18.秘密と悩みと妥協点
「……むせい……無性?」
数秒してピンと来た単語に戸惑う。
まあでも両性具有とかあるくらいだし、逆もあるのか? 中性、でもなく無性ってことは──。
「──女でも男でもないんです……だから、あの人と一緒に仕事をすることも、子どもを産むこともできない」
ようやく分かった。イウリオさんがブライジェの気持ちに応えられないのは、根深い意識にある。
「……おれが生まれた村は、とても小さくて、男は力仕事、女は家事と子どもを産むことが全てでした。おれは力もないし料理も掃除もダメで、子どもも産めない。村の人たちからしたら邪魔な荷物でしかなかった。だから、村を出ました。ひたすら歩き続けて、着いたのがこの町です」
ゆっくり、ゆっくりと言葉を紡ぐイウリオさん。
「町長さんは居場所をくれました。仕事もくれました。エコイフでならおれでもできる仕事があるんです。だから……」
「大事にしたくないと」
「……はい。あの人は、討伐隊の一人で、みんなが怪我をしたから立ち寄ったみたいでした。他の人たちがいなくなってからも一人だけこの町に残りました。怪我を治すためだと言ってましたけど、怪我が治ってからもこの町のために残ってくれています」
「……イウリオさんに惚れたのもあるんじゃない?」
「……おれは、おれには、何も返せません。討伐者として隣に立つことも、手伝うことも……子どもを産むこともできませんから」
厳しい村で育ったからか価値観が凝り固まってしまっている。
改めて自分が育った環境は比較的自由だったんだなと思い知る。私は結構マイノリティだとは思うけど、日本でもここまで生産的な考え方は珍しいんじゃないかな。仕事ができないから、子どもが産めないからって負の烙印を押されるのは間違ってると思う。そんな生き方、ちっとも楽しくないし、息苦しいだけだ。
「恋人が駄目だったら、友だちじゃ駄目なの? 友だちでも一緒にいられる。対価なんて必要ないですよ、友だちなんだから。それに、子どもを産むことだけが幸せじゃないですよ」
「……?」
心底理解できないといった表情をしているイウリオさんの腕を片手でそっと握る。もう片方の手で、ぎゅっと幼女を抱き締めた。
「私、ミレスが好きです。ずっと一緒にいたいです。でも二人とも女だから、子どもはできません。これって悪いことですか?」
「い、え……」
「私かミレスちゃんが男になっても……子どもがつくれる、産めることになっても、欲しいと思いません。それも悪いことですか」
「……」
私がミレスに思う気持ちは恋愛感情ではないし、多分一生そんな気持ちは分からないけど。
「色んな形があっていいと思うんですよ」
「でも、あの人は……」
「他人の気持ちなんてその本人にしか分からないじゃないですか。聞くしかないんですよ。もちろん、自分の気持ちも話して」
「……いいんでしょうか、おれなんかが……」
「おれなんか、って寂しいですよ。自信持ってください。イウリオさんはいい人です。もう少し欲張りましょうよ」
「……」
「私なんかが偉そうに言ってすみません」
「そんな」
「自分なんか、って、言ってるほうは楽だけど、聞く方はちょっと辛くないですか?」
「……はい」
「もしブライジェがイウリオさんのことを知って態度を変えるようなら、そこまでの奴だったんですよ」
子どもができないことで残念に思うことはあっても、それがその人を好きじゃなくなる理由にはなり得ないと思う。そんな人、こっちから願い下げだ。
もちろん、例えば女性だと思っていたら男性で、恋愛感情がなくなることはあるだろうけど。距離を取りたくなったとしても。それでも、怒ったり嫌いになったりするのはちょっと違う。
「もしそうなったら、私たちと一緒に行きましょう」
「え……」
「性別ごときで変わる思いなら本物じゃない、とまでは言わないですけど」
本当にブライジェがイウリオさんを遠ざけるようなら一緒にこの町を出るつもり。だけど、なぜだかそんな未来は考えられなかった。
「私たち明日からフォールサングに行くことになったんですけど。ブライジェ、今から忙しくなるみたいですし、一緒に行きませんか?」
「……ありがとう、ございます」
逸らされていた両目がこちらを向く。背筋が伸びて、それまで見上げていた視線が並行になる。
「もっと、考えてみます。自分のこと。……あの人のこと。おれのことは気にせずにフォールサングへ行ってください」
「……分かりました」
ここで無理強いするのもよくない。一人で考えたいときもあるよね。
ただ今回のようなことが今後もあると考えると、やっぱりイウリオさんを一人にするのも気が引ける。
「何かいい方法ないかな」
『あるよ~』
「え?」
あまり他人には興味なく頭上で丸まっていることが多いキィちゃんが、のんびりとした口調で話し掛けてくる。
『ミレー、いい?』
「ん」
『主さま、何か手とか首とかにつけられるもの持ってる?』
「え? ブレスレットとかネックレスってこと? 何かあったかな……」
リュックの中を探ると、ちょうどいいものを見つけた。前にメイエン家とオルポード家と別れるときに用意したプレゼントのおまけ。宝石店で色々買ったらこれもどうぞって貰ったんだよね。
「これでいい?」
『うん!』
宝石のついたブレスレットをキィちゃんの前に差し出すと、黒い枝がそれを受け取った。そしてもう一本の黒い枝が伸びてきたと思ったら、ブレスレットを持った黒い枝を──斬った。
「えっ」
まるで不意打ちの仲間割れのような瞬間を目の当たりにして固まる。
キィちゃんはそんなことお構いなしに宙に浮かぶ黒い枝が絡まったブレスレットの前に飛び立った。
「だいじょうぶ」
「そ、そう?」
『いくよ~』
掛け声とともに淡い光が千切れた黒い枝とブレスレットを包んでいく。じわじわと黒い枝が溶けてブレスレットに絡まる。すると銀色だったブレスレット本体と青色の宝石が黒に変色した。
『できたよ』
ふよふよと浮いていたブレスレットがゆっくりと落ちてきて掌に落ちる。
何だか温かい。物理的な温度というよりは、身体がじんわり温まる感じ。多分霊気かな。
「これは?」
『えっとね、悪いのを感じたら守ってくれるんだよ!』
何と。ただのブレスレットから防犯グッズに昇華したらしい。
「ちなみに害悪判定とその反応は? 回数制限はある?」
『持ってるひとが嫌だって思ったら、はじき返すの。持ってるひとの霊力によっていりょくと使える回数が変わるよ』
「便利すぎる! ありがとね、二人とも」
二人を抱き寄せてぎゅうぎゅうと抱き締める。満更でもなさそうなのが本当に可愛すぎる。
「ということで、はい」
「え?」
困惑しているイウリオさんの腕にブレスレットを取り付ける。効果とか話したら遠慮しそうだったから簡単に防犯グッズだと言っておいた。
「私たちがフォールサングから帰ってきたら返してくれたらいいから」
「あ、ありがとうございます」
若干釈然としない様子だったイウリオさんをエコイフへ送り届けたあと、宿に戻った。適当に食事を摂ってゆっくりお風呂に浸かり、ベッドにダイブする。
イウリオさんのことといいフォールサングのことといい、色々と心配だ。防犯ブレスレットがあるとはいえ、やっぱりそういった事態に陥ることがストレスだろうし。こっちはこっちで王様に会うなんて胃が痛い。
とにかく無事に帰ってこられますようにと願いながら、深い眠りに落ちていった。




