31.偽善か好奇心か
「あ、思い出した」
「それは良かったです」
そうだ。ドニスさんのことを相談しようと思ってたんだった。それでクレーラさんにニカちゃんを呼び止めていて欲しいと頼んだんだ。
ドニスさんの病状のことを話すと、ニカちゃんは難しい顔をして顎に手を当てた。
「そういったものは治癒術が効かないことが多いですね。一時的に痛みをなくすくらいしかなく、治癒術より薬の方が一般的です」
「そこを何とか」
「ヒオリ様。なぜ治癒術が戦いの場以外で使われないか、知っていますか?」
「あー……えっと、昔王族の病気を治そうとして、悪化したから?」
「そうです。明らかな傷でない限り、治癒術を使うのは憚られます」
「もし原因が分かるかもしれないって言ったら? ちょっと試してみて欲しいことがあるんだよね」
実際に直接やって失敗なんてことになったらいけないから、事前にニカちゃんに説明。身体中の霊力の流れを感じることができるのは分かっているから、それでヘルニアっぽいところを見つけてどうにかできないかなと。
知っている病気に似ているということ、その病態を一応簡単に絵に描いて説明したら、また何とも言えない視線を向けてくるニカちゃん。やっぱり無理難題かな。
「ヒオリ様は医術士ですか?」
「まあ同類の職種ではあったかな。医者ではないけど」
むしろお医者様に従事するタイプだけど。
というか治癒術士の他に医術士というのもあるのか。内科医みたいなものかな。
「分かりました。やってみます」
もっと無理だとか抵抗言されると思っていたけど、あっさり了承してくれた。
ありがたいし自分から言い出しておいて何だけど大丈夫かな。
◇
「ということで、ドニスさん。ちょっと付き合ってもらえますか?」
「え?」
ちょうど作業がひと段落ついたようで休憩を取ろうとしているドニスさんに声を掛ける。
もちろん何も知らないドニスさんは訳が分からないといった様子で首を傾げている。
クレーラさんがいないみたいでちょうどよかった。
「どこかに行くのかい?」
「はい。とりあえず横になれるところに……っと」
そういえばいつもはクレーラさんが背負っているから、運ぶ人がいない。私もニカちゃんもどう見ても非力だし。
「すみませんが、ちょっと我慢してもらえますか」
「え?」
「ミレスちゃん」
「ん」
「うわぁっ」
黒い枝がドニスさんをぐるぐる巻きにして持ち上げる。
人も物も持ち上げているところは見ていただろうけど、自分がされる側になるのはまた別だ。
若干顔の引き攣ったドニスさんを連れて、近くの休憩所に向かう。
「い、一体何を」
「大丈夫です。痛くないですよ。ん? 痛くないよね?」
「善処します」
ニカちゃんからお墨付き(?)をもらって、休憩所のベッドへドニスさんを下ろす。
人払いもしてもらったし、後はニカちゃんの腕の見せ所だ。
「ドニスさんの足を治療できないかと思いまして」
「そんなことができるのかい……!? それに治癒術は……」
「はい。普通は治癒術が適したものではないと思いますが、ヒオリ様の考えに乗ってみようと思いまして」
「絶対に治るって保証はないんですけど。試してみる価値はあるかなって」
「……」
今更だけど、やる前に診察的なことはできるはずだしデメリットはないよね。あったらニカちゃんが言ってくれてるよね。
「ここまで連れてきておいて何ですけど、無理強いはしません。治るならそれに越したことないかなって思うんですけど、もし信用できないようだったらやめます」
「……もちろん、不安もある。でも、これ以上の費用は……」
俯くドニスさん。町のことは公費的なもので落とせるかもしれないけど、個人的なものは躊躇してるって感じかな。
「やっぱり治癒術ってお金かかるの? 高い?」
「ヒオリ様に請求するので大丈夫です」
ニカちゃんを振り返ったら、真顔で答えられた。
いや、いいけどね。
「ということで、後はドニスさんの覚悟だけですが」
「え!? いや、ヒオリさんにそこまでしてもらう訳には……!」
「費用は気にしないでください。多分結構お金持ってるんで。それより、お節介でしょうけどクレーラさんとの障害がなくなって欲しいです。それと単純に治癒術がどこまでできるのか興味が」
割と後者の気持ちの方が大きいけど、クレーラさんのあの顔が頭をちらつくのは事実だ。いつもはリア充爆発しろと思うけど、父親や町の人を失くして町も半壊した状況を背負う人にそこまでは思わない。むしろ何かしら救われて欲しい。
「……」
沈黙が続く。
ドニスさんの懸念が費用なのか不安なのか分からないけど、判断を待つしかない。それが了承でも拒否でも、もちろん文句はない。
「ん」
沈黙を破ったのは、何と幼女だった。
黒い枝がドニスさんの頬をぺちりと軽く叩く。
私たちと同様に驚いたような目で顔を上げるドニスさん。その頬を別の黒い枝が追撃する。
「……」
ぐにぐに。
「……」
ぐにぐにぐにぐに。
「……」
ぐにぐにぐにぐにぐにぐに。
「……ちょっと、ミレスちゃん」
ひたすら黒い枝でドニスさんの頬をこねくり回すだけの幼女。さすがに気の利いた言葉を期待するのは違ったか。
「……ふ」
まるで緊張が解けたように小さく笑うドニスさん。
「ありがとう。きっと鼓舞してくれたんだよね」
そ、そうかなぁ。




