26.思わぬ報酬
どう見てもどこかの戦闘民族二人、しかも今立っているほうは言葉も通じなかったけど、どうしても言わざるを得なかった。大陸語圏じゃないところまで聖女説が伝わってるのおかしいだろいい加減にしろ。
「■■■■、■■■■■■■」
「■■■■■■■」
跪いたままの巨漢と何やら話している二人。どうやらこの巨漢は通訳者らしい。
「た、大変失礼なことは承知なのですが……ひとまず、ヒオリ様にお入りいただいてよろしいでしょうか」
それまで黙っていたマルデインさんが勇気を出して進言してくれた。増えている汗と震える声からしてかなり頑張ってくれたらしい。
跪いていた巨漢はもう一人の裸族の後ろへ侍り、私たちはその裸族の向かい側に案内された。王族であろう二人も緊張した面持ちで、何だか想像していた対面と違う。何だこれ。というか誰なんだこの人たち。
「■■■■■■」
「ススメテヨイト」
「え、えー……では」
ポニーテール裸族の声から始まり、巨漢が通訳。そして王様っぽい人が咳払いをして口を開いた。
この人たち、この国の王族よりも偉いのかな。
「ヒオリ殿。此度はモッダ平原の平定、誠に感謝する。フォールサングを代表して──」
それからは特段変わったこともないお礼の言葉や自己紹介だった。思っていた通り男女二人は王様と妃様で、いかにフォールサングが危獣に苦しめられていたかとその状況を救ってくれたことに対する感謝が続き、どこかで聞いた話だなと思った。
王族というから畏まらなければいけないという面倒くささとマナー違反を気にしていたけど、正直それどころじゃない。申し訳ないけど、王様の話はあんまり頭に入ってこない。向かい側にいる裸族が気になりすぎる。
「──ということで、ささやかながら宴を準備させていただいた。楽しんでもらえるといいのだが……」
王様の顔が若干引き攣っている。多分向こうも裸族のことが懸念なんだろう。
「ありがとうございます。報酬の話が出てましたけど、不要なので国の復興のために使ってください」
「しかし……」
「お金には困ってないので。報酬というなら聖女って言うのやめてください」
「そ、それは……」
とても困ったようになぜか裸族を見る王様。
ここで遂にこっちにフォーカスが行くのか。
「……こちらは、ンド遺跡周辺でゴンドズという集落を構えるヲズナ族でな」
え、何て?
「ヒオリ殿のことで話があって遠路はるばるここまで来たらしい」
「はぁ」
「ボクタチ、タスケテクレタ。クロノセイジョ、カンシャスル」
ポニーテール裸族の言葉を通訳しながら巨漢が答える。そのナリで僕呼びなのか。
「身に覚えないですし、聖女じゃないですから」
「ソノモノタチ、シタガエル。セイジョシカナイ」
「その者たちってミレスちゃんとキィちゃんのこと?」
「ソウダ」
マルデインさんもそんなことを言っていたけど、もしかしなくてもこの人たちのせいか。
「ヒオリ様、本当に身に覚えがございませんか」
「そんなこと言われても……あ」
気まずそうな、焦るような表情と声色のマルデインさんに問われ頭をフル回転させていると、ふとこの地に来た時のことを思い出した。そういえば、巨大ミミズと戦っていたのも似たような裸族だったな。まさかその時のことか?
「ボクタチ、ギシキ、シッパイシタ。シヌトコロ、タスケタ。ソノチカラト、レイジュウ。クロノセイジョ」
片言の巨漢の言葉を整理すると、つまりはこういうことらしい。
シィスリーのとある遺跡──カヒーレッタから魔法陣でこっちのンド遺跡というところに飛ばされた私たちだったけど、その近くに住んでいたこの裸族が風習としてとある儀式をしていた。成功すれば立派な一人前だと認められるという特に珍しくもなさそうなそれがトンデモ儀式で、危獣を召喚して倒すというものだった。
今回召喚した危獣が従来よりもかなり凶悪で儀式どころではなく、裸族一丸となって戦う羽目になってしまったと。そこで偶然通りかかった私たちが例の巨大ミミズをあっさりと倒してしまい、その力と見返りを求めないその無欲さが聖女に違いないということだった。ミレスちゃんの主力武器である黒い枝と私の髪色から黒の聖女という嬉しくもない通り名の出来上がり。
ちなみにあの裸族、今まで見てきたこの世界の平均身長からすると高い方だったけど、この人たちまでではないなと思っていたら、まだ成長段階の子どもや若者だったらしい。成長したらこうなると。
まあ意味が分からない。危獣を召喚するという行為自体も、召喚できるスキルも。
というか、そういうことが原因の一端となって私がここに飛ばされることになったのでは? 風習とはいえ何してんの?
「色々と突っ込みたいところはあるけど……お強ーい皆さんならお分かりかと思いますが、私自身に大した霊力なんてないですし、そんな立派な人間じゃありません。だから聖女じゃないですし、そう呼ばないでください。嫌なので。そもそも全部ミレスちゃんとキィちゃんのお陰だし、担ぎ上げるなら二人にしてくださいよ」
強い、という部分を強調して言ってみたけど嫌味が通じるかは分からない。
キィちゃんは未だに頭上で寝ているからミレスちゃんをずいっと裸族に突き出すと、挨拶とばかりに黒い枝を浮遊させる。はー可愛い。
主らしき人物に通訳し終えたらしい巨漢は、黒い枝に見向きもせず口を開く。
「オマエノイシ、カンケイナイ。オマエ、ヨワクトモ、オマエシモベ、オマエヲセイジョトスル」
っは~? 聖女とか言う割にお前呼びだし、人が嫌がることはしないって習わなかった? 習わないか? そのでかい図体に叩き込んでやろうか?
「ひ、ヒオリ様……」
私のこめかみに怒りマークが浮かんでいるのが分かったのか、マルデインさんが困ったような窘めるような声を出す。
「感謝するとか言って喧嘩売ってるようにしか思えないんですけど」
「そ、そこをどうにか抑えていただいて……何でも秘術まで用いてヒオリ様方のことを探し出したと……我々としてもヲズナ族のお陰でヒオリ様とお会いできたので……」
秘術なんてどれだけ凄いか知らないけど、わざわざ探し出してまで礼を言う相手に不快を与えるのがこの裸族のやり方なわけ?
「クロノセイジョ、レイヲスル」
主らしき裸族から何かを受け取った巨漢が、再び目の前で跪く。
なぜかマルデインさんと王族二人の表情が曇る。
巨漢が差し出してきたのは、二本の棒。
「シンボクカラツクッタ。カンシャノシルシ」
「これ……」
「ヒオリ様、どうかお怒りを鎮めていただけないでしょうか。ヲズナ族も悪気はないのです。こちらはヲズナ族が命よりも大切にしている霊大樹のような御神木から作られたもので、ヲズナ族が認めた者にしか渡さないとても貴重なものでして……」
必死に言い訳のような言葉を並べるマルデインさん。顔色も悪いし汗も何割増しなのかというくらいだ。
「いや、どう見ても箸」
加工技術なんてものはないだろうから形は歪ではあるものの、二本の棒はどう見てもどう考えても箸にしか思えなかった。他の用途が思いつかない。
「ナンデモツカウ」
首を傾げていると、巨漢が用途を教えてくれた。
戦うときにぶっ刺したり、霊術を使う媒体にしたり。そして、食事のときも。やっぱり箸だ。
「コウスル」
一本ずつ手に持ったかと思えば、逆さにして何かを刺す動作。そして口元に運ぶ。赤ちゃんが覚えたての箸を使ってみました! みたいな感じだけど、食事の時に使うなら問題ない。
「これは普通に嬉しい。この世界、基本的に手掴みか串料理が多いし、こんなところで箸と出会えるとは思わなかった」
裸族の使用方法とは少し違うみたいだけど、箸を使えるのはありがたい。ここではきちんとしたカトラリーはちょっとした高級品みたいだし。もちろん箸のようなものも見たことがない。
「ありがと」
「■■■■■■■■!」
にこやかに箸のようなそれを受け取ると、裸族の主が笑いながら近づいてきて私の肩を叩いた。めちゃくちゃ痛い。何だかよく分からないけど機嫌がよさそう。




