46.予想外の馴染み深いアレ
やっぱり色々と文化が違うんだなあと思いながら二階に上がると、薄暗い空間が広がっていた。外は明るいのにそこだけ異様な雰囲気だった。
医術士に見てもらい、薬師に薬を処方してもらっても一向によくならないどころか悪化しているらしい娘さん。その子がいるという部屋まで進む。
「ひ、ヒオリ様、わたくしどもは、これ以上……」
苦し気な声に振り向くと、顔面蒼白な当主さん以下数名がいた。全員倒れてしまいそうな顔色で項垂れている。
「あ、じゃあ私たちだけで行ってきます」
「も、申し訳ございません……」
「当主様……!」
膝をつくデロー家当主さんとそれを心配する使用人さんたちを置いて、娘さんの部屋に向かうことにする。
みんながあんな調子だったら、誰が娘さんの世話をしていたんだろうか。
「ここかな?」
「ん」
「キィゥ……」
もちろんミレスちゃんのお陰ではあるけど、私自身今までの生活で魔気への耐性がかなりついたようで、禍々しい雰囲気が漂うこの扉の向こうに件の娘さんがいることは分かる。
キィちゃんが元気ないのが気になるけど、霊獣だし魔気のせいで気分が悪いのかな。
「おあ」
中に入ると、むわっとした生温いような風が纏わりつく。実際に温度は感じないんだけど、不快感が凄い。いつぞやの洞窟と似ている。
多分、魔気なんだろう。
天蓋つきのいわゆるザ・お姫様ベッドに近づくと、これまた苦しそうに眉を顰めた顔面蒼白な少女が寝ていた。
外見的には十歳くらいかな。好奇心旺盛な時期に違いない。
「ミレス、キィちゃん、どうにかできそう?」
「キィュィ、キィゥ……」
「このまえので、ちからつかったから、って」
この部屋に入る前からどことなく調子の悪そうなキィちゃんに何となく察してはいたけど、やっぱり無理か。
そもそもモーナルエで大勢の怪我人を治療したり魔術の影響を受けた人たちを回復させたりと大仕事したもんね。MP不足になっててもおかしくない。
「ミレスちゃんもこの魔気を吸収とかできない?」
「いままでは、しんだの、とりこんでた」
「あー……」
そういえば、空気中の魔気とか危獣、その核と思しき魔晶石は吸収していたけど、生身の人間からはしたことなかったね。いずれも分解された魔気を取り込むような形だった訳で。
つまり──。
「ちりとなって、きえる」
「Oh……」
この際ミレスちゃんの語彙力は置いておくとして。
魔気に侵された身体から都合よく毒気を抜くことはできないと。
相変わらず攻撃極振りの幼女はともかく、ヒーラーのキィちゃんまでガス欠となるとどうしたものやら。さすがにこのままにしておけないし。何かいい方法ないかな。
「ひぃをとおして、みれすがすって、きぃがちからおくれば、できるかも」
「おお」
最近よく長文で話してくれるなと嬉しく思いつつ、自ら考え提案してくれたことに驚く。自我が育って何よりだよ。
「キィちゃん、いけそう?」
「キィア」
いつもよりは力なさげに、それでも肯定と受け取れる返事をしてくれた。
私を媒介に、力を制御したミレスちゃんが魔気を吸収し、キィちゃんが霊力を送る。
これ以上のいい案はないと思うので、さっそく取り掛かる。
ベッドに横たわる少女に触れると、左腕のグロテスクな血管が蠢き出す。うねうねと元気に動くそれは赤黒く色づき、不気味さに拍車を掛けている。
これも久々だなと思っていると、少女から暖かいような、冷たいような、ちくりとした痛みを伴う“何か”が伝わってきた。
「……」
ついでと言わんばかりに部屋の中の魔気を吸収したようで、重苦しい雰囲気が一転する。
そして今度は肩に乗ったキィちゃんから“何か”が伝わり、少女に触れる左腕へ抜けていった。
淡く光る少女。
一分も経たない内に光は薄れ、いつの間にか少女の顔色もよくなっていた。
「……成功!?」
「キィキィァ、キュゥキィゥァ」
「ん。そのうち、め、さます、って」
「二人ともありがとー!」
幼女と霊獣を纏めてぎゅうぎゅうと抱き締めると、控えめに反応が返ってくる。
うちの子たち、可愛いし最強。
「二人がいれば怖い物なしだね──ん?」
喜んだのも束の間、異臭が鼻を擽った。
おかしい。魔気はもうないはずなのに。
いや、これは──。
「──嘘、でしょ」
思わず剥ぎ取った掛け布団、やつれた少女の衣服を捲った先にあった現実に、眉を顰めるしかなかった。
「いや、まあ、誰も世話できなかったのならあり得なくないけど、むしろ当たり前だけど」
そういえば食事中に話を聞いていたら、呪いのせいで近寄るだけで体調不良になる、そのせいで身の回りのことも最低限のことしかできない、みたいなことを言ってたな。魔気が酷かったせいだろうけど。
というか呪いじゃなくて魔気のせいだって何で思わなかったんだろう。
「いや、そんなこと今はよくて」
とにかく、誰が世話をしてくれていたのか分からないけど、不十分だったということ。
こんな小さな子どもに似つかわしくない不名誉な烙印を押されるなんて。
◇
「ジョクソウ……?」
「床擦れとか……とにかく寝たきりの人にできてしまうようなやつです」
魔気がなくなり雰囲気が改善したことを感じたのか、部屋へ突撃してきた当主さんや使用人さんたちに現状を説明する。
仰向けのまま寝たきりだったことでお尻に褥瘡ができてしまっていることを。
「えっと……」
不思議そうに、あるいは困惑したように首を傾げるみんなにどうして伝えられたものかと悩む。
医術士だというおじさんも思い当たるような顔をしてくれないのは何でなんだ。この世界にそんな病名がないとしても、病状自体はあるはず。
え、あるよね?
「動けなくなって寝たきりの人にできるやつです。例えばずっと肘をついていたりして皮膚が圧迫されると赤くなるじゃないですか。動けないとその赤いのが悪化して皮膚が白くなったり黒くなったり……」
「ええと」
「しないんですか……」
「あまり聞いたことはないですね……」
嘘でしょ。褥瘡がない世界とか一体どういうことよ。
この世界の人たちも普通に老化するし、何なら寿命は日本人より長くないみたいだし、大勢がそこまで健康的な生活を送っているようには見えない。どの国にも貧民街はあるらしいし。




