9.暇潰し探し
呆然とするブライジェを置いてのんびりと迂回しながら町に戻れば、辺りはすっかり暗くなっていた。
屋台飯で簡単に夕ご飯を済ませたあと、ゆっくりとベッドにダイブすればそれはもう気持ちよく眠れた。インドアな私でもさすがに満足。まあスマホもパソコンもないこの世界じゃ引きこもれる要素もないしね。
これを機にアウトドア派になるか、と散歩や運動に精を出すこと数日。
今日もキィちゃんに乗って少し遠出して戻ってきたところ、常連になりつつあるお店に向かった。あんまり冒険して食べられない味に出会って残すのももったいないし。
ということで昨日も利用させてもらったお店でご飯を食べようと席に着くと、店員さんがにこやかに話し掛けてきた。
「今日はこれがおすすめだよ。いい肉が手に入ったからね」
「じゃあそれでお願いします」
「はいよ!」
「何だか機嫌がいいですね」
店員さんもだけど、周囲にいるお客さんも明るい表情で賑わっている。元いた世界でいう、野球とかサッカーとかの試合で盛り上がっているような感じ。
「そりゃあね。ブライジェがこの前大物を仕入れてくれて、それが縄張りの主だったから他の獲物も捕りやすくなったみたいで」
「それに何と言ってもモッダ平原の危獣がいなくなったんだ!」
店員さんの話に便乗するように、お客さんの一人が身体と言葉で割り込んでくる。
「モッダ平原って、閉鎖されているところでしたっけ」
確か町案内してくれた時にイウリオさんが言っていた。この辺は無主地が多くて、自給自足できない部分は輸入に頼るしかない。そんな中で交易していた数少ない国との間に広がる平原が諸事情によって閉鎖されていると。
「そうそう。これでフォールサングとの行き来もできるようになるだろ。向こうの酒はうまくてなぁ」
「ちょっと、ウチの酒はマズいってこと!?」
「いや、そうは言ってないけどよ」
まあ好みは人それぞれだしね。
この町ルムギナはダナレ国の端の方に位置する比較的栄えたところで、他の町は特に見どころがないらしい。隣国と近く交易を持っていたならそっちの文化に影響されるのはおかしくない。
ここから首都に行くより隣国へ行ったほうが近いらしいから、遊びにでも行こうかな。でも閉鎖されるくらい危険な状態だったなら、まだごたごたしてるかもしれないか。
散歩やら運動やらもすでに飽きてきたから、何か刺激が欲しいんだけど。
この辺では危獣がそんなに出ないらしいから、魔気集めに出るなら結構遠くまで行かないといけない。その間にテア様からの返事が来るかもしれないし、できるならこの町や周囲に滞在していたい。
「あのー……」
話し掛けようと後ろを振り返ると、言い合いをしている店員さんとお客さん、とにかく楽しいみたいで笑いながら酒を呷る人たちしかいなかった。よほど通行解禁が喜ばしいんだろう。
結局どんちゃん騒ぎになっているお店では有益な情報を得られず、翌日エコイフでイウリオさんに話を聞いてみることにした。
「モッダ平原はここダナレと向こうの国フォールサングの間に広がる平原で、数年前に無数の危獣が出現したせいで誰も近寄らなくなりました。ダナレは術士が多かったのでどうにか結界を張ることで防衛することができたみたいです。みんながもうフォールサングには近づけないと思っていたので、自然と話題にすることがなくなったんだと思います」
そっか、危獣の群れか。私たちがここに来る前にも遭遇したし、結構そういう場面があるのかも。
それにしても抜かった。早めに事情を聞いていればその危獣の群れという名の餌をゲットできてたかもしれないのに。
「危獣たちのせいで他の動物たちも逃げ出してしまい、この周囲で獲物を狩るのが難しくなりました。今は保存食に頼るか、討伐者が狩ってくれる獲物で食糧を調達している状況で……討伐者と言っても、ここにはブライジェさんしかいないですけど」
「そうなんだ。討伐者って危獣討伐以外にも食料調達とかしてるんだっけ。一人しかいないって大変だね」
「ここにいても儲からないですから。何で彼がここに留まっているのか不思議なくらいです」
それはイウリオさんがいるからでは?
「何にしても解決してよかったです。これでフォールサングとの交流も再開できるかもしれないし、食料も調達しやすくなるし」
「うーん、他にそういった危獣とか魔気とか溢れてる場所ってないよね……」
「そんな場所がいくつもあったら嫌です」
「そりゃそうか」
「もしあっても、その聖女様たちがどうにかしてくれるんでしょうけど」
「聖女様ぁ?」
「モッダ平原に颯爽と現れた聖女様一行! 見返りも求めずに圧倒的な霊術で危獣を倒した彼女たちは精霊様に愛された使徒に違いない、って噂されてるんだよ」
なぜか突然現れたブライジェが答える。
本当にイウリオさんのところにいつも来るよね。好きすぎかよ。
「何それ」
「フォールサングの人らがやってきて、そんなことを言っていた。お礼をしたいから探してるって」
「へぇ」
霊術を使える一行か。普通に倒されたらたまったもんじゃないな。せっかくの養分が。
ここに来てまさかの競合相手に出くわすとは……まあこの辺では結構優秀な術士とか霊獣使いもいるみたいだし、仕方ないのか。
「ヒオリたちみたいだよな」
「え、どの辺が?」
「この前の大豚だって倒してくれただろ。しかもいらないとか言ってどっか行くし、何度言っても報酬は受け取ってくれないし」
ああ、あの時の。というかあれ豚だったんだ。
「お陰で他の豚たちも狩れるようになったし、しばらく食料には困らなさそうでかなり助かってる。ありがとう」
「へー、よかったね」
「何でそんなに他人事なんだ……」
まあしばらく滞在するからここの食料問題が解決ならこっちとしても嬉しいけど。
それにしてもどうしようね。暇だし何か依頼でも受けるか。魔気が集められそうな依頼は期待してないけど、まあ多少情報収集とかできるだろうし。
「依頼ならいっぱいありますよ」
「そうなんだ。術士が結構いるって言ってたから討伐系の依頼は少ないのかと」
「ここの討伐者はブライジェさんしかいないので、急ぎじゃなければ基本的にほとんど後回しなんです。討伐以外にも色々依頼はあるんですよ」
「やりたい気持ちは十分なんだが、一人じゃ対応できないこともたくさんあるしな」
「あー、なるほど」
狩りをして食料を納品するのも討伐者の仕事らしいから、日々の生活に欠かせない方を優先するよね。普通の人でも狩りをしたらいいのではとも思うけど、害獣や危獣に出くわす危険性を考えると戦闘員が無難という。
そりゃそうだ。結構物騒だもんね、この世界。
「どんな依頼があるの?」
「優先的だったのが大豚の討伐ですが、それは解決したので次に優先度が高いのはエブサの採取ですね」
「エブサ?」
「色々な薬の元となる薬草なんですが、自生地がはっきりしないのと雑草と見分けがつきにくくて難易度が高いんです」
「下手すりゃ自生地を見つけるのに一月かかることもある」
「なるほど」
そりゃ面倒くさそうだ。
「キィウァ」
それまで頭の上で寝ているだけだったキィちゃんが急に何か言い出している。
「たぶん、わかるって。おなじのあれば」
「えっ、キィちゃんそんなこともできんの」
優秀過ぎる。正直、ミレスちゃんは危機察知のセンサー寄りだから無理かなって思ってたんだけど。まさかキィちゃんがそこをカバーできるとか、パーティーとして完成し過ぎてる気がする。逆にこの子たちにできないことってあるの?
「ってことで、その薬草ってあります?」
「はい」
「あ、私が持ってくるよ」
話を聞いていたらしいお兄さん──恐らく他の職員が席を立った。
少しして困った表情で戻ってくるお兄さん。その手に持っているのは小さな袋。
「これ、もう在庫がないので丁重にお願いします……」
「あ、はい」
くれぐれも注意してくださいよ、という圧を受けながら袋から取り出す。
一本のそれは本当にその辺の草と見分けがつかないくらい特徴のないもので、臭いも特にない。これは探すのに手間がかかりそう。
「見て分かるの?」
頭上のキィちゃんを見上げながら目前に差し出す。
匂うでもなくその草に近づいたかと思ったら──パクッと食べた。
「え、ちょっ」
「あ゛あああああああああああ貴重なエブサがぁぁぁああ!!」
エコイフ中に悲痛な叫びが響き渡った。




