47.さて、本題です
「とにかく診てもらえますか?」
「はい」
とりあえず診察してもらわないことには始まらない。私の伝え方が悪いだけかもしれないし。
「こ、これは……! 何と酷い……」
「先生! 娘はっ、娘は……!?」
「こんな症状見たことがありません……」
「そ、そんな……!」
どうやら伝え方が悪い訳ではないらしい。
「ヒオリ様はこの症状が何か知っているようでしたが、その……」
「ヒオリ様……! 娘はもう駄目なのでしょうか!? せっかく呪いを解いていただいたのに……」
「呪いじゃなくて魔気のせいですし、すぐに命に関わるものじゃありません」
褥瘡から感染して敗血症にでもなれば話は別だけど、見た感じそこまでは酷くないし、熱があるとか呼吸状態が悪い感じもない。
ただあの褥瘡は溶かした方がよさそうなんだけど、多分そういう薬はないんだろうなあ。
「デブリもできなさそうだし……異世界だからってさすがに領分を越えたことは……」
「ひ、ヒオリ様……」
「とにかく目が覚めたらしっかり栄養を取ってください。よく食べてよく寝る。身体を動かせないなら除圧も欠かさずに。後は清潔に保つこと。というか、欠損した手足は生えるのにこれは無理なの? キィちゃん」
疲れたのか興味がないのか、肩で寝ているらしいキィちゃんに助言を求める。
「キィェゥ、キァィゥ」
「じかんかかるけど、そのうちなおる、って」
「よかった。ていうかそうだよね。あんなチート能力なのに褥瘡が治らなかったらびっくりだよ」
いやこの世界に褥瘡が存在しないらしいこともびっくりだけど。
「ああ、ああ、ありがとうございます……!!」
土下座する勢いで感謝する当主さんに気圧されつつ、ひとまず一件落着みたいでほっとした。呪いというから何事かと思ったけど魔気だったから手に負えないものでもなかったし。
いや、全てはミレスとキィちゃんのお陰だけど。
「ヒオリ様、その……」
「はい?」
「実に申し上げにくいことなのですが……」
「はい」
「本来依頼したいことは別にありまして……」
娘さんの朗報から一転、とても低姿勢でこちらを窺ってくる当主さん。
「何でしょう」
「元々は娘が立ち入ってしまった区域の調査をお願いしたく……」
「ああ、なるほど」
そうか。テア様から各地の依頼をお願いされた時、それよりもっと前に話を収集しているはずだから、時期的には遅いもんね。そんな長時間娘さんを放置してたのか、ってことになるし。まあ治癒術士が来るまでに結構な時間もかかるだろうけど。
とにかく、元々は立ち入り禁止区域の調査を依頼しておいたところ、娘さんが先に肝試しに使ってしまったという時系列のほうがすっきりするね。
「自分の娘のことを優先しておいて、町長としても不甲斐なく、大変身勝手なお願いだとは承知しておりますが……!」
「ひとまず急がないですよね? キィちゃん……霊獣も疲れているみたいなので、明日でもいいですか?」
「も、もちろんです! ありがとうございます、ありがとうございます……!」
またもオーバーリアクションの当主さんに気圧されつつ、その日の一日が終了した。
「は~、久しぶりの良質なベッドだ~」
ふかふかのベッドに身体を沈めると、一気に疲労感が襲ってくる。入浴もさせてもらったし、この世界の贅沢が身に染みる。
モーナルエでも簡単に水浴びしていたしベッドもあったけど、一人だけそれ以上の贅沢はできなかったからね。
「キィちゃん、大丈夫?」
「キィゥ……」
同じように布団に沈んで丸まっている霊獣に声をかけると、か細い返事が返ってきた。
この子もモーナルエでたくさんの人を治療していたし、一気に疲れが来たのかな。
「まちに、けっかいはったのと、ここにくるときのすがたがひさびさだった、から」
「え?」
横にちょこんと座る幼女がキィちゃんの代弁をしてくれたらしいけど、待って。
「結界って?」
話をよく聞けば、モーナルエがピラミッドオブジェ一行に襲われたことを悩んでて、また何かに襲われても大丈夫なように町全体に結界を張ったということだった。そこで力をかなり使ったことと、ここに来るときに姿を変化させたことが久々だったから疲労感が強いらしい。
「つかれが、どっときた。ひろうこんぱい」
「ミレスちゃんのその語彙力はどこから来るんだか」
ひょいと幼女を持ち上げて、仰向けになったお腹に乗せる。
「キィちゃんも、お疲れ様。ありがとね」
「……」
ほんの微かに鳴き声が聞こえた。起こさないようにそっと一撫でして、幼女とともに就寝態勢に入る。
「結界か~……」
この子、本当に凄い力を持ってるね。町全体を覆う結界だなんて。
ニカちゃんに知られなくてよかった。いや、本当に。
また熱弁されて倒れたら困るしね。
「ひぃ」
「ん、ミレスちゃんもありがとね」
当主さんの娘さんの危機を救ってくれたことに感謝しつつ、襲ってきた微睡に身を委ねる。
「……」
すっかり夢の中に落ちていた私は、幼女がじっとこちらを見つめていたことになんて気づくはずもなかった。
◇
翌日。
すっかり陽も登り、半日以上寝ていたことで当主さんたちに心配されるなどしつつ、軽食をいただいた。
それから早速向かったのは、林の中にある立ち入り禁止の区域。
「ああ、ここか」
「キィゥッ」
「よしよし」
すっかり元気になったらしいキィちゃんを撫でる。心なしか毛並みの手触りもいい気がする。
もちろん幼女を撫でるのも忘れずに。
ところでキィちゃんと一緒にいるようになって、ぼんやりと分かるようだった霊力や魔気というのものがもっとはっきりと感じるようになっている気がする。今までは言われてみればこれがそうか、だったり、危険な状況だったり、意識すれば分かる感じだったけど、「この人は他の人より霊力があるなー」と思うくらいには感覚が成長した。
ありがたや。危険察知能力も向上したね。霊獣様様だ。
ということで、段々濃くなる周囲の魔気を辿って進んだ先に、原因であろうものを見つけたのだった。




