17.許せない事件
「あの、すぐに行かないといけませんか? 明日でもいいです?」
「はい。それでは明日、こちらでお待ちしております」
「分かりました」
宿にまで迎えに来るとか言われなくてよかった。絶対近くの店のおっちゃんたちが騒ぐからね。
「はぁ……今日は一旦帰る。ブライジェはどうすんの?」
「町長と話をしてくる。フォールサングのことやヒオリの偽物のことで話し合わなければいけないことがあるからな」
「そう。頑張って」
使者の人たちやブライジェと別れ、解散しつつある人だかりを抜けて路地裏へ入る。どうにも町の人からの視線に耐えられなかった。
発表会なんかで登壇するのは緊張もしないし気にもしなかったけど、全員好奇の目を向けてくる状況は苦手だ。発表会とかは出席人数多くても全員が興味ある訳じゃないし、その人よりも発表の内容に注目されるからさ。さっきは明らかに私たちに興味津々って感じで見てくるから何だか疲れた。
隣国へ行くのに交通時間も滞在時間も分からないから、今日は帰って荷造りしてゆっくり休もう。その前に軽くご飯でも食べますかね。
「ひぃ」
「ん?」
人気のない薄暗い路地裏を歩いていると、幼女がどこかを指差す。その方へ向かうと、男二人が通路を塞ぐように立っていた。こちら側に背中を向けていて何をしているのかは分からない。
「少しくらいいいだろ」
「そうそう。オレたちを喜ばせるのも仕事の一つだろ」
うわー、クソみたいな会話が聞こえる。どこにでもいるもんだね、こういう奴ら。
速足で近づくと、声を掛ける前に幼女の黒い枝が男二人を薙ぎ倒した。
呻き声を上げて壁に張り付く二人。開けた視界に飛び込んできたのは、色素の薄い頭髪。身を小さくしているその姿に、思わず拳に力を込めた。
「ミレスちゃん」
「ん」
私より身長は少し高いはずのその肩を抱き寄せると、その周囲を黒い枝が包む。同時に伸びている男二人にも巻き付いた黒い枝は、一瞬で用を終えて戻ってきた。そのまま黒い枝に運んでもらって路地裏を進む。
生気的なものを奪ったあいつらはしばらく動けないだろうから問題ない。でもできる限り遠くへ行かないと。
「一生動けなくしてやりたい……」
「やる?」
「ごめん、やりません」
さすがに変死体が町に転がるのはまずい。というか確実に面倒なことになる。
「ミレスちゃん、この辺でいいよ」
「ん」
町を抜けて林に入って少ししたところで止まってもらう。久々の黒い枝便がまさかこんなところで活躍しようとは。町中でキィちゃんに乗るのは違った意味で目立つしね。
「……もう大丈夫ですよ、イウリオさん」
幼女ごと抱き締めていたその身体を離すと、俯いたままの美人職員ことイウリオさん。
もしかしてだけど、初めて会ったときも同じ状況だったんじゃないだろうか。ローブで身体を隠すように走っていっていたし、今回のことを考えるとそうとしか思えない。
「あいつら、どうにか処分できないかな」
「……大丈夫です。おれが黙ってれば」
「何でですか! 言いたくないですけど、イウリオさん、こういうこと初めてじゃないでしょ? それなら──」
「──大事にしたくないんです。この町は、いいところだから」
「こんなことがある町がいいとは思えない。この国でそういったことが犯罪になるのかは分からないけど、許されることじゃない」
「いいんです……どうせ……できやしない」
ぎゅっと拳を握るイウリオさんの言葉の意味は分からなかったけど、襲われていい気分な訳がない。外見で襲ってくるような奴らなんてそうそう改心しない。
「それに……あの人がいるときは、誰も近づいてこないから」
「あの人って……ブライジェ?」
頷くイウリオさんに、そういえば最近イウリオさんと一緒にいる回数が減った気がするなと思い至る。ブライジェの存在が意図せず抑制になっていたんだろうけど。
「最近は、モッダ平原の危獣とか大豚のことが解決して、いないことが多くなりましたけど」
それってもしかして私のせいか……? 仕事が増えたって色んなところで嬉しい悲鳴が上がっていたみたいだし。
「じゃあもう理由をつけて守ってもらうのはどうですか。ブライジェの気持ち、知らない訳じゃないですよね」
「それは……」
「あの人、そういうの気にしないと思いますよ。イウリオさんにその気がなくても、一緒にいられるだけで喜ぶと思います」
「……できません」
「何でですか」
変わらず俯いたまま、首を横に振るイウリオさん。
助けてあげたいけど、ずっとこの町に滞在する訳じゃない私たちがどうにかしても意味がない。せっかくブライジェがいるんだから、利用しない手はない。
「そりゃ罪悪感はあるかもしれませんけど」
「……違うんです……いや、違わないけど……」
何か言いたそうに、けれど言い出せないまま沈黙が続く。
たとえ嫌な奴だと思われようとも、この問題だけははっきりさせておきたい。
そうして待つこと数分。
「……おれ」
か細い声で呟くイウリオさん。
「おれ……」
ガバッと顔を上げると、私の腕を掴んだ。
「えっ」
そして自分の胸元へ宛がうイウリオさん。
掌がイウリオさんの胸部を包む。予期していた柔らかさが──ない。
貧乳とかそういうレベルじゃない。絶壁も絶壁。
「あ……男だから、ブライジェには頼れないってこと?」
ふるふると首を横に振るイウリオさん。
「おれ……無性、なんです」




