8.再々・限界化
この町の案内は一通りしてもらったので特に探索しようとは思わない。元々インドアだし。物資補給も旅立つ前でいい。
となれば、行きたいところは一つ。
「どうぞこちらへ」
目的の店に入ると綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。周囲にはフォーマル寄りの服や靴、バッグ。
そう、ミレスちゃんの新しい服を買いに来ましたよ。
この町周囲は黄砂ならぬ赤砂という文字通り赤い砂が舞っていることが多く、それを防ぐためにみんなローブのような服を着ているらしい。普通の服の生地だと赤砂で傷んでしまうため、この地域では特別な素材を使って服を作り特殊なコーティングをしているんだとか。
アウター用と普通の服と二種類あり、室内にいる時はいいけど、結局外に出ることが多いからほとんどの人が後者。
この辺は少し熱いくらいなので室内と行き来するとなると着替える羽目になる。余分にアウターを持つより普通の服として持っているほうが経済的。
逆に言えば、そんな暇もお金もあるのはお貴族様くらいということ。
という訳で、ローブタイプ以外の服を買うにはそれなりのお店に行かなければいけない。まあこれも手持ちのお金を減らすためというか経済を回すためというか。
今の服の上からアウターを着ればいいんだろうけど、せっかくミリエンが作ってくれた服をそんな危険に晒したくないし、せっかくなら色んな衣装の幼女が見たい。
そしてローブタイプの服もいいけど、今は特にミレスちゃんに着てもらいたい服があった。
「お客様、失礼ですがこちらは男児用で……」
「こんなに可愛いのに! いいんですよ、男の子用でも似合えば!」
引き気味なんだか呆れ気味なんだか、一歩下がる店員さんを尻目に、とにかく可愛い幼女が見たい一心で服を見繕っていく。
お金はあるんだしたくさん衣装を買ってしまいたい。でも持ち運びを考えるとやっぱり一セットだ。
だからこの一セットに今全力の萌えを詰め込む。
「こ、これだ……」
そして完成した渾身のコーディネート。
デザインセンスなんて欠片もないけど、私が好きだからいいんだ。好きなものを着て(着せて)何が悪い。
「ひぃ」
「ぐ、ぅぅぅ……」
試着した幼女を見て思わず唸る。
少しかっちりした印象の上半身はネイビーの服。後ろは燕尾服みたいになっていて、その間に下方に向かってフリルが伸びる。もちろん首元は枷を隠すために大分緩い感じで青のリボンタイをつけている。
そして極めつけは、やや長めの半ズボン。全体的に最初にミリエンたちに作ってもらったゴシック系の男の子用って感じに仕上がった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁやっぱり似合う、何を着ても似合うよミレスちゃん!! 両足の枷が取れたら足の出た服を着てもらいたかったんだよねぇぇぇ! 短めスカートもいいけど今回はズボンでね! 可愛いお膝が見えるか見えないかギリギリのライン、いい、いいよ、いいねぇ!! そしてズボンとブーツの間の絶対領域よ!!! うっすら残るケロイドもいっそレースの柄みたいで可愛い! ポニーテールもいいねぇぇぇぇ、また印象が変わってグッド、頭のリボンもソーゥグッ!! 全体的に執事というか給仕っぽくもあり西洋の貴族の子どもっぽくもありすべての可能性を秘めたミレスちゃん最強可愛いマジ天使」
ハァ、ハァ、と興奮と息切れで息を荒くするアラサーは本当に見苦しいと思う。ごめん。でもこれくらい許して欲しい。
「お、お客様……」
「まぁっ、素晴らしい!」
完全に引いている店員さんの後ろから拍手をしながら出てきたのは着飾ったマダム。
「そうよね、女性がこのような恰好をしてはいけないなんて法はないものね! 古い価値観だけに囚われる必要はないわ! 足を見せるのがはしたないなんて言うなら、胸を強調するほうがはしたないもの!」
急に出て来てこの世界の事情を大声で喋るマダム。どこかで見たことあるような設定だな。
そういえばシィスリーでもズボンを穿いてる女性は見なかった。私はずっとズボンだったけど、外ではローブを羽織ってたし目立たなかっただけなのかも。
「あなた、お名前は?」
「ひ、ヒオリです」
「ヒオリさん! 素晴らしいですわ。こちら今後の流行の参考にさせていただいても?」
「は、はぁ。お好きにどうぞ」
なぜかこっちが圧されている。まあズボンが流行るならいいけど。楽だよ。
それに趣味で着せた幼女が悪目立ちしなくなるかも。大いに流行らせてくだされ。
あと単純にコーディネートが否定されるどころか好印象なのは普通に嬉しい。
その時はあまり深く考えていなかったけど、あのマダムに流行を決めるとかそんな力があるのかと疑問に思うところ。
実は彼女がこの辺で社交界で有名なインフルエンサーだとは知る由もなかった。
◇
「さあ、これで暇になった訳だけれども」
幼女の服さえ買ってしまえばあとは特にすることもない。せっかく外に出たし、このままどこかに行こうかな。
「行きたいところとかある?」
「キィゥ」
「ん。そと」
何ともアバウトな幼女の回答を貰って、町の外まで歩く。まあたまにはゆっくりと散歩するのもいいかもね。
ということで軽食を買ってピクニックがてら出掛けることにした。
歩くのは苦じゃない。今までが特殊な環境下だっただけで。
一時間ほど歩いて、誰にも会わないかなというところでキィちゃんに乗ってドライブ(?)した。
少し暑いくらいの気温だから、生温い風も心地いい。
「この辺で休憩しよっか」
「ん」
「キィゥ」
出掛ける前に買ったシートを広げて軽食を摂る。
たまにはピクニックもいいね。もう少し涼しかったら最高だけど。
「はぁ~、それにしても可愛い、本当に可愛い……左腕と首の枷が取れたらもっと服の幅広がるね……」
お風呂に入ってシャンプーもして、自分より髪の毛の手入れをしているからか、何だか全体的に艶が出てきた気がする。可愛さアップ、解像度アップ。これで物理的に強いって本当に最強。
幼女を抱え上げてうっとりと見つめる私なんて興味がないと言わんばかりに横で丸くなるキィちゃんも好きだよ。
「ひぃ」
「ん?」
ドドドドドドドドド──。
幼女の次の言葉を待つ前に、音と振動が近づいてきた。
「おわあああああッ、どいてくれ!」
でかい物体が突進してくる、と思ったら誰かの叫び声がした。
「のゥわッ」
猪なのか、狼なのか。とにかく丸々と肥大化した動物が黒い枝により宙吊りになる。
そして落ちてきたのは、爽やか陽キャ男。
「い、てて──え?」
尻もちをついたあと、目の前を見て唖然とする陽キャ男・ブライジェ。
人間の何倍もあるサイズの動物は黒い枝にスパッと首を切り落とされ、胴体と分裂。そしてドシン──ッと鈍い音を立てて地面へ倒れた。
よく見たら頭の方に剣が突き刺さっていている。多分ブライジェが戦った痕跡だろう。
それにしても危獣かと思ったけど違うのか。これだけ大きいのに魔気の感じはしないし、幼女が魔晶石を回収する様子もない。まあ普通は危獣の相手を一人でしないらしいし、ブライジェ一人で相手していたならただの動物か。ちょっと残念。
「た、助かった……ありがとう……?」
「無事でよかったね」
「あ、ああ」
座ったままジュースを飲んでいると、信じられないものを見るような目線を寄こすブライジェ。
「今のは一体……霊獣の攻撃ではなかったみたいだが」
「キィちゃんはアタッカーじゃなくてヒーラーだからね」
「あた、え?」
「攻撃したのはこの子ってこと」
抱っこしていた幼女の腕を上げると、ブライジェは見開いていた目をさらに大きくする。
「その子が……」
「これ、何かの依頼? 倒したらマズい感じだった?」
「い、いや、食料のための狩りをしていただけだから……思った以上に苦戦していたから助かった」
「それならいっか。少し陽も落ちてきたし、帰りますか」
「ん」
「お、おい、帰るのか!?」
「帰っちゃマズい?」
「こいつを倒してくれたのは君たちだろう。持って帰らないのか? この大きさだ、かなりの値段になる。持ち帰るのが難しいならオレが……」
「いらないからあげる。元々ブライジェの獲物でしょ」
「は!?」
あーあ、せっかく幼女の服を買ったついでに新調した私の服も砂を被ってしまった。まあ私のはいいとして、ミレスちゃんの服は帰って綺麗にしないと。




