14.翻訳マジック
「オレにできることがあれば何でもするけど、オッサンがやった方が色々といいだろうしな」
「そんなことないよ。ヒスタルフは人手不足だからハリも歓迎されるはず」
「そうじゃなくて。アンタたちに何も返せないだろ」
真面目だな。そんなこと気にしなくていいのに。
私たちに害がある訳でも、特に労力を使った訳でもない。ただ運がよかったくらいに思ってくれればいいのに。
そう言ってもハリの顔は納得がいかない様子で、それを見たガルテンさんは何かを決意したように頷いた。
「主殿に協力いただけたらヒオリ殿たちにお返しできることがあります。主殿にその覚悟があれば、ですが」
「何それ? オレができることだったらやるけど」
不思議そうな顔をするハリだったけど、自分にもできることがあるかもしれないと少し元気になったようでよかった。
「成功するかどうかは主殿にかかっております」
「?」
一体何をするつもりなのやら。
結果がどうなるか分からないからと、結局ガルテンさんは何をするのか私にもハリにも教えてくれなかった。
そして迎えた翌日。
追われた身でここしばらく野宿しかしていなかった二人がゆっくり宿で休めたと思ったら、出迎えてくれたのはなぜか昨日よりやつれた様子のハリだった。ガルテンさんはあまり昨日と変わらない様子。
「え、どうしたの。眠れなかった?」
昼近くまでぐっすり寝ていたのが申し訳なくなるほどげっそりとしたその姿に、思わず心配になる。
「いや、眠れなかったのはあくまでも結果でしかないというか……何というか……」
「主殿のお陰で成功しました」
ハリとは正反対に笑みを浮かべるガルテンさん。
ついて来てほしいという彼の言葉に従い人気のない場所まで移動する。
体育館裏に呼び出し、なんて若干不吉な雰囲気も感じつつ、向き合ったガルテンさんは手を前に翳して瞼を閉じた。
「今我々ができる最大限の贈り物だ」
イケオジが何かを呟き始めると、辺りは淡い光に包まれた。
「キィ殿、どうかな」
呟きと光が収束したあと、ガルテンさんは私の頭上にいるキィちゃんに声を掛けた。
『どうって、どう?』
「え?」
頭に直接響くような声に思わず声が出る。
あれだ、あのやる気なさげな精霊と同じ感じだ。
「ひぃに、きこえる」
『え? 本当? 主さま、聞こえるの?』
パッと頭から重さがなくなったと思えば、目の前に浮遊する霊獣。
「これ、キィちゃんの声……!?」
『わ~! 本当だ~! 主さま、ぼくの声が聞こえるんだ! ぼくも主さまとお話できる~!』
くるくると周囲を飛び回るキィちゃんと、頭に響く声。その一人称とどうやら私のことらしい呼び方に感情の波がジェットコースターになっていると、ガルテンさんがほっと息を吐いた。
「どうやら成功したようだ」
何でも、ガルテンさんが使える通訳の術を応用して私とキィちゃんの疎通も図ってくれたらしい。キィちゃん自身の声が他の人に聞こえる訳ではなく私にだけ伝わるらしいんだけど、嬉しすぎる。
「ありがとうございます……!」
いや、凄すぎんか。
ミレスちゃんに通訳してもらう状態でも問題はなかったけど、大変そうだしラグはあるだろうし、やっぱり直接声が聞こえた方がいい。感情とか言葉のニュアンスとかも分かるし。
「ハリも手伝ってくれたんだよね、ありがと」
「いや、オレは……まあ、喜んでもらえたならよかった」
「主殿の協力なしでは成しえませんでしたよ」
イケオジとは対照的にやつれ気味なハリは一体どうしたのかと問えば、術を発動するための実験に協力していたらしい。
一度瀕死状態に陥ったあとも逃避行を続けていたため、ガルテンさんは十分な力を回復する余裕がなかった。翻訳の術を発動するにあたり必要な霊力が足りない。そこでガルテンさんの体質を利用してハリとの霊力の結びつきを強め、少ないハリの霊力を貰おうと試みた。ガヴラの時と同様、比較的簡単で濃度の高いものといえば血液。
そんな訳でハリの血を貰おうということになった。
「オッサンがオレの血飲んでから、だんだん気分悪くなって……目が回るというか、吐き気がするというか……とにかく気持ち悪くて全然眠れなかったんだよ」
「召喚者である主殿の数少ない霊力を奪ってしまい、身体が飢餓状態に陥ったのでしょう。私との霊力の繋がりも負担を掛けますから」
ということだった。大変だ。申し訳ない。
でもあれだね、私よりハリのほうが霊力あったってことかな。私が霊力なんて渡したら干乾びそうだし。
「二人ともありがとね。ここまでしてくれて」
「オレでも役に立ったんならよかった」
「こちらこそ色々と助力いただき感謝する」
『本当に本当にありがと~!』
キューキュー言いながら二人の周囲をくるくる回るキィちゃん。可愛い。オラオラ系じゃなくてよかった。まあ普段の行動見てるとのんびり屋なイメージだったけど。
「ん?」
何だか服を引っ張られる感覚に思わず視線を落とすと、幼女がぎゅっとしがみついてくる。
「ミレスちゃん? どうかした?」
「……」
押し黙る幼女にどうしていいものか分からず、とりあえず頭を撫でる。すると満足したのか飛び回っていたキィちゃんが頭の上に戻ってきた。
『ぼくと話せるようになっても、主さまの一番は変わらないよ』
頭に響いた声に理解した。
「──ぐぅ、ぅぅぁぁぁぁ」
「どっ、どうした!?」
苦し気に声を絞り出す私に驚いてハリが近寄ってくる。
「か、かわ……っ」
「かわ!?」
「可愛すぎでしょ!?」
「……は、はぁ?」
「これだけミレスちゃんが一番だって言ってるのにキィちゃんと会話できるようになったからってまた拗ねて! 可愛いがすぎる! そりゃたどたどしく翻訳してくれるミレスちゃんが見られなくなるのはもったいないし口数減ることになるから寂しいけれども!!」
驚いた顔が徐々に呆れへと変わるハリ。
「ミレスちゃんが一番! オーケー!?」
「……ん」
こんの悪魔! 天使! アラサーたらし幼女! 可愛すぎて頭おかしくなるわ!!




