45.デロー家にて
「ど、どうしましょう」
「上の階は使い物にならないわ」
「でもあの救世主様御一行でしょう? そんな扱いをされるなんて知ったら……」
「だったらあんな状態の部屋を使えっていうの!? まだこっちの方がいいに決まってるわ」
とある屋敷の中、侍女たちが青い顔で言い合いをしていた。
「お前たち、準備はいいか。ヒオリ様方がいらっしゃった」
「は、はい!」
「ところで、部屋は……」
「やはりあの部屋しかまともにご用意できず……」
「そうか……」
こそこそと屋敷の主と侍女がやり取りしているのを少し首を傾げながら見ている人物がいた。
「どうかしたんですか?」
「いっ、いえ! 部屋へご案内します。お前たち、いいな」
「はい、こちらへどうぞ」
なぜか緊張感を浮かべる侍女に案内されながら、その客人は一抹の不安を抱えたようだった。
「こ、こちらです」
侍女が恐る恐る客人を振り返る。
一階の、しかも一番奥の小さな部屋だ。他の部屋に比べ入念に手入れしたものの、広さや豪華さは他の部屋よりかなり劣る。これ以上圧迫感を与えてはいけないと美術品一つも置かれていない殺風景な部屋だった。そして何より、陽も当たらず暗い印象がある。
「分かりました。ありがとうございます。それで、困ってることって?」
「え!?」
思わず驚きの声を上げる侍女。屋敷の主も声には出さずとも表情に驚きを隠せなかった。
「え、何かあります? あ、荷物ここに置いてていいですか」
「は、はい。いえ、その」
本題を言い出せずに「あの」「その」と繰り返すだけだった侍女は、ついには観念したように大きく頭を下げた。
「も、申し訳ありません……!」
「え、何が?」
訳が分からないといった客人の顔を、こちらも理解ができないといった表情で見つめ返す。
「ほ、本来なら一番上の階の陽当りがとてもよく庭園も見渡せる、一番広いお部屋にご案内するべきで……」
「へー、何かそんな決まりでもあるんです?」
「え?」
決まりも何も、客人をもてなすための常識だ。しかもこちらの方々はヒスタルフを始め多くの町を救った方々であり、領主様と懇意の関係だ。モーナルエではかの霊獣まで従えるようになってからは、かつて絶大な力を誇っていた聖女と呼ばれるべき存在なのではと噂されている。
現に霊獣と思しき生物は彼女の頭の上で休んでいて、とても親密な間柄と言える。あの伝説とも言える存在が実在すると教会が知ったら大騒ぎになるだろう。いや、きっともう向こうではそうなっているに違いない。
そんな尊ぶべき方々をこのような最低限の条件で出迎えるなどと──そう、この屋敷の全員が困惑と焦燥を含んだ表情で、客人に視線を向ける。
当の本人はといえば、「はぁ」と何とも納得していない表情で口を開いた。
「この世界ってエレベーターないじゃないですか。あっても三階とか使うには微妙なラインですよね。結局階段使うんですけど、面倒くさいし。一階の角部屋、いいじゃないですか。私はマンションでもホテルでもその方がいいですね。あとあんまり日光って好きじゃないし、普段外が暗くなるギリギリまで電気つけずに生活してる人間なので、暗いの大歓迎。部屋も広すぎると落ち着かないし。シンプルイズベスト」
半分ほど何を言っているのか理解できなかったが、とにかく怒っている訳ではないこと──いや、それなりに満足しているらしいことに皆は驚いた。
「で、困ってることって?」
固まる一同に、庶民派の救世主は小さく首を傾げた。
◇
とりあえず食事でもと言われ、少し空腹だったのもあり軽く昼食をいただいた。
食後の飲み物を啜りつつ、口を開く。
「何だか慌ただしいというか物騒というか、何で上の階が使えないのか聞いても? それが今回の依頼と関係してます?」
部屋に案内してくれた人たちが顔面蒼白になっていた理由に若干呆れつつ、早速本題に入りたいので突っ込んでみた。
今いるフロアと上の階を繋いでいるであろう立派な階段が若干物々しい感じで封鎖されているみたいで、気にならないと言ったら嘘だ。
「は、はい」
いまだに額に汗を滲ませている当主さん。使用人の人たちも若干挙動不審のまま。
私そんなに偉そうに見えたのかな。いや、霊獣のせいか? この世界で幻の存在らしいし。
なんて頭の片隅で考えていると、当主さんが神妙な面持ちに変わって口を開いた。
「実は……娘が呪われているのです」
「……はぁ」
娘さんが呪われていることと上のフロアがただならぬ雰囲気なのは関係あるんだろうか。
というかこんな呑気に食事をして使用人の人たちとも「おいしかったですー!」「え~、本当ですかぁ? きゃっきゃっ(脚色あり)」みたいな会話をしていた場合じゃないのでは。
とにかく話を聞いてみないことには分からない。
「近くの森に古くから立ち入ってはならない区域があるのですが、どうしても子どもたちの興味を引いてしまうようで……普段は重々注意しているのですが、大人たちの目を盗んで入ってしまったようなのです」
ああ、あるよね。子どもの頃って秘密基地みたいなのに憧れたし、禁止されたら余計に気になるというもの。危ないと言われても廃屋とか山とか探索するの楽しかった。もしかしたら田舎特有なのかもしれないけど。
まあ危獣やら何やらいるこの世界でそれをやったら命に直結しそうだよね。
「子どもたち数人で近くまで行き、一人ずつ入って出てくるという遊びをしようとしたそうです」
肝試しか。この世界にもあるんだね。碌なことにならなそうだけど。
「初めに娘が入り、なかなか帰ってこないのを心配した子どもの一人が怖くなって親に知らせて発覚しました。娘は区域外で倒れているところを発見されたのですが……」
そこで言葉に詰まり、辛そうな顔をして黙る当主さん。何となく想像はつく。
いつだったか、ヒスタルフにいるときベルジュロー家関連で娘に虐待迫害のフルコースだった家があった。色々あってその娘さんは助かったけど、この世界の女性に対する扱いは酷いものも多かったから、この当主さんまでそうだったらどうしようかと思った。話を聞いている限りだと普段から娘さんによくしているみたいでよかった。
などと思いつつ、呪いと言われて思い浮かべるのはやっぱり幼女のこと。
地道な布教活動のお陰か今では忌み子だなんだと言われることはなくなったし、見た目に怯えられることもそんなにない。ここの人たちも私たちが貴族的な待遇を受けないことに驚いていただけで、別にミレスに対する変な視線はない。
だからここでもヒスタルフみたいに忌み子の話が浸透してはないんだろうけど、まあ共通することと言えば、やっぱり魔気かな。
考えられるのは、いつぞやの封印された危獣やら魔晶石やらが、その立ち入り禁止の区域にあったということ。その魔気に侵された可能性がある。
それならミレスちゃんとキィちゃんでどうにかなりそうだけど、呪いと言っているのが気がかりではある。
「とりあえずその娘さんのところに行きましょう」
「え? あ、あのまだ話は……」
「辛いなら無理して話さなくてもいいですよ。それより早く娘さんを助けたいでしょう? 力になれるか分かりませんが、今にもその呪いとやらが進行してるかもしれないし。ミレス、キィちゃん、よろしくね」
「ん」
「キィゥッ」
「ああ、ああ、ありがとうございます……!」
泣き崩れてしまいそうな当主さんに若干気圧されつつ、物々しい雰囲気の二階へ向かうべく席を立つ。
後ろで、
「とても人のよいお方だとはお聞きしておりましたが、ここまでとは……」
「ええ。ご用意したお部屋にも文句一つ言わないどころかお食事まで褒めていただけるなんて」
「たかが使用人の私たちにもお声掛けされるとは思わなかったわ」
などという、よく分からない視点で株が上がっているらしいことについては聞かなかったことにした。




