11.アラサー・ミーツ・メンズ
「ひぃ、だれかくる」
「オッサーン」
次から次へと何だ、と思えば、少し遠くから男の人の声が聞こえる。
「おーい、どこだー」
少しやる気なさげな声が近づく。
こんな人気のないとこに誰かいるのは怪しいけど、幼女もキィちゃんも警戒していないし、まあ大丈夫かな。
「オッサーン……て、あ」
「ども」
ついに遭遇。目があったからとりあえず軽く会釈。
二十歳前後くらいの青年だった。少しつり目でそばかすがあること以外これといった特徴のない素朴な男性。
いや、最初に美形を見すぎてしまっただけで、別におかしくないしむしろ普通なんだけど。すみません、人の美醜を評価できるほど偉くもないし顔面偏差値高くもないです、ハイ。
「アンタこの辺の人? オッサン見なかった? 背が高くて幅もある、髪の毛が光ってる」
オッサーンて名前の人かと思ったらおじさんってことか。というか髪の毛が光ってるって何だ。禿げてはないのか。
「いや、誰も見てないよ」
「そっか。どうすっかなー」
ハァ、と溜め息を吐く青年。
「はぐれたの?」
「あー、まあ……アンタはここで何してんの」
青年が屈んで同じくらいの目線になる。
まあこんな誰もいない林の奥で幼女と一匹といるのは珍しいよね。
「ちょっと薬草採りに──」
ドシン、と発言を分断させる大きな音と地響き。青年の後ろを見れば、猪のような狼のような、とにかく巨大な動物が鼻息荒くこちらを睨んでいた。辺りが薄暗いから気付かなかった。
というかあれだ。これ、この前ブライジェが奮闘していた大豚だ。あの時のより二回りは大きいし、周囲に鳥なんだかコウモリなんだか分からないやつがいっぱい飛んでいる。
「何あれ」
「ま、マズすぎるだろ」
顔が引き攣っているところを見ると、戦うことはできないらしい。
非戦闘員がよくこんなところで一人でいるな。あ、その光るおっさんが護衛だったとか?
「逃げるぞ! ──え?」
大豚と逆方向に走り出そうとした青年が驚いて固まった。
草むらに座ったままの幼女の周囲から放たれた黒い枝が、大豚の首を貫く。こちらと黒い枝に捕らわれた巨大なそれに何度も視線を行き来させる青年。理解が追いついていないっぽい。
「グ、ガ」
そのうち黒い枝に貫かれた首周囲からぼこぼこと瘤が次々にできては破裂していった。
ドシン──と再び地響きを伴って地面に倒れる巨体。
もちろんその間に飛んでいる奴らが待ってくれているはずもなく、こちらにどんどん向かってくる。べちっ、ぐちゃっ、と音を立ててどんどん地面に増えていく死体。よく見ると下半身が蜂みたいに膨らんで縞々模様だ。カラスとかハトより大きいくらいだししっぽがあるし、とても蜂には見えないけど。つくづくこの世界の生き物はよく分からない。
「あっ」
「っ!」
青年のほうを見れば、一際大きな蜂みたいなコウモリが一直線に向かってきていた。
咄嗟に動けずに腕で顔をガードする青年。
蜂が針を刺すかのように、それまで柔らかそうだったしっぽが鋭く直線に固まり、青年を襲う。
「──あ、れ?」
ザシュッと小気味良い音とともに、コウモリのようなそれが真っ二つになって地に落ちる。
青年の前に覆い被さるように、誰かがいた。その人物が剣で斬り伏せたと認識した時には、すでに次の動作に移っていた。
幼女の黒い枝とその人の剣が次々と的を落とす。十秒もすればあっという間に敵は全滅していた。
「主殿、心配しましたぞ」
「──オッサン」
もしやと思ったけど、その人は探していたおじさんらしい。
かなりの長身、体格もがっしりしている。褐色の肌は健康的を超えて逞しく見える。そして僅かな陽の光を受けてきらきらと反射する金色のような黄緑のような髪の毛は、確かに光っていると形容するのも頷ける。
何というか、武人という言葉が似合いそうなイケオジだった。
そういやさっき主殿とか言ってた気がするけど、どういう関係?
「無事に会えてよかったね」
「ああ……それに助かった。ありがとな」
「貴女方が我が主を助けてくださったのだな。私からも礼を言う」
「ああ、どうも」
深々と頭を下げるイケオジに会釈する。
「先程の力はその幼子のもののようだが……失礼だが、貴女も召喚者か」
「えっ、そうなのか?」
私が驚くよりも早く青年のほうが反応する。
待って待って、召喚って言った? この人たち何か知ってる?
「警戒するのも仕方ないな。こちらから説明しよう」
「オレ、この世界の人間じゃないんだよ」
何と、私以外の転移者!
「えっ、地球出身? 私日本なんだけど、どの辺?」
「チキュウって何だ? オレがいたのはセリンディールって国だ」
あっ、あー……そうか、転移したってことは、地球以外の星というか別世界があってもおかしくないのか。




