17.死の実感
既視感に不快を覚えるのは仕方ない。何せ、鳥のような三本足、長い尻尾、全身が焦げ茶の毛に覆われた熊のようなそれは、首を飛ばされても動ける不気味なモンスターだったから。それが醜く膨張し血肉が飛散するところまでセットでトラウマレベル。
そんな獣に囲まれている。さすがにあの時遭遇した馬鹿でかいサイズではないものの、明らかに調査隊の人たちが討伐した危獣より大きい。今まではせめて人間の二倍くらいが最大だったのに、三倍くらいの大きさで、しかも短時間では数えられないほど複数体。
小さな危獣ならまだしも、ここまで大きな危獣に近づかれて気づかないなんてこと今まではなかった。
「もう第五指定区域だろ!? 何だってこんなところにまで……!」
奇妙な熊の獣が襲い掛かってくる。動揺しつつも応戦する兵たちはさすが精鋭部隊といったろころだけど、明らかに劣勢だ。
「チッ」
ダズウェルさんは私を一睨みしたあと、危獣たちに向かっていった。
次々に獣の四肢を削ぎ落し、首を刎ねる。言動こそ粗暴だけど実力は本物だ。
「一体どれだけいやがる!」
「ファルナーニンセグ! 切りがありません!」
地面に転がる危獣は増えていくのに、向かってくる危獣は一向に減らない。それどころか、相変わらず形容しがたい大小の危獣がどんどん現れている。いくら強者揃いだとはいえ、このままでは数に圧される。体力も持たない。
別のことに集中して後ろからやられるわけにはいかないと、周囲の首を刎ねられた熊を警戒していたものの、再びそれが活動する様子はなかった。あの時の熊が特別だったのかもしれない。
それなら、こっちも応戦しないと。
ミレスの力がバレることを恐れている場合じゃない。
「ミレス、お願い。力を貸してくれる?」
自分に力がないことを嘆いても仕方ないので、幼女頼みだ。
ミレスは頷くと、荒ぶる危獣たちを見た。
手を伸ばす。腕に抱く小さな身体から“何か”が伝わってくる。“何か”が身体を巡り、指先まで駆け抜けたと思ったときには、目の前の巨体の首はどこかへ吹っ飛んでいた。
「な──!?」
驚く兵士に襲いかかる危獣に手を向ける。翼を持ったそれは瞬時に身体を引き裂かれ、血肉が飛散する。
「驚かせてすみません、でもそんな場合じゃないんで!」
一際巨大な熊と戦っているダズウェルさんの元へ走る。遠目に見ても苦戦していて、腕に傷を負わせるのが精一杯に見えた。
「ダズウェルさん避けて!」
「あ──!?」
私の声に反応しつつ目の前の危獣からは視線を逸らさない。逃げられる状況でもない。思えば今まではそこにいる標的に攻撃するだけだったけど、動いている、しかも片方を害さないようにもう片方だけを狙うなんてやったことなかった。
と、後悔するように思っても遅かった。すでにミレスから伝わった“何か”は指先を駆け抜けていた。
「ギィィイイッ」
劈くような声を上げ、巨体は後ろに倒れていく。認識したときにはすでに頭はなく、切断された首からは血が吹き出し、黒い靄に包まれる。
「お、まえ」
ダズウェルさんが驚いた顔でこちらを見る。そして鋭い目つきに戻ったあと、私に向かって持っていた剣を突き出した。
「え──?」
一瞬のことだった。
死を認識したときには、目の前に冷たい鎧が広がっていた。
「ゴ、ァ」
びしゃり。頭に生暖かい何かが飛んできた。
生臭い。そう思うと同時に、ダズウェルさんの胸の中だと気づいた。
「びっ……くり、した」
生きている。どこも痛くない。髪の毛が濡れているのは危獣の血のせいだ。
ダズウェルさんは私の肩を押すと、鳥の危獣から剣を引き抜いた。
どうやら後ろから襲ってきた危獣を倒してくれたらしい。
「ナニモンだ、お前」
剣を手にしたまま睨みつけてくるダズウェルさん。
今更ながらに激しく脈打つ身体。どくどくと忙しなく動く心臓の音がうるさい。
危険を認識するのが遅い。
それは、そう。私は戦闘のプロじゃない。
「チッ」
大きく舌打ちをしながらダズウェルさんは周囲の危獣を倒していく。
それに加勢することもできず、ミレスの小さな身体を抱き締めた。
私、死ぬとこだったんだ。
ダズウェルさんが私の背後の危獣を倒してくれなかったら確実に負傷していた。死ぬことは怖くなかったはずなのに、どうしてこんなに手足が震えるんだろう。
ミレスが小さな手を伸ばす。ひんやりと柔らかなそれが頬に触れる。
「……ありがと。もう、大丈夫」
いくらミレスが強いからと言って、私が強くなったわけじゃない。調子に乗って危獣を倒していっても、気配を察せるわけでもないし殺されるリスクは十二分にある。むしろ、リスクしかない。
でも、調査隊の人たちが倒せないなら、身の危険は変わらない。それなら、行くしかない。
「ダズウェルさん、隊長さんのところに行きます」




