39.そんなに動物は好きな方じゃなかったはずなのに
「ヒオリ!」
「クレーラさん」
「やっぱり有り得ない早さね……」
「え?」
「何でもないわ」
急いでニカちゃんたちの元へ戻ると、敵襲はなかったようで特に周囲に変化は見られなかった。
クレーラさんが出迎えてくれて、霊獣と一緒にいるらしいニカちゃんの元へ走った。
「──」
また治癒術をかけているのか、ニカちゃんは小さく何か呟いていて、霊獣は淡い光に包まれている。霊獣の苦し気な表情は変わらない。
近くにいたドニスさんが状況を説明してくれる。
「今どうにか治癒術で延命しているけど、もう本当に持つか分からないみたいなんだ」
「聖雫は、やっぱり無理だった?」
「いえ! 譲ってもらいました!」
「本当!?」
悲しそうな表情から一転して驚きと喜びに満ちるドニスさんとクレーラさん。
「ニカちゃん、これ!」
「ありがとうございます──!」
差し出した小瓶の蓋を開け、投げつけるように霊獣に中身をぶちまけるニカちゃん。敬虔なんだか無礼なんだか分からない豪快さにちょっと驚く。
少量の液体が降りかかった霊獣は、少しだけ苦痛の表情が和らいだ気がした。
「どう?」
「──どうにか一命は取り留めているのですが、魔気の影響が強すぎて……」
「そんな」
どんな傷も癒すんじゃなかったのか。
「この足がかなりの魔気に侵蝕されているようで、呪いのようにじわじわと全身を蝕んでいくでしょう。数日、持つかどうか」
一応助かったのはいいけど、余命数日って感じなのかな。
霊獣の足は黒く変色したままで、広がってはいないようだけど治る未来も想像できない。
こうなったら、方法は一つしかない。
「つまり、この部分さえなければいいんだよね?」
「え?」
「ミレスちゃん」
「ん」
「足の付け根くらいから、切り落として」
「ん」
「え!?」
驚く三人の声を背に受けて、幼女の黒い枝が霊獣に襲い掛かる。
スパッと包丁で豆腐を切るかのように一瞬で切断された胴体と下肢。
「ニカちゃん、止血とかお願い!」
「えっ、あっ、はい!」
まさかそんな暴挙に出るとは思わなかったのか、戸惑いや怒りなんかを越えて固まっていたニカちゃんが慌てて霊獣に治癒術をかけてくれる。
「これ、放っておいたらまずいかな」
「本体から切り離されたとはいえ、周囲への影響はあるでしょう」
残された黒い足を見ながら呟くと、ガヴラが返事をしてくれた。
霊獣にこんなことした挙句、足を処分しようとしてるなんてこの世界の人たちからしたら罰当たりもいいところだろうな。
なんて思っていたら、ガヴラが黒い足に向かって手を伸ばす。
「何を──」
またガヴラの腕が変色したらと思って止めようとするも、近づかずに口を開いただけだった。
「──」
小さく一言。
その呟きとともに、一瞬で炎に包まれた黒い足は、あっという間に灰と化してしまった。
「あ、あんた……霊術も使えたんだ」
「そこじゃないでしょ!?」
勝手に脳筋で物理攻撃しかできないとばかり思っていたから驚いていると、硬直が解けたクレーラさんからツッコミが入った。
「こ、こんなことをして、どんな報復を受けるか……いえ、国や教会からの処罰がきっとあるに違いないわ……」
いつも堂々としていたクレーラさんが恐怖に怯えている。何も言わないけどドニスさんも顔が真っ青だ。
助かったんだからよくないかな。足が一本ないくらいなら死んだ方がマシなのかな。
私も考え方がマイノリティだとは思うけど、この世界の価値観はまだ分からない。
「──ヒオリ様」
治癒術を終えたらしいニカちゃんが、霊獣を示す。
切り口の出血は治まって、それどころか縫合でもしたかのように皮膚や毛に覆われていた。本当に治癒術って凄いよね。
「……キィゥ」
ゆっくりと目を開けた霊獣が、小さく鳴いた。
「ニカちゃんさすが! 凄い! ありがとね!」
「い、いえ……ですが……」
治療したのはいいものの、クレーラさんたちと同じように小さく震えているニカちゃん。
一瞬動きを止めたかと思えば、上体を起こす霊獣を見て私とガヴラの後ろにサッと隠れてしまった。
「キィァッ、キィゥ」
何か言っているけどもちろん分からない。鉱山の聖獣の時は精霊が通訳してくれていたし、今回はどうしたものやら。
もし怒っていて攻撃してくるようなら、戦わないといけないんだろうか。せっかく命が助かったのに。
「キィェゥ、キゥ」
「ひぃ」
「ん?」
うんうんと唸っていると、幼女がこちらを見上げてきた。
「ありがとう、って、いってる」
「え!? 何言ってるか分かるの!?」
「ん」
まさか過ぎる。幼女優秀過ぎんか。
あ、でもグルイメアで最初にこの世界の言葉を通じさせてくれたのもこの子だったわ。もしかしてあの聖獣の言葉も分かっていたんだろうか。
「でもよかった。足を切断したこと怒ってなくて。ね?」
後ろを振り返ると、少し離れた場所にいる三人がぎこちない動きで頷く。
「霊獣の足を切り落とすなんて発想もその足を燃やすなんてことも有り得ないのに、普通に会話してるわよ」
「いくら精霊様と関わりがあったとはいえ、ヒオリ様……」
「彼女には怖いものがないのかな」
何かひそひそ話をしているみたいだけど聞こえない。
「何で怪我したのかとか、分かる?」
「キィェ、キィキィァ、キィキェゥ」
こちらの言葉は分かるのか、すぐさま何か言っている霊獣。
「まいご」
「え?」
「へんなのに、おいかけられて、にげてた」
「変なのって……あの危獣とか馬鹿でかい土偶のこと?」
「キィゥ」
今のは何となく肯定なんだろうなというのが分かった。
迷子になってあの危獣やら土偶やらに付け回されていた、と。その被害を被ったこの町は本当に災難でしかないのか……。
「キィェゥ、キェッ、キゥエルゥ」
「うおっ」
何か言いながら、ぴょんと肩に乗ってくる霊獣。小型犬くらいの大きさだし重くはないけど、頬に当たる毛がくすぐったい。
「キィッ、キィェゥッ」
「……ん。みれす、いちばん」
「キィゥッ」
「ん」
人の腕の中と肩の上で何を話しているんだ、この子たちは。
「ひぃと、いっしょに、いくって」
「え? のぅわっ」
肩を足蹴にされたと思ったら、いつの間にか目の前にいた霊獣。宙に浮いている。羽が生えてるんだからそりゃ飛べてもおかしくないけど。
とんどん近づいてくる霊獣に、角で刺されるのか!? と思わず目を閉じた。
すると柔らかな何かが額に触れ、温かな何かが流れ込んできた。
懐かしい感覚だ。ミレスと初めて会った時のような──それでいて、あの時とは少し違った感覚。
「キィゥ」
目を開けると、地面にちょこんと座っている霊獣。
その姿があまりに可愛くて、本能のまま頭を撫でる。
「──っう」
ナニコレ、めちゃくちゃ滑らかなんですけど──!?
「あ、ああ」
あまりの手触りの良さに思わず両手でその身体を触りまくる。
「キィァゥ」
霊獣も気持ちよさそうに目を細めるものだから、動悸でおかしくなりそうになりながらもひたすらな撫でまくっていた。
多分狂ったようにわしゃわしゃと霊獣に触り続ける様子はある意味恐怖だったと思う。
「ひぃ」
「はっ」
幼女に若干咎めるような声を出されて我に返る。
「ん」
胸にしがみついていた幼女が一旦私から少し離れて、改めてその小さな両腕を広げる。
「うっっっ」
そのあまりの可愛さに悶えながら幼女を抱き締めると、
「キィゥッ」
霊獣が肩に飛びついてきた。
可愛い幼女と可愛いペット(?)、最高すぎないか。何という癒しの空間。




