3.懐かしさと慣れと
「ひぃ」
遠くなりかけた意識を戻して幼女の指差す方を見ると、確かに人がいるのが見えた。まだここからじゃ豆粒くらいだけど、結構な人数がいるみたい。
もっと近づいてみると、肌色多めな人たちが叫んだり何かを振り回したりしているのが見えた。どうやら何かと戦っているらしい──と思ったところで、その相手はすぐに分かった。多分、危獣だ。
巨大なミミズみたいな奴が、地面を出たり入ったりしている。それに翻弄されているみたいで、人数がいても対処しきれていないように見える。
しばらく眺めていたけど、当たった攻撃もあんまりダメージが入っていないようで、逆に砂のようなものを吐き散らされ被害が広がるばかりだった。
「ミレスちゃん」
「ん」
こみ上げてきそうになる嗚咽感を堪えながら、幼女にお願いする。
さらに彼らに近づいたところで、戦闘の様子が視線の端に映った。
あのミミズ、めちゃくちゃデカいな。
「ゥ────ィィィッ」
地面から突き出た数本の太く黒い枝に貫かれ、巨大なミミズは動きを止める。藻掻くように頭部を上にもたげたが最期、一瞬にして串刺しにされた。
そしてミミズの身体のあちこちに瘤ができ始め、次々と破裂していく。全てが破裂し終わりブヨブヨとした塊が散乱した中に、小さな石を見つける。
「──」
地上に降りることすらせず、小さな手を翳した幼女に吸収されていく魔晶石。
図体がデカい割に強くなかったのか、大した魔気量じゃないみたいで残念。まあ大して強くなさそうだったし仕方ないか。
地上から数十メートル浮いたところで停止していたら、巨大ミミズと戦っていた人たちがどんどん集まってきた。
ここがどこなのかとか話も聞きたいので、一旦地上に下りることにする。
キィちゃんから降りた瞬間、凄い剣幕で詰め寄ってくる肌色多めの人たち。服装も今まで見かけたことのない感じだし、どこかの民族とかかな。
「■■■■■■■■■■!」
「■■■■■■■■■■■■■!?」
「■■■■■■■■!」
やばい。何を言っているかさっぱり分からない。
あれだ、この世界に転移してきた時と同じ感じがする。あの時より心に余裕があるのは頼もしい味方がいるからだね。
「■■■■■■■■■■■■■■!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
というか、シィスリー含め同じ大陸の国は大体共通語で話すと聞いていたけど(書く時の文字は違うらしい)、これは大陸語ではないのか。この人たちが例外なのか、そもそも大陸が違うのか。
とりあえず話が通じないなら情報を得ることもできない。
幼女にお願いして言葉が分かるようにもできるかもとは思ったけど、語尾が強いし表情も険しいし、歓迎されている感じはしない。こっちの獲物だったのに! とか言われてもどうすることもできない。
「うん、逃げよう」
面倒事は避けるのが一番だ。さっきまでの浮遊感も残っていて若干気分も悪いし。
ということで、再びキィちゃんに跨り、集団とは反対側に駆け出した。
「平地ならこっちのもんだ。頼んだよ、キィちゃん」
「キィゥッ」
◇
あっという間に去っていく奇妙な人間たちの後ろ姿を見ながら、とある集団は困惑しながら声を上げる。
『おい、行ってしまったぞ!』
『何ということだ。我々の失態を、窮地を救ってくれただけではなく礼も求めずに行ってしまうとは』
『言葉が通じていなかったからでは?』
『そうだとしても、態度にすら驕りが見えなかった』
『あれは多分霊獣だ。まさかあれほどの力を持った霊獣が存在していたとは』
『ではあの黒髪の人間は聖女か』
『妙な力を持つ童も従えていた。もしかしたらそうかもしれない』
『おお……』
本人たちの知らないところで、妙な噂が流れようとしていた。
◇
しばらく走ったところで休憩を挟むことにした。さすがにここまで追っては来られないだろう。
去り際に彼らが大声を上げていたけど、気にしないことにする。
「さて、これからどうしますかね」
どこかに町でもあればいいんだけど、また言葉が通じなかったら面倒だな。近くに商人とか旅人とかいたらいいんだけど。
「ミレスちゃん、この辺りに人の気配とかしない? もしくは魔気」
「ずっとむこうに、いっぱいいる」
「じゃあやっぱりこの辺は何もないのかー……」
予想はしてたことだけど、面倒だな。行く先々で森と山に阻まれるよね。
元々テア様からもらった地図で町を経由しながら、物資の補給もしていた。それができないとなると、毎日野宿生活どころか食料確保も厳しい。町での補給前提で手持ちの飲食物は少なめだし、早めに町を見つけておきたいところ。
「キィちゃん、もう少し頑張ってくれる?」
「キィゥッ」
「お願いね」
軽食を摂ってリュックが軽くなったところで、もうひと踏ん張りだ。
再び巨大化したキィちゃんに乗って荒れ地を進む。木は多いけど葉っぱや実が成っているものは少ないようで、少し寂しいというか暗い雰囲気だ。
もちろん道は整備されていないし、大きな岩もそこら中にあるため人が通ることがあまりないんだろうなという印象。近くに町がある様子もないし、商人なんかも通らないんだろう。
そうしてしばらく障害物まみれの道を走っていると、少し先の方に違和感を覚えた。
それはすぐに形となって現れる。
「いや、いっぱいいるのってそっちか!」
確かに人か魔気かと聞いたけど。確かに人だとは言ってなかったけど。
「グルェルゥゥゥゥッ」
「ガラァァァァォウ」
「クィーッ、クィーッ」
飛んでいるものから四足歩行まで、様々な危獣が目の前に広がっている。
失速するキィちゃんに応えるように幼女の黒い枝が乱舞する。
「わぁ、凄い数だねー……」
さっきよりかなり開けた場所。斑の草原が広がり、見渡す限り大小のモンスターがいる。
国の中心部には危獣が出現することは少ないと言っていたはず。だからどこかの僻地なんだろうけど、またグルイメアの近くに来たんじゃないかと錯覚するほどの数だ。
ぱっと見た感じ、種類はよく分からないけど一匹一匹はそんなに強くなさそう。奥の方には結構な大物がいそうだけど、最初の頃に出会った異形やら胴長みたいな奴は見当たらない。
だけどまあ、これだけいたら結構な魔気量になりそうだよね。
「ね、ミレスちゃん、元気? ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」




