37.レアキャラの遭遇率よ
「ヒオリ様──!」
遠くから聞こえた呼び声に振り向くと、ローブのような服を両手で掴みながら走ってくるニカちゃんの姿があった。
肩で息をしながら近づき、大きく息を吐く。
「ああ、間に合ったみたいでよかったです。叩き起こした甲斐がありました」
ちらりとニカちゃんが見たのは、ルジェークさんを抱えたままのガヴラ。
そっか、危機的状況に覚醒した訳ではなくて、ニカちゃんが起こしてくれたのか。まあそう漫画やらアニメのように都合よくいく訳ないよね。もちろんありがたいことだけど。
「ニカちゃん、ありがとね」
「いえ。治癒術を使える状況ではなく、他にできることがありませんでしたから……」
「いやいやそれで助かったんだから。ニカちゃんがガヴラを呼んでくれてよかったよ。普通ならあんなの目にしたら逃げるくらいなのに」
「ヒオリ様たちが勝てない相手なら、どこへ逃げても同じでしょうから」
まあそれもそうか。幼女以上に強い相手なんてそういないだろうし。
それでも恐怖で逃げ出さないのは凄い。
「一応治癒術士ですし……当然です」
思わずニカちゃんを撫でていると、私が思っていることが分かったのか俯きながらもぽつりと言った。照れているみたいで可愛い。もし妹がいたら以下略。
「ひぃ」
「オイ」
幼女が私の腕を掴み、胸元に顔を埋めてくる。これは嫉妬的なものだから分かる。
でもガヴラが咎めるようにニカちゃんに声を掛けたのが意外だった。急に話に割り込むような奴だと思ってなかったから。
「何でしょう」
「我が主を助けるために起こしてくれたこと、感謝する」
何で最初の単語を強調しているんだこいつは。一体何の牽制なんだか。全然感謝するような声色じゃないんだけど。
「いえ……その様子を見る限り、完全に繋がりが安定した訳ではないようですね」
「……」
睨み合う二人。なぜか火花が散っているようにも見える。
何でこんなに険悪な感じなの?
「繋がりが安定してないってどういうこと? ルジェークさんを抱えたままなのも何か関係してるの?」
「盟約を交わしたばかりの頃は霊力の繋がりが安定しないため、常に一緒にいるほうが良いとされているそうです。触れ合う部分や機会が多いほうが良いのでしょう」
そういえば、前にニカちゃんがルジェークさんに言ってたっけ。ずっと一緒にいた方がガヴラの回復が早いとか何とか。
私の霊力がなさすぎるからルジェークさんが盟約の主体となっている訳で、だからルジェークさんを抱えたままピラミッドオブジェに攻撃するなんて無茶をやってたのか。
ガヴラも否定しないし、多分そういうことなんだろう。
「ヒオリ様と盟約を結べたことは感謝します。ですが──」
「命あってこそ、でしょ。今更後悔しないで。私はガヴラが死ななくて嬉しい」
「──はい」
多分ガヴラにも思うところはあるんだろうけど、そこは我慢してもらわないと。ルジェークさんもどんなデメリットがあるかも分からずに助けてくれたんだから。
「ああ、そうです。ヒオリ様、お二人についてきていただきたいところがあるんです」
「ん? どこ?」
「あちらです。恐らく最初に何かが落下した地点──そこに大きな力を感じるのです」
ドニスさんとか他の町の人たちのことも心配だったけど、ニカちゃんが気にするその大きな力というのがまた面倒な敵とかだったらと考えると、ひとまずそっちを片付けたほうがいいかな。これ以上被害を広げたくないしね。
ニカちゃんに案内されるがまま向かうと、建ち並ぶ家が倒壊した中に一際大きなクレーターがあった。その他の穴は黒い歪な球が落ちた跡だろうけど、それとはまた違う。
少し遠くから様子を窺っていても特に何も変わったこともなく、ニカちゃんとルジェークさんを抱えたままのガヴラと一緒に近づく。
「こ、これは──」
驚いたようなニカちゃんの声。
大きなクレーターの中心にいたのは、一匹の動物だった。
遠目で分かるのは、小型犬くらいの大きさだろうということ。四足歩行をするであろう身体、大きな尻尾、頭には二本の角、そして背中には羽が生えている。
危獣かな。
「霊獣か」
「お、恐らくは」
「え?」
何だって? 霊獣って、あの幻だとかいう。聖獣やら精霊やらに引き続き何だってそんなものに出会うんだか。
「霊獣と聖獣ってどう違うの?」
「大きな違いと言えばその霊力でしょう。そして聖獣は聖女様にしか従いません」
ああ、そんな話もあったね。メイエン家の鉱山でのあの恥辱を思い出す。
「霊獣は聖女様以外の人間とも契約は可能ですが、今の時代に契約できる人間がいるかどうか……」
そこまで言って、ガヴラを見上げるニカちゃん。
「できそうな人物はいるかもしれませんが、必要とはしないでしょう」
なるほど。他人の力を必要としないどころか、霊獣ごと斬ってしまいそうだもんね。
「とりあえず、行ってみる?」
「はい」
幼女の黒い枝にぐるぐる巻きにされながら、クレーターの斜面を滑り落ちるように下りる。
片腕にルジェークさん、もう片方にニカちゃんを抱えたガヴラは颯爽と下り、ニカちゃんをそっと地面に下ろした。絵になりすぎて若干ムカつく。
「──!」
霊獣を目の前にした途端、駆け寄っていくニカちゃん。
その跡を追うと、理由が分かった。
「──」
霊獣が淡い光に包まれる。
霊獣の前足は黒く変色し、その周囲は血飛沫が飛んでいた。ぐったりとして動かないところを見ると、危獣か何かにやられたんだろう。
「──駄目、です」
治癒術を止め、悲し気な表情で視線を伏せるニカちゃん。
「手遅れ……?」
「私の力ではどうしようもありません……魔気の侵蝕がこれほどでは……」
黒くなってしまっている前足のことか。確かにどう見ても壊死しているようにしか見えないし、元の世界でなら切断一択に違いない。
「聖雫があれば、違ったかもしれませんが」
「せいだ?」
「霊大樹と呼ばれる高濃度かつ純粋な霊気を放つ大樹があるのですが、その樹から生成された雫に治療効果があります。とりわけ、特定の状況下で生まれた朝露は聖雫と呼ばれ、どのような傷も癒すと言われているのです」
「霊大樹……」
あ、あれか。ツェビフェリューの泉の中心に生えていた大きな木。聖域以外にもいくつか存在しているって言ってたよね。
泉の水でも同じくらいの効果はありそうだけど、遺棄場までは結構距離があるし、往復している間に霊獣が持つか分からない。それにあそこの霊気は特に濃いって言っていたし、ニカちゃんに不審に思われる可能性がある。遺棄場が聖域として復活しているのがバレるのは避けたい。
となると、その他の場所にある霊大樹ってことになるけど、ここからどのくらいの距離にあるのか分からないし、特定の状況下というのがネックだ。
助けてあげたいところだけど、諦めるしかないのかな。
「ヒオリさん──!」
遠くから名前を呼ぶ声が聞こえると思ったら、クレーラさんに背負われたドニスさんだった。
「よかった、無事だったんですね」
「あなたたちこそ!」
「お陰様で──と言っていいんだよね」
「はい。この子たちが倒してくれました」
「本当に!?」
「ああ、本当にありがとう……!」
驚くクレーラさんと震えながら頭を下げるドニスさん。
「他の人たちは大丈夫ですか?」
「全員無事、とはいかないけどね」
「そうですか……」
せっかく町が復旧し始めていたのに。建物も人もめちゃくちゃになってしまった。
「みんなはここで何をしていたの?」
首を傾げるクレーラさんに、状況を説明。
ニカちゃんが気になると言って先に確認しに来たこと、そこに霊獣がいて瀕死状態だということ。
話を聞き終わると、少し考えていた様子だったドニスさんが口を開いた。
「聖雫なら隣町のとある商人が持っていると思う」
「本当ですか!」
「ただ、家宝同然に扱っていたようだから譲ってくれるかどうか……」
「聖雫と言えば国で保有する数も少ないと聞くわ。そんな希少なもの、どんなにお金を積んでも無理かもしれないわよ」
そう聞くとやっぱり遺棄場がバレる訳にはいかないよね。その聖雫と泉の水がどれだけ性能に違いがあるのか分からないけど、ガヴラの力を解放したりズタボロの身体を回復するくらいだし。
「まあ、やってみないことには分からないので。やらないよりいいし、可能性があるだけでもいいじゃないですか」
ということで、隣町に戻って聖雫の交渉に行くことにした。他の選択肢を迷っている暇はないしね。
「じゃあなるべく早く戻ってくるので。ガヴラ、みんなをよろしくね」
「はい」
また危獣が襲ってくるかもしれないし、戦力的にガヴラには残ってもらうことにする。目覚めたばかりだけど本人も異論はないみたいだし。
去り際、少し疑問に思ったことをドニスさんとクレーラさんに聞いてみた。
「そういえば、霊獣って聞いても驚かないんですね」
「十分驚いているさ」
「あなたたちがそれはもう常識外れだから、これくらいじゃそんなに驚かないわよ」
と、若干呆れも交えつつ苦笑された。ニカちゃんも頷いている。解せぬ。




