43.意外な別れ
そんなこんなで色々あってまた数日。
崩壊した建物の片づけをミレスとガヴラが主に担当、私はひたすら料理を作り続けるという日々を送っていると、ドニスさんやニカちゃんが要請した応援部隊が到着した。
その間に眠っていた人たちが目覚め、特に心身的に問題がなかったことでまた霊獣が崇められたり、隣町に戻って娘さんを心配していたおじさんに無事の報告をして泣きながら感謝されたり(眠っていた人たちの中にいたらしく手紙を渡すことができた)、商人さんに霊獣を見せて絶句されたりとその他色々あったけど、一応一件落着かな。
これでまたミレスの枷を解くための旅に出ることができる。
色々騒がせておいてこっそりいなくなるのはさすがにまずいかなと、町の人たちに挨拶へ回ることにした。
「お元気で! 本当にありがとうございました!」
「復興はこれからなのに手伝わなくてすみません」
「そんな! もう十分に手伝ってもらいましたよ!」
「そうですよ。それに命を助けてもらっただけでも十分ですから」
ほぼみんながこんな感じで、最初はミレスが魔族だということに難色を示していた人たちもすっかり信用してくれるようになっていた。ありがたい反面、あまりの好意にむず痒いのと、少しだけ罪悪感。
やっぱり町の復旧を最後まで手伝わないのはどうかなとは思う。
でも、そんなことしてたらこのままこの町に居ついてしまいそうだしな……。
一応テア様から依頼された件もいくつか残っているし、何よりミレスの枷を外したいし。
そういう訳でこの町を去ることに決めた。
これで大体は挨拶できたし、最後にドニスさんとクレーラさんのところに寄れば大丈夫。
後は一番気が重い相手が一人残るだけだ。
◇
「ガヴラ」
「──はい」
黒髪の少年の隣には、少し困った表情のルジェークさんがいる。
目覚めてからというもの、ガヴラに傍にいるよう強制され、薬師なのに肉体労働を余儀なくされたちょっと可哀想な人だ。繋がりが安定していないからと傍にいるのはともかく、黙って見ていられない性分みたいで、ガヴラの力仕事を手伝っていた。お陰で身体の節々が痛いと言っていたけど。
ガヴラは私以外には素っ気ないけど邪険にすることはないし、盟約の相手だからかもしれないけど何だかんだルジェークさんを優先している。高身長でなかなかガタイもよく、外見や言動が少し高圧的なガヴラは避けられやすいし、害はなくてもここのみんなからは若干距離を置かれている。
無茶をしがちなガヴラを恐れず注意したりできるルジェークさんとはいいコンビだと思う。ルジェークさん、他の人には敬語だけどガヴラには友だちみたいに接しているし。
「いい? これは命令。私はミレスのために魔気とか霊気とか力を集める旅をしている傍ら、人助けをしてるの。それはもう人助け大好き人間なわけ。だからガヴラにもそれを強要したい」
半分冗談を交えつつ、とにかくこれは最優先の命令なのだと力説した。
多分、ガヴラが私に従いたがるのは、初めて親を見た雛のようなものだ。抑圧された環境で生きてきて、初めて優しくされたから勘違いしているだけ。
このまま一緒にいたら、ずっとその勘違いを引き摺って他に目を向けなくなる。それはガヴラをまた小さな世界に閉じ込めるようなものだ。まだまだ若いガヴラのこれからを、可能性を、未来を潰したくはない。
実際、ミレスやルジェークさんと一緒に町の復旧作業をしているガヴラは今までより少し感情的に見えた。
「ルジェークさんと一緒に各地を回って人助けをして。そして、その中で自分が一番大切だと思える人が見つかったら、その人のために生きて」
「……」
じっとこちらを見つめるガヴラ。多分言いたいことはあるんだろうけど、私が言い終わるのを待っているみたいだった。
「別に今生の別れって訳じゃないんだから、好きな時に会いに来ていいし」
盟約というのを交わしたお陰で私たちにも少しくらいは繋がりがあるらしい。ある程度の距離にいれば居場所は分かるらしいし、これで最後のお別れという訳ではない。
「……承知致しました」
絞り出すような声で、それでもガヴラはしっかりと答えた。
「もちろん、ヒオリ様以外に主として従うことはありませんが」
「いいよいいよ。従うことと大切な相手を守ることは別だから。でもルジェークさんの言うことは聞いてね」
結局ゾダの一族のしきたりはよく分からないけど、従うべき主人がいるからってその従者が誰かを大切にしたらいけないことはない。
もしかしたら、順番が違えばガヴラもミレスと同じように思えたかもしれない。
でも、きっとそれはない。ミレスと出会って、ミレスが強くなって、ガヴラの枷を解いたからこその今の関係だから。だから、私がミレスを思う以上にガヴラのことを思えないのは仕方ないし、私の一番がミレスだということは揺るがない。
いつか、ガヴラにもそんな相手が見つかるといいな。たとえそれが人間じゃなかろうと、動物や物であったとしても、私は嬉しい。
「ヒオリさん」
「ということで、ガヴラをよろしくお願いします」
「……はい」
もう私もガヴラも覚悟を決めているのが分かったのか、ルジェークさんは何も言わなかった。
若干ルジェークさんに押し付けた感は否めないけど(いや実際そうなんだけど)、最強のボディガードがついたとでも思ってくれたらいい。
「じゃ、元気でね」
「ヒオリ様も、お元気で」
「ばいばい」
幼女が小さな手を横に振ると、ガヴラはずいっと近づいてきた。
またよく分からない従者同士の争いでもするのかと思えば、ガヴラはぽんと軽く幼女の頭に手を置いただけだった。
「────」
そして何か小さく呟いたあと、ルジェークさんと一緒に去っていった。
意外とあっさりとした最後に拍子抜けしつつ、何となく私の姿が消えるまで見送るんじゃないかと思っていたから、とんだ勘違いだった。若干ガヴラに毒されてて恥ずかしい。
「ガヴラ、何て言ってたの?」
「ん、ひみつ」
「え、何それ可愛い」
「おとこの、ちかい」
「いやどこで覚えてくるの、そんな言葉」
そもそもあなた男じゃないでしょとか、そんなに情緒が育ってまあとか、色々と思うところはあったけど。
とにもかくにも、こうして憂鬱だったガヴラとの別れは済んで、長い寄り道も終わったのだった。




