27.恋する乙女に制限はない
裸族と和解(?)したところでパーティー会場へと招待された。
何となくありがちなイメージで室内での豪華絢爛パーティーを予想していたけど、大分違った。テラスのような場所でビュッフェ形式、各々立食したり岩や切り株に座ったりと結構自由だ。もちろん椅子も用意されているけど、そこに座っているのは王族や立場が上の人たちだけみたいだった。もれなく私にも椅子を用意されたのでありがたく座らせてもらう。
「これおいしそう」
ビュッフェなので好みの料理を皿に乗せ、せっかくだからルムギナで絶賛されていたフォールサングのお酒に手を出そうとした瞬間、黒い枝にぺしっと叩かれた。
「えっ、なに」
「ひぃ、だめ」
「え? 何で」
「のむと、おかしくなる」
「ええ?」
私そんな酒癖悪い? 言うほど飲まないけど……いや、ヒスタルフにいたとき一回だけあまりのおいしさに飲みすぎて記憶失くしたことあるっけ。あれ、カクテルみたいでおいしかったなぁ。
いやそれはいいとして。あの時、何かやらかしたのか。基本的にお酒飲んで酔っても寝るだけだと思ってたけど。
「そんな酷かった?」
「……」
「マジか」
幼女が無言になるほどの醜態って何だろ。次の日も普通にベッドにいたし。
「ヒオリ殿」
お酒を前にして唸っていると、褐色の肌が目の前に飛び込んできた。
「酒が飲めないならこちらはどうだろうか」
「あ、ありがとうございます」
綺麗な緑髪の王子様だ。差し出された飲み物をもらって席に着くと、王子様も近くに座った。
「ヲズナ族から宝物を受け取ったんだな」
「ほうぶつ……ああ、箸ですか」
「ハシ?」
「これですね」
日本人に馴染みの深いそれを使って肉料理っぽいものを口に運ぶ。ピリ辛でスパイシー、少し酸味もあっておいしい。
うん、ちょっと長いし太い気もするけど異国で使う箸としては満足だ。
「凄いな! そう使うのか」
何だか目を輝かせてこちらを見る王子様。箸の使い方に感動しているらしい。まあ独特な文化だよね。
「■■■■■■」
ここは土地があまり豊かではないから自ら農業や工業に力を入れているといった王子様の話を聞きながらフォールサングの料理に舌鼓を打っていると、今度は裸族の長が話し掛けてきた。ちゃっかり王子様の隣に座り、その肩に手を伸ばす。不敬罪にはならないのかなそれ。
「■■■■■■■」
「はは、だから無理だよ」
「え、言葉分かるんですか」
「これからフォールサングも外交に力を入れなければならない。他国の言語を学ぶために幼い頃からヲズナ族の言語もね。もっとも、学んだところで今まで活かされることはなかったんだが……」
苦労話はいくつか聞いてきたけど本当にこの国は大変なんだなと思っていると、王子様が優しい顔つきになる。
「ヒオリ殿のお陰でこうしてヲズナ族との繋がりを持つことができた」
「はあ……」
確かに裸族が私たちを探していた結果この国に来たんだろうけど、そこで今後の繋がりを持てるかどうかはこの国次第でしょ。それは自分たちの努力だし誇っていいと思う。
「というかヲズナ族ってそんなに凄いんですか? 王様も気遣ってるみたいでしたけど」
「やはり知らないのだな。ヲズナ族はこの大陸最強の部族の一つなんだ」
なんと。まあ見た目からしてめちゃくちゃ強そうだもんな。
「ゾダの一族を知っているだろうか」
「あ、まあ」
「ヲズナとゾダは人類で最も強いと言われている部族だ。純粋な肉体の力ではヲズナ、霊術により秀でているのはゾダ。幸いどちらも離れた場所で暮らしているから問題はないが、双方が戦うこととなれば周辺の土地や国などは無事では済まされないだろう」
なるほどねぇ。メッズリカではゾダの強さを耳が痛いほど聞かされたけど、この周辺ではそれがこの裸族なのか。そしてこの世界でその二種族が人類最強だと。
そりゃあ王様も気くらい遣うわな。
あとその片方が知り合いどころか私を主と言って付き従ってるなんて知ったらやばいだろうなー……。
「ヲズナ族もゾダの一族も外敵から身を守るために身体能力や霊術を発達させた部族だ。基本的に自分たちの領域から出ることはない。彼らの領域は常人が辿り着くにはとても厳しい場所にある。だからこうしてヒオリ殿に会いにヲズナ族がこの国へ来るなど思ってもみない僥倖なんだ」
「はあ……でも私たち、ずっとダナレにいましたよ? 何でそっちじゃなくフォールサングに来たんですかね」
「ヲズナ族に伝わる秘術のお陰みたいだ。未来のことが少しだけ分かるらしい。ただかなり大掛かりな準備が必要で数年に一度しか使えないようだが」
え、秘術って言ってたけどそういう効果なんだ。てっきり追跡機能的なものかと思ったのに。
「そんな大層なもの、もっと別のことに使えばよかったのに」
「はは、おおっと」
「■■■■■■■■」
裸族の長に通訳しろと言われたのか、王子様が抱き寄せられて蹌踉めく。
仲がよさそうだな、この二人。
「あー……そうだな」
「ん?」
二人が談笑している間に食事の続きをしていたら、王子様がこちらを見て頷く。
「儀式が失敗して部族の若者が犠牲にならずに済んだ。その救世主に礼をするのは当たり前だ。それにここへ来ることが我々の利になるというのが秘術の教えだと」
「はぁ」
「その利というのが我が国との繋がりだと嬉しいのだが、どうやら違うようだな」
笑いながら裸族の長に酒を注ぐ王子様。
「骨のある人間を探しているみたいだ。俺も求婚されたんだが、この国の王となる使命があるからな」
「えっ」
通りで仲がいい、というか王子様を気に入ってるみたいだと思ったけどそういうことか。
筋肉が発達しすぎてて分からなかったけど、この裸族の長は女性らしい。
「ヲズナもゾダも部族外の人間を取り入れることはないようなんだが、秘術の教え通りの人間を連れ帰りたいみたいだ」
運命の相手、というか花婿探しか。この屈強な人類最強のお眼鏡に適う相手がいるとは思えないけど、見つかるといいね。
「■■」
何かを呟いたと思ったら、急に立ち上がった裸族の長。そして白髪のポニーテールを揺らしながら向かった先には、周辺の警備で巡回しているらしい衛兵さんたちがいた。
「っわー! あー! 何ですか!?」
少し離れたところで悲鳴にも似た衛兵さんの声が響く。多分、あの時私を庇おうと前に出た人だろう。
「どうやら見つかったみたいだな」
確かに明らかに敵わないであろう壁のような大男に立ち向かおうとしたその姿は勇敢とも言える。実力はともかくとして、中身重視ならいいかもしれない。そこに衛兵さんの人権があるのかは謎だけど。
何となく裸族の長の顔が綻んでいるようで周囲にほんのり花が舞って見えたのは気のせいだろう。




