15.隊長と隊員
爽やかな風が吹き、緑が生い茂る自然豊かな森。綺麗な水が流れる川もある。
それと同時に、嫌な“気”も霧のように蔓延している。ここはまだいい。奥に行けばもっとその“気”も酷くなり、目には見えないものの濃霧のように立ちはだかる。そして奥に向かうほど危獣と呼ばれる凶暴な生物に襲われる。
綺麗な見た目に惑わされ、森に立ち入ろうとする輩も少なくない。霊力を持たない者は“気”に気づかず、知らないうちに身体を毒され取り返しにつかないことになる。異変に気づいたときには危獣に襲われ生を終えているだろう。
それほどまでに危険なグルイメアの森は、“気”の濃度や危獣の強さ・数により五つの指定区域に分けられ、指定区域に立ち入るには許可を必要としていた。最低条件として、ある程度の霊力を持っていること。
霊力を持っていれば“気”を把握できる。だが、それと同時に息苦しさや気怠さも味わうこととなる。派遣された調査隊がいくら精鋭部隊だったとしても、ここ第四指定区域に滞在できるのは五日程度だろう。
だからこそ、納得できなかった。理解、できなかった。
──どう見ても霊力もない、戦えもしないただの女が、第四指定区域にいただと?
何日間なのか分からないが、歩き続けていたなど有り得ない。それに女が腕に抱いていた白髪の少女。明らかに普通ではない。霊力に似た、いや、むしろ“気”のような何かを持っている。まさか本当に伝承にある、呪いと恐れられる生贄なのか。
さすがに髪色も服装も隠していない、記憶もないなどとは諜報としては粗末すぎる。だが諜報でなければ得体の知れない危険物でしかない。
「シーヴ! 今すぐアイツらを処分するべきだ」
ダズウェルは隊長であるシーヴェルドに詰め寄っていた。
「命令に変更はないよ」
「殺されてぇのか!」
「そんな意思はないみたいだけれど」
「そんなん分かるかよ! いつ牙を向けてくるか……! それに本当に忌み子だったらどうする、お前だって親が」
「ダズウェル」
公私をはっきりと分けるシーヴェルドが、ダズウェルの言葉を遮り名を呼ぶ。隊長の立場ではない言葉で。
「君が危惧するのも分かる。霊力ではない何か──調べる必要がある。だけど彼女はこの第四指定区域を歩いてきたと言った。霊力もないのに、だ。距離も時間も分からないけれど、あの消耗具合からして一日そこらの話ではない。だけど“気”に侵されている様子もない。もしこちらの力が通用しなかったら? 本当に呪いのような力を有していたら? 私たちはただでは済まないだろう。下手に刺激しないほうがいい」
「……」
「それに……彼女、記憶を失っているのかは定かではないけれど、本当に心当たりがないみたいだった。徽章を見せても何の反応もなかったしね。よほど演技が上手いのか、力に自信があるのか……君には、どちらかに見えたかい?」
「……」
「まあ、その内国から指示が来るさ」
「……お前は、恐ろしくねぇのか」
「うん? 私に何かあったら君が守ってくれるだろう?」
「茶化してんじゃねぇよ」
「茶化してなんかいないさ」
昔からそうだった。何を考えているのか分からない。公私を分け、公の場で窘めるこそすれ、決して私的な場所へは持ち込まず、いつも飄々としている。
「ダズウェル、私情は捨てるんだ」
それだけ告げると、隊長の顔に戻った。
「仕事に戻るよ、ファルナーニンセグ」
◇
タル……何だっけ。一回聞いただけじゃ思い出せない。小説とかゲームでよく思うんだけど一回聞いただけで覚えてるの凄くない? とにかくどこかの国の調査隊に保護され、森の中を歩いていた。
道らしき道があまりないからか馬のような乗り物はなく徒歩。いままでと状況が変わらないような気もするけど、大きく違うのは、話せる人間がいるということと、この森から抜け出せるということ。
欲を言えばもっと情報は欲しいところだけど、今は我慢。ここがどこかの国の森で指定区域に当たることやミレスの生い立ちかもしれない情報も得られたんだから。
調査隊の人たちが何を目的に派遣されたのか分からないけど、こんなに広く危ない森だし、定期的に調査しているってことにしてほしい。私たちを捕まえるために派遣されたのではないと信じたい。
だってこの人たち、私たちを保護してからも森の中を散策するように歩いているし。
調査隊は、正確には分からないけど、四・五十人くらいか。これも小説とかでよく見かけるけど、よくまあ一瞬で人や物の数が数えられるなと。能力がないだとか底辺だとか言いつつそれも才能じゃない? ちなみに私は学校の教室で席を考えたらこのくらいだなと思っただけ。正確に数える気力はない。
まあそれは置いといて。
これだけ人数がいるのに誰一人として喋らない。時折隊長に報告する声が微かに聞こえる程度。さすが訓練された兵士たち、そしてその隊長。ミレスを見ただけであんなに敵意を剝き出しにしていたのに何も手出ししてこないところを見ると、よほど上下関係がしっかりしているか隊長が有能なんだと思う。
そして今も、隊長の鶴の一声で生かされているんだなと実感している。
というのもまあ、飽きもせず熱い視線を送ってくるんですわ。好意じゃないほうの。特にダズウェルさんは見るたびに不機嫌極まりない顔をして、視線だけで射殺せるんじゃないかってくらい。
あまりにも不穏な形相をし続けているからか逆に見慣れてしまった。殺気とか分からないし、それがデフォルトの顔みたいな。何の能力も持たない一般人でよかった説あるな。
ちなみにさすが保護してくれるということだけあって水や食料は支給してくれた。あの部下たちのミレスへの反応を見る限り、嫌がらせくらいされても仕方ないと思っていたのに、驚くほどに何もなかった。塩対応なのは変わらないけど。
「アサヒ、大丈夫かい?」
「まあ、はい」
休憩中、部下たちの間を抜けて隊長が声をかけてくる。
さっきも戦闘があったからかもしれない。
調査隊の人たちと森を歩いていると、モンスターに襲われることがあった。この前遭遇した巨大なエリマキトカゲ以下略とは違い、良心的なサイズだったけど。
モンスターはここでは危獣と呼ばれているらしい。普通なら言葉の音だけでは分からなかっただろうけど、なぜかすぐに漢字変換できた。頭の中に浮かんできたというか。これも翻訳機能のお陰なのかな。
さすがはこの危険な森の調査隊なだけあって、難なくとはいかないものの重傷者は出さずに危獣を撃退できていた。ミレスにやってもらえば怪我人すら出ないんだろうけど、その力を見て余計に敵視されるかもしれないし、それ以前に兵士たちの対応が早かった。分散して危獣がやってきても、イケメン隊長の指示で次々と倒していった。本当に有能。
そして何だかんだ定位置を離れてはこうして心配してくれる隊長は優しい。
あの時監視下に置くと宣言したのは、多分部下たちを安心させるためなんだろうな。あとはもう少し、ダズウェルさんを窘めてくれたらありがたいんだけど。あの人、鬱憤を晴らすように危獣を蹴散らしていく様がめちゃくちゃ怖いのよ。いつかそれがこっちに向けられたらと思うとぞっとする。
「ファルナーニンセグは見た目は怖いかもしれないけれど、悪い奴ではないよ」
何で考えていることが分かった。それも霊力か?
「……信頼、してるんですね」
「昔馴染みだからかな」
なるほど、あの時反発して胸倉掴んでいたのも、ダズウェルさんが手に負えない不遜野郎なわけではなかったと。
「仲が良いんですね」
「はは、どうだろうね」
表情がいつもより柔らかくなる隊長。
やめろ、イケメンの笑顔は眩しい。
ちなみに私は乙女ゲー耐性はないし歯の浮くようなセリフには反吐が出るタイプだ。ローイン隊長がチャラ男じゃなくてよかったと心底思う。




