えられてなかったからね。
「ヒオリ様も耐性がおありのようですが、あの森の奥にはお近づきになりませんよう」
「はーい」
ミレスちゃんが魔気を吸収できるって言ったこと忘れてるのかな。まあ都合よく私たちを使おうとしないところは好感度アップだよ。
「おとーさーん!」
再び宿までの道を歩いていると、前から笑顔の少女が走ってくる。
「お前たち、どうして……」
困惑した表情のマルデインさんが少女を抱きとめる。マルデインさんの視線の先、一人の女性が泣きそうな顔でこちらを見る。
「ヒオリ様、この度は本当にありがとうございました。主人が、こうして……戻っ、て……」
女性は言葉を詰まらせながら頭を下げる。主人というからにはマルデインさんの奥さんかな。そして少女は娘さんと。
今回の討伐戦は決死の覚悟だったみたいだけど、家族と再会してなかったのか。まあ帰ってきてすぐに王宮に行ったからそんな暇もなかっただろうけど。
「出迎えてくれたのは嬉しいが、まだ仕事の途中だ」
「まあまあ。宿もこの通りを進むだけでしょ? あとは家族サービスしましょうよ」
「しかし……」
「ヒオリさま、ありがとう。おとうさんを守ってくれて」
にっこりと笑う少女に悪い気はしない。
「ヒオリ様」
「はい」
「今回のモッダ平原の討伐隊は兵とは名ばかりの一般人がほとんどでした。正直まともに戦えるのは三割にも満たないでしょう。それでも国を守るため志願してくれました。……もう家族と会えなくなると知っていても」
少女を抱いたまま、頭を下げ続ける奥さんを抱き締めて、深くお辞儀をするマルデインさん。
よかったね、無事家族と再会できて。
「本当に、本当にありがとうございました」
「末永く爆発しろください」
「え?」
◇
マルデインさん家族と円満に別れたあと、宿に向かう振りをして森へと向かった。魔気があるんなら幼女センサーにお任せよ。
「あっち」
キィちゃんはパーティーで思いっきり食べたからかおねむで頭上から動く様子がないので、幼女の示す方へとひたすら進む。キィちゃんに起きてもらった方がよかったと後悔するくらいには歩き続けると、辺りが薄く暗くなってきた。少し息苦しいような気もする。インドアが活動しすぎてさすがに疲れたのかとも思ったけど、多分これは魔気だ。
「ミレスちゃん、近い?」
「ん」
さて、封印された場所か、魔晶石か。
息苦しさと気怠さに耐えながら進むと、木々の間から大きな何かが見えた。
何だろう。石柱でもないし、建物でもないし。
「──え」
近づいてみると、それは巨大な鳥だった。カラスのように全体は黒いけど、羽も肉体も半分以上は朽ちていてゾンビと言ってもいいくらいだ。危獣かとも思ったけど、動く様子はない。
それよりも驚いたのは、その近くに誰かがいることだった。
「あの──」
「──! だ、れ」
フードを被ったその人は驚いたように振り向く。その表情は酷く歪み、頬には汗が垂れる。浅い呼吸を繰り返すその姿は、どう見ても魔気の影響を受けているとしか思えなかった。
「早くここから離れ──」
「来ないで!」
駆け寄ろうとした瞬間、絞り出したような大声を上げるその人。声と風貌からして女性のようだった。
「あな、た……黒、の……」
一瞬目を見開いたかと思えば、今度は睨みつけてきた。
そして巨大な鳥を庇うように立ちはだかる。明らかに体調不良なのにこうして敵意を剥き出しにしてくるところを見ると、あの鳥と何かしらの関係があって自らここに来たんだろう。
魔気を放出していると思われる原因を解消するとこの人から恨みを買うだろうなということは何となく分かる。とりあえず話を聞くしかないかな。
「ひとまずちょっとここから離れません? あなたも無事じゃ済まないですよ」
「──っ」
ふらりと倒れそうになったその身体を黒い枝が支える。抵抗はされたもののそのままホールドして少し離れたところまで移動した。
魔気の影響が及ばないところまで歩くと、元気になってしまった女性が目力強く凄んできた。
「あの子を殺したりしたら、許さないから」
「善処はしたいところですけど、そもそもあの鳥は何なんですか」
こちらの質問には答えようとはせず、黒い枝の拘束を解こうと藻掻く女性。頭を大きく振ったせいでフードが捲れ、その姿が露になる。褐色の肌に綺麗な緑の髪。どこかで見た顔立ち。
はい、フラグ回収お疲れ様です。
「お姫様が護衛もつけず一人でこんなところまで来ていいんです?」
「あなたには関係ないでしょ」
はーん。そんなこと言っていいんか? 主導権はこっちにあるんだが? というか何でそんなに強気なのこのお姫様。兄である王子様はあんなにいい人なのに。
「何にも質問に答えてくれないなら仕方ない。さっきの反応からして私たちのこと知ってるんですよね。どう伝え聞いてるか知らないですけど、この子超強いし魔気を吸収できるんですよ」
「やめて!」
「話になりませんね。じゃ、ミレスちゃんこのまま行こっか」
「ん」
「い、いや……!」
拘束した黒い枝を切り離すことはできないから巨大な鳥の元へ一緒に連れて行こうとすると、無駄な抵抗をしながら涙を流すお姫様。何歳だか知らないけど、オルポード家の子どもたちのほうがまだ聞き分けがいいというか話が通じるな。引きこもりの間に碌な教育を受けていないのか元々の性格なのか。
まあ敵意を向けてくる相手に優しく接するほど人間できてないんですわ。
「あのですね。事情を話してくれたらあの鳥のことどうにかできるか考えることはできるんですよ。まあできるかどうかは別として。でもイヤイヤ言うだけじゃ分かりません。話が通じないんじゃ魔気の原因であるあの鳥を消すしかないんですけど」
「……ぅっ、ぅっ……」
泣―くーなー。
「ひぃ、たいへん」
「今までで一番面倒かもしれん」




