42.とにかく面倒事は勘弁で
一旦ニカちゃんの話に区切りがついたところで、ミレスが魔族であることのフォローをした。
初めて出会ってからずっと助けられてきたこと、強力な力を持ってはいるけど無暗に使ったりしないこと。これからも、それは変わらないこと。
ほとんどの人が難しい顔をしていたけど、マルウェンやヒスタルフでの評判、そしてこの町でやってきたことが信用に繋がったみたいで、最終的には納得してもらえた。
この町を襲った危獣の群れやとんでもない力を持ったあのピラミッドオブジェを撃退する力が、魔族だからという理由で余計な説得力と脅威が芽生えた訳だけど、最悪な雰囲気は避けられてよかった。不信感を持たれたまま町を出たくないしね。
まあニカちゃんの「散々これまで領地を救ってくださり、何よりこの町でも皆様の命を守ってくださったお相手に向けた態度とは思えませんね」やら「ミレス様はご自分の生まれも分からないというのに、他の魔族に共感することがあるんでしょうか。どう見てもヒオリ様の利になることしかしないと思いますが」などという言葉に一触即発な雰囲気になったのはちょっと焦ったけど。
それでもそんな辛辣な言葉による強引な説得と、あれだけの治癒能力を見せた霊獣がいるという安心感でどうにかなったみたいだった。
こういう時、何の力も持たない一般人であることが悔やまれるし、無力さを痛感する。ないものは仕方ないんだけど。
「そういえばガヴラ、身体の調子は大丈夫なの? 寝てなくていいなら、倒れる前のこととか聞きたいんだけど」
地下から出て行ってからの事情を聞くのをすっかり忘れていた。危獣とピラミッドオブジェとの戦いでニカちゃんに強制的に起こされたみたいだからちょっと心配だったけど、霊獣の回復術が私にも効いたくらいだから大丈夫かな。
「はい。不本意ながら霊獣の力がなくとも調子はいいです」
ちらりと腕の中のルジェークさんに視線を落とすガヴラ。どうやら盟約の繋がりとやらはうまく機能しているらしい。
ちなみにルジェークさんを小脇に抱えていると見ているだけで首が痛いし頭に血が上りそうだったからどうにかしてと言ったら、いつの間にか背中と膝下から腕を回して抱えるスタイルになっていた。いわゆるお姫様抱っこだけど、突っ込んだら終わる気がして何も言えなかった。
「オレに分かることはそう多くありません。奴に操られた人間たちが襲ってきたこと、ソイツらの意識を飛ばした後は奴本人が攻撃をしてきたくらいです」
「それが、あの時会った場面?」
「はい。ただ──やはり武器や備蓄を増やしていたのは、国への謀反だったようですが」
「ええー……」
ガヴラによれば、一人向かった先で操られた町の人たちがそんなことを話していたらしい。国に歯向かって乗っ取ろうとでもしたのか。イマイチ目的は分からない。
でもそれならドニスさんの父親含め、町の人たちが画策したことじゃなさそうだから、結局あの黄緑頭が消えたことで未解決事件と成り果てた訳だ。
あの茶髪の男がどうにかするとは言っていたけど、仮に黄緑頭を捕まえたとして、そう簡単に口を割ってくれるとも思えない。というか、次に対峙したら真っ先にヤらないとまたガヴラのような二の舞を踏むことになる。
「つまり残されたのは町の被害だけってことか」
黄緑頭(とガヴラ)が暴れた第一陣での被害は大分マシになっていたけど、第二陣のピラミッドオブジェのせいでかなりのダメージを被っている。いっそ更地にした方が早いんじゃないかと思えるくらいには蜂の巣になった町の復旧は、かなり時間も手間もかかるだろう。
「壊れた物は、また作り直せばいい」
「ドニスさん」
「町の皆を助けてくれて──救ってくれて、本当にありがとう」
「あなたたちが来てくれなかったらこの町は終わっていたわ」
「さっきは酷いことを言ってすまなかった。確かに治癒術士さんの言う通り、あんたたちがいなかったらオレたちの命はなかったに違いない」
「本当に魔族だったとしても私たちを助けてくれたことには変わりないよな。本当にありがとう」
深々と頭を下げるドニスさんとクレーラさんに続き、ミレスが魔族だと知っていい顔をしなかった人たちまで頭を下げてくる。
「ヒオリさん、本当にありがとう」
「私よりこの子とガヴラのお陰ですよ。あと来てくれたニカちゃんたちと、それからこの子たちのお陰かな」
さっき十分に私が無力なことを痛感したばかり。お礼はミレスと霊獣に言ってくれ。
「もちろん二人や治癒術士の方々、そちらの霊獣様にも感謝している。だけど彼女たちや領主様と繋がりがなければ、もっと被害が大きくなっていただろうから」
まあその点は確かに利点だったかな。最初は領主様との繋がりなんて御免被るって感じだったけど、お陰でニカちゃんの派遣とか復旧作業の応援もスムーズだったみたいだし。
「そこで今回のことなんだけど……」
「? はい」
何だか歯切れの悪いドニスさん。
「領主様のお客人である君たちを疑ったことに対しての謝罪と、町を救ってくれたことに対しての謝礼をしたい。だけど謝罪はともかく謝礼については町の復旧がある程度落ち着いてからで構わないかい……?」
何かと思えば、そんなことをとても申し訳なさそうに言うドニスさんに、こっちが申し訳なくなった。
「いや謝罪も謝礼もいらないです。完全に被害を防げた訳でもないし」
「そんな訳には……!」
「代わりと言ったら何ですけど、私抜きでいい感じに国に報告してもらえますか? 国と関わるとか面倒事は避けたいので……」
「本当、あなたって子は……」
何とも言えない表情でクレーラさんがこっちを見る。
だから、子って年齢じゃないですって。
「本来であれば町の窮地を救ってくれた上、霊獣のこともあるし王都に呼ばれるところだろうけど、どうにかしてみるよ」
「ありがとうございます!」
「欲のないヒオリさんにはそれしか恩が返せないみたいだしね」
苦笑するドニスさん。
いや欲はめちゃくちゃありますけど。
でもまあよく漫画とかで見る褒美って土地とかお金、地位だろうし、それにまつわる面倒事を考えたらそこまで魅力的でもない。
土地は管理ができないから無理、お金はいくらあってもいいけど、別に今困っている訳じゃないし町の復旧を優先してほしい。地位なんて国に縛られるようで嫌だ。何かあったら駆けつけないといけないとか、責任を問われるとか、面倒すぎる。
それなら、国への報告という面倒事を全部代わってもらったほうがありがたい。ヒスタルフでの精霊の時もテア様がどうにかしてくれたし、今回の霊獣も含めてどうにかしてくれるよね。




