16.偽物とは
「やっぱり心当たりあるんだな」
「い、やー……」
「フォールサングの使者たちが礼がしたいと例の聖女一行を探してるみたいなんだが、自分がその聖女だって言ってる人間がいてな……」
恥ずかしさに打ちのめされそうになっているところにブライジェの深刻そうな顔が刺さる。
もう何でもいいからその人が代わりに色んなものを背負ってくれないかな。
「ほら、あそこだ」
いい打開策が浮かばないまま目的地へ到着してしまったらしい。ブライジェが指差す方向を見れば、人だかりと揉めるような声が聞こえて、それなりに騒ぎになっていることが分かる。
人垣の間からこっそりその中心を覗くと、大型犬くらいの動物と女の人が見えた。
「……いやいや」
黒髪ボブで黒眼鏡は私と一緒。でもそれだけだ。
どう見てもEカップくらいはありそうな胸と、それに見合った整った顔は、どう見ても私とは似ていない。誰だよこの黒髪美人。そもそも腕に抱えているミレスちゃんらしき白髪のそれ、どう見ても人形だし。
まあ外見レベルは私より遥かに聖女っぽいな。
「ヒオリ、行くぞ」
「えぇ?」
腕を引っ張られて人だかりの中を進む。
あっという間に騒ぎの中心へ連れ出され、注目を浴びる。
「こっちが本物の聖女だ!」
「いや、やめて。本当に恥ずかしいから。大体聖女じゃないし」
私の抵抗虚しく、黒髪美女と対峙していた数人がこちらを向く。
黒髪美女は私の足から頭までゆっくりと視線を滑らせたあと、口角を上げた。
「この子が本物? 笑わせるわね。霊力もないし、聖女とは程遠いじゃない」
マウント取られる日が来るとは思わなかった。それも確実に自分より格上の相手に。
いや、本当におっしゃる通りで。
「確かに報告では優に人を乗せられる大きさの霊獣だったという。こちらの霊獣は少し小さい気もするが、そちらの霊獣と比べたら見間違えたと思っても仕方ないか……?」
「しかし攻撃したのは幼子だったと。向こうは本当に生きてるようだが……?」
「ううん……確かに霊獣が空を飛んでいたという報告だったが、飛べるようには見えないしな……」
使者らしき人たちが何かと話し合う。どちらが本物か議論しているらしい。
「だから攻撃はこの子を使ったのよ。術の媒体にしているの。本当の幼子にそんな力あるワケないでしょ。それに小型ならともかく、大型の霊獣が飛べるはずないわ。大きく跳んだだけよ」
あ、あー……墓穴掘らないでー……。
「この子の力は本物だ! ヒオリ、何とか言ってくれ」
「うーん、代わりに注目してくれるんならいいんじゃない?」
「はあ!?」
あまりの声の大きさに思わず耳を塞ぐ。
「だってこの人、大した力持ってないんでしょ?」
じゃあ対抗勢力って訳でもないし、尚更どうでもいい。行く先々で名前を知られても面倒なことばかりだろうし。国からの報酬とか余計に面倒そうだし。
「あ、あなた」
「不当に報酬を得ようとしていんだぞ!? 第一、それはヒオリが貰うものだ!」
私の言葉に違う方向で怒っている黒髪美女とブライジェ。困惑している使者らしき人たち。
「じゃあ一人で……いや別にグループでもいいけど。グルイメアにいる危獣と戦って勝てる? あとこれが一番大事なんだけど、魔気を吸収できる?」
「は、はぁ!? そんなことできるワケないじゃない! 頭おかしいんじゃないの!? グルイメアの森に派遣される部隊は三十以上が当たり前だし、魔気を吸収するなんて魔族じゃないんだ、から……」
自分で言っておいて目を大きく見開き驚愕の表情に変わる黒髪美女。
「じゃあやっぱりいいや」
「いやいや、だから何がいいんだ!?」
だから声が大きいって。
ブライジェのあまりの煩さに思わず耳を塞ぐ。
「お金に困ってる訳じゃないし、名声とかにも興味ないってこと。ミレスちゃんより強くなければ同じ能力を持っている訳でもないんだから、どうでもいいんだよ」
溜め息を吐きながらそう言うと、ブライジェは言葉に詰まって動きを止めた。
まあ普通なら富も名声も欲しいって言うんだろうけどね。のんびりそれなりに贅沢して暮らせるならそれでいいんだよね。
「──ここにいたのか」
ここからどう抜け出そうかと思っていると、人だかりの間から使者らしき人たちと同じ格好をした男性が出てきた。そしてこちらに気づいたと思った瞬間、ハッとして屈んで首を垂れた。
いや、何事。
「気づかず申し訳ありません。我が国の救世主様よ」
誰が救世主だ。
いや、私たち? どう見ても私たちに対して言ってるよね……!?
「隊長! ではやはりこちらの方が……」
「お前たちは何をしている! 早く頭を下げないか!」
「は、はっ」
あっという間に使者らしき人たちも加わり、数人の男から跪かれるという状況が出来上がってしまう。
やめてくれ。めちゃくちゃ注目されているし騒ぎが大きくなってる気がする。
「此度は我が国フォールサングをお救いいただき、誠に恐悦至極に存じます。モッダ平原の平定という誰もが成し得なかった偉業を達成しましたこと、そして見返りを求めないその姿勢は誠に敬服に値するものであり、つきましては我が国としてぜひお礼をさせていただきたく──」
長々と続く賛美の言葉に圧倒される。どうにか切り抜ける方法はないかと視線を巡らせると、黒髪美女がいなくなっていることに気づいた。
あんにゃろ。逃げやがったな。
どうせならちゃんと騙して連れていかれろ、と姿を消した豊満ボディに雑念を送る。意味のないことと知っていても、恨みくらいはぶつけさせて。
「──ということでして、我が国へご招待させていただきたく馳せ参じた次第でございます」
「え、ええっとー……国が大変だとか知らなかったですし、危獣を倒したのはただの栄養分のためというか……とにかくお礼されるようなことはないです。無事に鎖国解除されてよかったねということで」
駄目でしょうかね、と言いかけたところで、ブライジェが耳打ちしてきた。
「彼らは国使なんだ。国の命令で動いている。国がヒオリたちを招待したいと言っている以上、彼らは帰還できない。最悪の場合、命令違反で罪を問われることもあるかもしれない」
「ええ……」
面倒。実に面倒。
正直、この人たちが任務失敗したところでどうでもいいんだけど、それで命が脅かされるっていうんなら話は別だ。私の面倒臭がりな性格のせいで人が害されるなんて気分悪すぎる。
行くしかないのか……。あれだけ大声で必殺技を叫んでいたことが周知されている場所に行くのは辛いけど、仕方ない。シィスリーですら王様に会わないようにしてたのに、まさかこんなところでお国のトップに会うことになろうとは。




