30.既視感の回答
散々よく分からないことで怒った挙句、治療拒否とか何なの。いや、別に拒否ではないのか。
イレーニカさんにまで上げて落とされるとは思わなかった。
「無理って、どういう」
「ああ、無理というのは少し違いますね。ゾダの盟約を交わしたのなら、その内目を覚ますと思いますよ。今は最小限の生命活動に抑えて、体力を戻している最中なのでしょう。そこへ治癒術として私の霊力を注いだら、邪魔になります」
なるほど……? そういうものなのか。
まあ特に今問題ないのならよかった。
「そちらの方はお気づきだったのではないですか」
イレーニカさんがルジェークさんを見る。
「え、そうなんですか」
「あ、えっと、その……何となく、といいますか……はい」
何だか歯切れの悪いルジェークさん。
それならそうと早く言ってくれればいいのに。というか、何でルジェークさんには分かるんだろう。
「盟約を交わした、と言いましたよね。その後、日に日に彼との繋がりというのか……とにかく、なぜか力を強く感じるようになっているんだ」
「そうでしょうね。ゾダの盟約とは霊力の共有と潜在的能力の発揮と言われていますから。お互いの霊力の結びつきが強まり、ゾダの力も大きくなっていくと」
「え、私も一応一緒に盟約っていうの交わしたんだけど」
全くそんなもの感じないし、何なら忙しくてガヴラのことを忘れていたこともあるくらいの薄情さだ。
「ヒオリ様、霊力少ないですから。そちらの方との繋がりの方が強くなったのではないでしょうか」
「ああ……」
なるほど。そういえばあの茶髪の男も言っていたな。私の霊力が少なすぎるから、って。
それにいつだったか、ガヴラも自分と契約すれば離れていてもすっ飛んでくるみたいなこと言っていた。あの時は人間同士で契約なんてできるのかと思っていたけど、多分盟約のことだったんだろう。
結局ガヴラの望む形となってしまった訳だけど、私との繋がりは薄いみたいだし、まあいいか。
「では私は領主様への報告と、応援要請を書きますので」
「あ、はい。ありがとうございました。よろしくお願いします」
イレーニカさんが退室して、ルジェークさんとの間に沈黙が訪れる。
「……あの」
「はい」
「すみません。僕が出過ぎたばっかりに、こんなことになってしまって。ゾダの一族や彼らとの盟約というものがそれほどとは思っていなくて。ただ助けたかっただけで」
「え? ああいや、気にしないでください」
私もゾダのこととか盟約のことなんて全然知らなかったし。ルジェークさんが謝ることじゃない。そもそもああまでして助けてくれた命の恩人だし。
もしかして、国も欲しがるような戦力を横取りされたと思われてるって勘違いかな。
「むしろルジェークさんがいなかったらガヴラは助からなかったんだし、恩を返してもらったとでも思ってもらったら」
「そんな……! ゾダの力は一国を変えるほどと聞きました……!」
それも実際どうなんだろうね。今回、よく分からない奴に身体を乗っ取られた訳だし。まあガヴラもポゥンネル(散々言われたからさすがに覚えた)を滅ぼすなんて何てことないみたいなこと言っていたから、過大評価ではないのかな。
どちらにしろ幼女の方が強いだろうから、戦力については別に文句はない。
幼女を撫でると、機嫌がよさそうに小さく揺れる黒い枝。
「私はこの子がいれば十分ですし……まあガヴラの意思も確認しますけど、ルジェークさんについていってもらいたいですよ」
ここ数日でルジェークさんの身の上話を聞く機会があったんだけど、貧しい暮らしをしながらずっと生きてきて、命を助けてもらったことがあり、その人の考え方に感動して低価格で治療薬を売り歩いているらしい。素材は現地調達していることも多くて死にかけたことも少なくないと。自己犠牲がすぎるのも生い立ちのせいみたいだし、危なっかしいからガヴラに守ってもらうくらいがちょうどいいんじゃないだろうか。
話を聞く限り、私といてもガヴラの能力は発揮できないみたいだし。ガヴラが私に恩を感じているといっても、命を救ってもらったことはまた別でしょ。絶対に後者の方が重いはず。大体、首輪を外したのだってミレスちゃんだし、不釣り合いな忠誠ってもんよ。
「ヒオリさんは優しいですね」
「ルジェークさんには敵わないですよ」
目の前の被害はどうにかしたいと思うけど、ルジェークさんみたいにこの国の人たちをできるだけ多く救いたい、みたいな意識はない。
正直、自分とミレスがよければ割と他は切り捨てられると思うし。テア様たちやオルポード家は……まあ、あんまり誰かに肩入れするのもよくないよね。大切なものが増えたら守るのが大変とはよく言ったものだ。
だからガヴラに関してもこれ以上深入りしたくはない。私のためだとか言って必要以上に傷つきそうだから。実際、今回みたいな目に遭った訳だし。自分を犠牲にすることについてガヴラがよくても、私がよくない。やっぱり見知った人が、しかも目の前で死ぬのは嫌だし。
「それじゃ、今度はルジェークさんがしっかり休んでくださいね」
「ありがとうございます」
とりあえずガヴラが目覚めるのを待って、今後の話はそれからということになった。
「ずっと傍にいた方が霊力の結びつきが早く強固になって、回復が早まると思いますよ」
「うおっ」
テア様に手紙を書きに行ったはずのイレーニカさんが後ろに立っていてびびる。仰け反ったところを幼女の黒い枝が支えてくれた。
「びっくりしたじゃないですか」
「すみません、ヒオリ様が私に用があるとお聞きして」
ルジェークさんに会釈をして、部屋の扉を閉める。
「何かあったっけな」
「私に言われましても。それより、エメリク様へ接するようにしてもらっていいですよ」
「え?」
「言葉遣いとか、名前とか。ヒオリ様はメッズリカの救世主であり領主様のお客様ですから」
タメ口と呼び捨てでいいよってことか。まあ確かに時々イレーニカさんと話すとき、年下だからかどうしても言葉崩れるしな。
何回か職場を変わったことあるけど、その度に自分が新人として誰に対しても丁寧語を心掛けていても、慣れたら言葉が崩れてきてしまうんだよね。ここは平民間では日本ほど言葉遣いとかに厳しくないし、それでもいいか。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらって。テア様に倣ってニカちゃんでもいい?」
「……はい」
ちょっと返事に間が開いたから嫌だったかなと思ったけど、少し俯いたその顔が照れたように見えたからよしとした。
ニカちゃん多分二十歳前後くらいだよね、可愛い。年の離れた妹がいたらこんな感じかな。
「ひぃ」
「ミレスちゃんは唯一無二!」
「ん」
一瞬で背筋が凍るような感覚がして反射的に声を上げた。
最近本当に幼女が怖いよ。心を読んでるのか私が分かりやすいのか、どっちだ。




