33.お別れさせてくれないらしい
それからニカちゃんが呼んでくれた応援が到着し、更に復旧作業は進んだ。
この町の周囲が獣道のせいでなかなか物資が届かないものの、少しずつ家も再建していくらしい。ドニスさんとクレーラさんは挙動不審になっている暇がないくらいに忙しそうだった。
破壊に特化したタイプの幼女にできることもなくなってきたし、私もひたすら毎日料理を作る日々に飽きてきたので、そろそろ町を出ようかと思う。色々残念だろうし大変だとは思うけど、これ以上私たちがここに留まる義理もないし。
ということを束の間の休息を取っているドニスさんに伝えると、土下座する勢いで頭を下げてきた。
「こんなに引き留めてしまって申し訳ない……!」
「いえいえ。復旧の目途も立ってよかったです」
「今回のお礼は遅くなってでも、どんなに費用がかかっても、必ずするから待っていてくれないだろうか」
「お礼なんていいですよ。これからも復旧が大変でしょうし」
「そ、そんな訳には……!」
申し訳なさそうに上擦る声のドニスさんは何となくデジャヴだけど、あの時より絶望感が滲み出ているのは何故だろうか。
ま、いっか。
「待ってください、せめて皆からも挨拶を──」
「ドニス様! すぐに来てください! 向こうの空が何かおかしいんです……!」
せめてと言うべきか見送りを画策しようとするドニスさんに、思わぬ制止者が現れた。
無骨な感じの男性は慌ててどこかの空を指差す。
ドニスさんと同じように上を見上げると、その異変を確認できた。
まだ明るい時間だというのに、一部だけ黒く染まっている。
いや、真っ黒という訳ではなく、まだらに黒い。そしてそれは徐々に大きく──いや、向かってくる。
──ドォォォンッ!!
突然鈍い音を立て、地面が揺れる。
気づけば町の一部で煙が上がっている。隕石みたいに、空から何かが落ちたみたいだった。
「な、何だあれ──!」
怯えるような町の人の声にもう一度黒くなっていた空を見ると、それは確実にこちらに迫っていた。
揺らめくそれは、何かの音を伴って徐々に向かってくる。
「鳥──?」
にしては、大きさが疎らのように思えた。
ただ分かることは、空を飛ぶ黒い生物がこちらへ向かって進んでくるということ。
──ドォンッ!!
今度はもっと近くで、音と揺れが襲う。
──ドンッ!
──ドンッ!
──ドンッ!
立て続けに押し寄せる爆音と地震。あっという間に目の前は砂埃に包まれた。
「ギョリュゥゥゥゥアアアアアッ」
変な鳴き声が聞こえた方向を見上げると、空飛ぶ黒い大小様々な群衆がすぐ近くまで迫ってきていた。そしてその身体を一突きされて次々と息絶える異様な光景が広がっていた。
一突きしたそれが幼女の黒い枝だと認識したときには、すでに町は戦場と化していた。
「くッ!」
「ハァッ」
「この!」
砂埃が収まって視界に入ったのは、空からの襲撃者に対して必死に抗戦している町の人たち。
急なことで意味が分からない。分からないけど、理解しないと。
多分遠くの空から害獣だか危獣だかの大群が押し寄せてきて、町が襲われたんだ。
せっかく復旧が進んでいたこの町が。みんなが頑張って、力を合わせてやっと片付けたこの町が、また破壊されている。
一体何でこんなことに。
「えっと、ミレスちゃん、とりあえずありがとね!」
「ん」
「ジィィィィラァァァァァッ」
「ギョァァァ──ッ」
次々と空から襲ってくる敵は大半が幼女の黒い枝に屠られているものの、数が多すぎて討ち漏らした奴が地上に向かってきては、クレーラさんたちが剣で戦ってくれている。
皮肉なことに、戦争でもしようと企んでいたのか武器は豊富にある。まさかこの事態を予測していたなんてことはないよね。あの憑依していた奴がそんなタイプには到底思えない。
「害獣!? いや危獣か!? 何でこんな数……!」
「一体何なの! ドニス!」
「駄目だ! 撤退しようにも逃げ場がなさすぎる!」
必死にこの場を切り抜けようと考えるドニスさん。
いつ空からの襲来が来るか分からない状況で判断はできないんだろう。
しかもこれだけ幼女が倒しても一向に減る気配がない。
まるであの時の、鉱山の時のように──まさか、また歪み?
「ひぃ」
「うん」
「あれ」
「どれ!?」
意思疎通したいのは山々だけど、今この状況で指示語だけで理解できるほど頭の回転はよくないし察しも悪い。
「あのときの、こうげき」
「えっ、どの時? ──あ、もしかしてアレ!?」
メイエン家の鉱山で敵を一層するために習得した、広範囲攻撃だ。
「どうやるの!?」
「かんがえて」
「ごめん!」
「ん、ん。あたまで、かんがえて」
そのくらい自分で考えろよ! という手厳しいお言葉かと思えば、どうやら違うらしい。
あれか、頭の中で思い浮かべるってことか。そういえばあの時もそんな感じだったな。
「──」
幼女をぎゅっと抱き締めて、目を閉じ、瞼の裏に思い描く。
一直線に向かう、無数の粒子の束。大群を屠るそれは──そう、ビーム砲。
「な、なんだ……!?」
目を開けると、空飛ぶ黒い生物で埋め尽くされていた視界はいくらかクリアになっていた。どうやら成功したらしい。
一体どういう技だったのか、断末魔もなく屠られた屍たちは黒い屑となって空から降下していく。
「何が起こったんだ!?」
「分からないが、あの大群が急に血を噴いて落ちてきたんだ!」
「そんなことがあるか!?」
「知らねぇけど実際起こってんだろ!」
あまりの急展開に戸惑う町の人たち。さすがに幼女の仕業だとは思わないらしい。
これ以上混乱させてもいけないし、幼女の力が凄すぎて引かれてもあれだし、今はそっとしておくか──と思った、その時だった。
「えい」
無感情の小さな声。けれどもしっかりとみんなの耳に届いた声。
その持ち主である幼女が無数の黒い枝を伸ばしては、一体どこから湧き出てくるのか、その分だけの黒い大群を蹴散らした。
「す、スゲー……」
「な……」
空から襲い掛かる危獣の群れをあっという間に一掃する黒い枝を呆けるように見上げる人々。その感動や感心は瞬時に衝撃と困惑に変わる。
いつの間にか薄暗くなっていた空、灰色の雲の隙間から、巨大な土偶が現れた。




