35.何とかは遅れてくるものだから
「何だ、あれ……」
「でかいってモンじゃないだろ……」
絶句するような町の人たちが驚きで目を見開く。
最早宙に浮かぶ巨大な城、いや要塞のようなそれは、ゆっくりと降下しようとするものの、無数の黒い枝に阻まれて叶わない。
さっきの気の抜けるような幼女掛け声は、どうやらあれを押し留めるためのものだったらしい。
岩でできたような立体的なダイヤ型の胴体、同じようなダイヤ型の顔、足はなく、両腕、というか肩部分にはやっぱりダイヤ型。今まで見てきた危獣はどうにか生物らしさを感じられたけど、これはどう見ても遺跡のガーディアンみたいな類だ。三角形を繋ぎ合わせたような隙間から覗くピンクの光は、今にもレーザーでも撃って来そうな雰囲気だった。
ただ無機質なガーディアン系とは違うのは、腕の部分にそれぞれ一本、肩や背部から無数の触手が生えているということ。
「あんなの、どうやって……」
もちろんこちらに好意的な訳もなく、触手は攻撃を試みようとしているものの、幼女の黒い枝に拘束されていた。双方が一進一退を繰り返していて、力に差があるようには思えない。
まさか、こんなところでラスボスみたいな奴に会うなんて。
幼女もかなりパワーアップしたはずなのに、一撃で仕留められないどころか互角の相手に一体どうすればいいのか。
さっきのビームでもどうにかならないのか。ただ広範囲に攻撃できるだけで火力はないのか。
いや、力の消費が結構あるのか。そういえば何だか私も身体が怠い気がするし。
「ミレスちゃん、どうにかなりそう?」
「ん……」
少し俯いて、小さくふるふると首を横に振る幼女。
嘘でしょ。今までうまくやって来られたのに、こんなところで終わりたくない。まだまだやりたいことはたくさんあるんだから。
幼女の本来の力なら、もっと対抗できたはず。首と両腕の枷さえなければ──いや、そんなないものねだりをしていても仕方ない。どうにか有効な手段を考えないと。
今のところ一方的に負けそうな感じはない。少しくらい考える時間はあるはず。
「な、何だ……?」
無数の黒い鳥たちの猛攻が落ち着き、地上まで到達してしまった敵もクレーラさんたちが数の暴力でどうにか片付けて、束の間の安息が訪れていたはずだった。
巨大な土偶の中心の隙間から、まるで生クリームを絞り出すように黒い何かが出てくる。数回に分けて宙に放り出された歪な球が、分裂し、増殖する。そしてスライムのようにぐにぐにと伸縮するような動きを繰り返し、
「コォォォォ──」
妙な叫び声を上げる鳥のようなものへと変化した。
「いやいや何それ」
なかなか減らないと思ってたら、分裂して増殖するタイプだったの? 狡くない?
しかも幼女もこれ以上は限界なのか、新たな黒い枝を出せずにいる。巨大な本体を押し留めるのに精一杯みたいだった。
もちろんそんなことはお構いなしに黒い球は増え続け、遂にはこちらに向かってきた。
──ドォォン!
あちこちで地響きと土煙が舞う。
唯一幸いだったのが、一直線の攻撃だから何とか私でも走って避けることができること、そして地面にめり込んだまま追ってはこないこと。
どうやらあの黒い球は鳴き声はあるものの攻撃の一種で生物的なものではないらしい。
そんなことが分かったからってどうにもならないけど。
「みんな! とにかく逃げて!」
クレーラさんたちが避難するように指示を出す。
鳥の大群が消え、威力は高いものの単純明快な攻撃となった今が逃げるチャンスかもしれない。
「うわああああああ!」
「早く走れ!!」
町の人たちが大混乱で逃げ惑う中、一人だけ違う行動をしているのが見えた。
大人数はどうにもできないけど、一人なら幼女と一緒にいた方が安全かもしれない。
「ルジェークさん! 早くこっちに!」
町の人たちのお世話をしてくれていたルジェークさんだ。騒ぎに気づくのが遅れたのか。そういえばニカちゃんもどうしたんだろう。
次々と町を襲う黒い弾丸のせいで地面は揺れ、立つことが精一杯の中、どこかに向かおうとしている。みんなが自分の命を守ることに執着している状況なのに。
「ルジェークさん!」
「まだ眠ったままの人たちが残されてます!」
そんなことだろうと思ったけど、この人は! あなたが行ってもどうにもならないでしょうに!
「ルジェークさん!」
「ォァァァアアアアアッ」
一体どこに潜んでいたのか、黒い球に紛れて数匹の鳥型の危獣がルジェークさんの方へ向かう。
間に合わない。幼女は巨大な土偶本体から手を離せないし、空から降ってくる黒い球の量も多すぎる。
「く──ッ!」
顔を庇うように両腕を上げるルジェークさん。目前に迫る黒の大群と危獣たち。
もう駄目だ。
「ォアアア──ッ!」
「コォ──」
一瞬だった。
一瞬で、襲い掛かる鳥と黒い球が、断末魔と黒い液体をまき散らして地面に落ちていく。
予想していた悲惨な光景とは違い、赤い血は広がっていない。
「──どうにも、オレの主は無謀らしい」
「──ぁ」
いつの間にかルジェークさんの前に立っていたのは、剣を握る黒髪の長身。
「──っ、ガヴラ!」
止めどなく向かってくる空からの襲来者に対し、ガヴラは目に見えないほどの斬撃で対処していく。
そしてその間にも、ルジェークさんを片腕で抱えてこちらに近寄ってきた。
「ヒオリ様」
本当に、ガヴラだ。本物だ。
こんなピンチに登場するなんて、どこの主人公だよ。




