48.持病みたいなもの
「んじゃ、ちゃちゃっとやって帰ろうか。ミレスちゃん、お願い」
「ん」
ぼろぼろになった柵に囲まれた区域。その中央に石碑のようなものがある。マルウェンの林の奥にあった場所と似ていた。
多分危獣か魔晶石の封印なんだろうけど、さすがに近寄れはしないものの以前より圧迫感が少ないのは慣れたからなのか幼女や霊獣のお陰なのか。
そういえば、魔気のことを呪いだとか言っていたのは魔気を浴びたことがないからだと当主さんたちは言っていた。
この町がヒスタルフやマルウェンとは正反対の位置にあり、グルイメアの森から離れていること、そして危獣が滅多に出現することはないため戦闘員がほとんどいないと。だから魔気を感じることのできる人がいなくて呪い認定されていた。
そうなるとこの石碑の存在も知っているのか怪しいところだ。立ち入り禁止区域らしく入り口くらいしか警戒しておらず、最奥までは誰も入ったことがないと言っていたし。
こんなところに危獣か魔晶石の封印があったと聞いたらどんな反応するんだろうなぁ。
若干面倒臭さを予感しつつ思考を放棄しつつあると、あっという間に魔気を吸収し終えた幼女が戻ってくる。
いつものように抱き上げると、今回は撫でてアピールがない。代わりに何が言いたそうな顔をしている。
「ありがとね。どうかした?」
「ここ、へん」
「変? って、何が?」
「キィゥ、キァィゥ」
「キィちゃんまで」
二人が何か感じるならそうなんだろうけど、私には至って普通の林にしか見えない。
「もともとあるやつ、そんなにちからない。あとから、つけられた」
「え?」
「がぅにはいったやつと、にてる」
「え」
つまり、何だ。
この場に封印されている危獣だか魔晶石だかの威力はそんなになかったけど、後から付加されたと? しかも、それがガヴラの身体を乗っ取った奴かもしれないと?
「やっぱりあいつ魔族だったのか」
ここの封印、というか魔気が増強したのがあの黄緑頭のせいだとして、何の目的なんだ。
というかあいつが魔族だったとしたらニカちゃんが言っていたように本当に大変なことになるんじゃないのか。やっと自由に過ごせると思ってたら実は生き残っていた魔族との戦争が開始なんて笑い事じゃないんだけど。
「いっすんさきは、やみ」
「だから何なのそのボキャブラリーは」
どこから言葉を吸収しているのやらと思ったけど、もしかしなくても私なのか。この世界に同じことわざがあるとは思えないし。
え、その内暴力的とかセクハラ的な言葉を言い出したらどうしよう。
「ま、その時はその時ってことで」
ことわざなんて口に出したことほとんどないし。私の言葉遣いを真似するというよりは引き出しを借りてるって感じだから一旦様子見ということにしよう。
話は逸れたけど、魔族の生き残りなんて考えても仕方ないしね。
ミレスちゃんに関することが何か分かれば嬉しいけど、そう都合のいい話はないだろうし。
そんなことを考えていたらデロー家の屋敷に戻ってきていた。
モーナルエのときみたいに急に巨大な危獣が襲ってきたらどうしようかと思ったけど、そんなこともなくあっという間に依頼を達成したから何だか拍子抜けしたな。
「ヒオリ様……!」
屋敷の入り口まで向かうと、人だかりができていた。何だか騒々しい。
「何かあったんですか?」
「ご無事だったのですね……!」
「え? はい」
当主さんをはじめ使用人の人たちも勢揃いだ。
「あまりにお帰りが早いので何かあったのかと……」
「やっぱり魔気でした。この子が処理してくれたのでもう大丈夫ですよ」
「何と……!」
封印の可能性は話していたからそこまで驚くこともないと思うけど。
というか、帰りが早いって何で分かったんだろ。
「他に怪しそうなところはないみたいなので、今のところ大丈夫と言ってもいいみたいです」
「ああ、ありがとうございます……! 本当に、本当に何とお礼を申したらよいのか……」
「この子たちのお陰ですね。早速で申し訳ないんですけど、こちらでの用件も済んだのでそろそろ出発しようかと思うんですけど……」
「この恩は必ず……! それから、ヒオリ様にぜひ会っていただきたい者が」
「はい?」
使用人の中から前に出てきたのは、執事のような男性。その腕に抱えられていたのは、小学生くらいの少女。
「もしかして」
「はい。娘でございます」
「目が覚めたんですね! よかったです」
あの時はキィちゃんがお疲れだったからもしかしたら力が足りなかったかもしれないと思っていたけど、無事に回復したみたいだ。
うん、顔色も悪くない。
「ヒ、オリ、さま」
か細いながらもしっかりとこちらを呼ぶ声。大きな紫の瞳は陽の光を受けてきらきらと光る。
「──ッぐゥ」
「ヒオリ様!?」
「どうされましたか!?」
「もしや何か深手を……!?」
「こ、これが本物のお嬢様ロリ……破壊力が段違いだぜ……って違う、違うからね。浮気じゃないからね──あれ?」
いつもなら何かしら嫉妬のアクションをしてくるのに、幼女は黙ったままだ。
ガヴラみたいにこの子が範囲外なのか、さすがに慣れたのか。
「だ、大丈夫なのですか?」
「あ、すみません。大丈夫です。ただの発作みたいなものなので」
「は、はぁ」
少女に名前を呼ばれいきなり苦しみ出すという奇行を晒したにも関わらず、みんな心配してくれているみたいで優しい。
「あ、の。ありがとう、ございました」
「うん。もう危険なことはしたら駄目だよ」
「はい」
申し訳なさそうにはにかむ少女の頭を撫で、十分な報酬を貰ったところで、今回の短い旅は終わった。
さて、次の依頼の場所に行きますか。




