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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第三部 追従
154/240

38.交渉イベント



 幼女の黒い枝便にお願いして、隣町まで高速で戻った。

 絶叫系が苦手な私はなるべく頑張って我慢したけど、最後はちょっと気を失いかけた。


 グロッキーになりながらもドニスさんに教えてもらった商人さんの家に向かうと、運よく家主がいるという。しかもアポなしにも関わらず会ってくれるというので助かった。


「かくかくしかじかで、聖雫を譲っていただきたいんですけど」


「無理に決まってるだろ」


 まあ、即却下されたけど。


「領主様の知り合いだろうが何だろうが、渡せるものじゃないな」


「そこを何とか!」


「アンタなぁ、あれの価値を分かってんのか? 一滴で聖貨何十枚分だぞ」


 そ、それは確かにかなりの高額だな。さすがにそんなお金なんて持っていない。

 後で聖雫は無理でも同じような効能がありそうな水でお返ししますとか言っても信じてくれないだろうし、どうしたものか。前職が営業だったらまだまともな交渉ができただろうに。


「ひとまず小聖貨──いや聖貨! 聖貨を担保に、後払いとか」


「できるワケないだろ」


 こうも無下に断るくらいなら何で同じ席についてくれたんだか。


 他に何か交渉できそうなものがないか、リュックの中を漁る。


「これは特に、これもない、他には──」


「──オイ、それ」


「え?」


 あれこれ手に持って見ていたら、拒否の言葉以外発さなかった商人さんが何かに興味を示した。


「その札、一体どこで」


 震えるような声に思わず顔を上げると、商人さんは驚いて目を見開き、次第に表情を歪ませた。


「アンタ、それをどうやって手にした」


 札ってどれ──ああ、これ? ボスラフさんから貰った身分証。


「本人から貰いました」


「脅したのか」


「まさか。要らないって言ったのにくれたんですよ。割と持て余してます」


 正直に話したら、じっとこちらの目を凝視した後、ふぅっと息を吐いて商人さんは俯いた。顔に手を当て何かを悩んでいるみたいだった。


 そういえばボスラフさんも遺棄場にいたくらいだから、外界で動き回る私と繋がりがあると──生きていると知られたらまずいのか。どうしよう。言ってしまったものは仕方ないけど。

 というか、ボスラフさんも商人って言っていたな。知り合いなのかな。


「……そうか、あの人に会ったんだな」


「えっ、と」


「元気か」


「……はい」


 心配するような声に、思わず返事をしてしまった。


「一体どこに──いや、いい。ボスラフさんが生きているって分かっただけで」


 呆れているのかと思ったけど、どうやら肩を震わせて泣きそうになっているみたいだった。知り合いというには簡単すぎる関係なのかもしれない。


「あの人には色々と世話になったんだ。オレがここに居られるのもあの人のお陰だ」


「そうだったんですか」


「アンタにそれを渡したってことは、もう商人としても──いや、誰にも会う気がないってことか」


「……そう、ですね」


 遺棄場で生きていくと決めたボスラフさんは、もうあの場所以外の人と会うことはないと思う。世界から追放されて、死んだことにされたようなものだから。


「商人にとって命とも言えるその札を手放すなんて、死んでもあり得ない。アンタに託したっていうのは本当なんだろうよ。オレから見てもアンタが嘘をついているとは思えないしな」


 まあ確かに、身一つで遺棄場に連れ込まれるのが普通って聞いたから、その中で身分証を持っていたことを考えるとボスラフさんにとっては命同様だったのかもしれない。何が何でも生きたいなら、お金でも身分証でも差し出すくらいはするだろうし。


「もう何も、恩返しさせてくれないのか」


 俯きながらぽつりと呟く商人さんは悲しみに暮れていた。一転して楽園と化したような遺棄場で元気に暮らしているボスラフさんを思うと、シリアスムードが辛い。


 多分あの人、今とても生き生きとしていると思いますよ。


 数分ほど項垂れていた後、商人さんはゆっくりと顔を上げて口を開いた。


「いいぜ。聖雫は渡す」


「あ、ありがとうございます……! ひとまず担保は小聖貨でもいいですか? もしかしたら聖貨もあるかもしれないんですけどエコイフに行く時間も惜しくて──」


「やるよ」


「え?」


「対価はいらない」


「え、でも」


「ボスラフさんに返せる最後の機会だからな」


「本当にいいんですか?」


「その代わり、下らないことに使ったら容赦しない」


「人助けならぬ霊獣助けなので、下らなくないですよね?」


「……は?」


「え?」


 なぜか驚いた様子で固まる商人さん。


 いや、最初に理由話したよね? そりゃこの世界で幻と化しているらしい霊獣の話なんて信じて貰えるとは思ってなかったけど。


「本当に霊獣なのか? 人じゃなく?」


「人であっても下らなくないと思いますけど」


「嘘、だろ……本当に……霊獣? 霊、獣……?」


 何だかとても混乱している様子。ドニスさんたちに話した時は普通に見えたけど、本来の反応はこうなのかもしれない。


「あの、割と一刻を争う感じなので……」


「霊獣の治療とか、そんなこと先に──っ」


 最初から言ってたんだよなあ。

 お互い思ったことは同じだったのか、商人さんはガタッと勢い良く立ち上がったと思ったら、これまた勢い良く部屋を飛び出していった。

 そして数分もしない内にドタドタと足音を鳴らしながら戻ってくると、息切れしながら小瓶を差し出してきた。


「ッハァッ、ッハァッ、ッ早く、行け……!」


「ありがとうございます! 後で報告しますね! あとすみません、こっちから失礼しますね! ミレスちゃんお願い!」


 一応の誠意として、ボスラフさんの身分証と有り金全部をテーブルの上に置いて、部屋の窓に手を掛ける。失礼なのは次に謝るとして、黒い枝に飛び乗り商人さんの家を後にした。


「っ──!?」


 もちろんその異様な光景に驚いていた商人さんだったけど、それも後で謝ろうと思う。


 どうなることかと思ったけど、聖雫が手に入って良かった。幸運って重なるもんなんだね。

 すっかり忘れていたけど、身分証が何かの役に立つと思うというボスラフさんの言葉は本当だったんだなと思いながら、隣町までの道を急いだ。


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