29.既視感の展開
全員で協力して簡易的な埋葬、負傷者の手当てや町の復旧作業に勤しむこと数日。幼女は力仕事に大活躍で、私はほとんど料理ばっかりだった。
さすがに家の建て直しなんかはできなかったものの、倒壊を免れた場所で過ごす分には問題くらいに落ち着いた。あとは救援が来るのを待つだけ。
相変わらず大半の人たちは眠ったままだけど、衰弱する様子はなかった。一時はこのまま呼吸も心臓も止まるんじゃないかと思っていたものの、どうやら今のところその心配はしなくていいらしい。
ちなみにあの黄緑頭の子どもはいつの間にか姿を消していた。その場に血は残っていたままだし幻ではないはず。
ガヴラの身体を乗っ取った奴が生きているのかもしれないと思うと何とも言えない気持ちになったけど、逆に言えばその身体で逃げてくれたのなら、今この場にいる人たちへの被害はないのかと少し安心ではある。
結局あの茶髪の男も姿を現さないままだし、ガヴラは目を覚まさないし、何が起こったのか分からず仕舞いだ。
分かっているのは、町長さんたちが操られて町が半壊したという事実だけ。
「ヒオリ様! 大変遅くなりました……!」
遠くから駆け寄ってきたのは、待ち望んでいた救世主。
「イレーニカさん! 来てくださってありがとうございます」
希望の光、治癒術士のイレーニカさんだ。
町の人全員の安否を確認した後、ドニスさんに代行してもらって手紙を書いていた。テア様は忙しくて目を通す時間がないかもしれないから、エメリク宛に。エメリクも忙しそうだけど、テア様よりは手紙とか書類の対応をすることが少ないだろうからね。
文字は書けないけど、よく危獣討伐の時なんかにサインを書いていたから、私からの手紙だってことは伝わったはず。商人さんが急いで手紙を届けてくれてよかった。
「ヒオリ様よりエメリク様へ要請を受けて参りました。領主様とエメリク様はご都合がつかずお越しになれないこと、ご容赦ください」
「いえ、来てくださっただけでもありがたいです……!」
深々と頭を下げるイレーニカさんに、ドニスさんを含めみんなが慌てて首を振る。
「私が代表のドニスです。状況をお話させていただけたらと」
「はい」
手紙で大体の説明はしていたけど、ドニスさんとクレーラさんが補足する形で状況を説明してくれた。
イレーニカさんは早速負傷者の手当てに向かってくれ、明らかな外傷の治療はあっという間に終わってしまった。元の世界でなら数日いや数週間は必要であろう治療も安静も要らずに回復するなんて、本当に治癒術は凄いし便利だ。
それでも驕ったりもせず、ひたすら仕事をこなすイレーニカさんは、とある問題に直面して眉を顰めた。
「これは……私の力ではどうにもすることができません」
「そうですか……」
「お力になれず申し訳ございません」
「いえ! 他の皆を治療していただけただけでも十分ですので……!」
頭を下げ合うドニスさんとイレーニカさん。
やっぱり眠ったままの人たちはどうにもならないらしい。一体どういう状態なんだろうか。
「変な術を使っていた奴がいたみたいなんですけど、“気”とか感じますか?」
「そうですね。考えたくありませんが、魔術の可能性があります」
やっぱりそうなんだ。というか、ミレスが魔力を持っていることについても到底信じられないって感じだったのに、魔術の可能性とか言及するのか。
私の表情や考えていることに気づいたのか、イレーニカさんが補足してくれる。
「実は各地で危獣以外の魔気の痕跡が見つかっているのです。ベルジュロー家のように魔術に手を出した者がいるのではないかと。すでに王都やその周囲では話が広がっていて、王都より離れたメッズリカ地方へも噂という形で回ってきました。注意を呼び掛けてはいるようですが、これといった証拠もないため正式にお触れを出してはいないようです」
「そうなんだ」
「はい。調べている途中なのですが、組織的なものも考えられています」
なるほど。ガヴラに憑りついていた奴もその一人だった可能性があるのか。
到底人間とは思えなかったけど、ファンタジーな世界だし、人間が霊体的なものになれたりするのかな。
世界的に喜ばしいことではないんだろうけど、幼女の隠れ蓑になるかもとちょっと思ってしまった。
「ヒオリさん、彼は治療をお願いしなくていいのかい」
「あ」
こっそりと耳打ちしてきたのはドニスさん。
そういえばそうだった。別に存在を忘れていた訳じゃないんだけど、薬師のルジェークさんが他の人と一緒にだけどずっと気にかけてくれていたし、眠ったままの人たちとは違い身動ぎはしていたから後回しにしてしまっていた。生きているならその内目を覚ますかなと。
「イレーニカさん、もう一人治療して欲しい人がいるんですけど」
一応また憑依されて暴れられてはいけないからと、少し離れたところに隔離していたガヴラの元へ向かう。
相変わらず目を閉じたままのようだった。
「ルジェークさん、今日もありがとうございます。どうですか?」
「ああ、ヒオリさん。今日も特に変わりないようです。他の人たちと違ってまだ反応があるので、希望が持てますね」
少し苦笑するルジェークさんは若干やつれて見えた。寝る間も惜しんでみんなの看病に当たってくれていたんだから当たり前だ。しかも簡単に話したガヴラの身の上話を聞いて同情したのか、より親身になって気にかけるものだから神経も相当擦り減っていると思う。
治癒術が使えるイレーニカさんが来てくれたこと、眠ったままの人たちはそのままだけど他の負傷者は治療が終わったことを伝えると、ルジェークさんは自分のことのように喜んでくれた。
「本当によかった……!」
「はい。それであとはガヴラだけなんですけど……」
「早く、目を覚ますといいですね」
温かな眼差しを向けてくるルジェークさんに少しだけ罪悪感を覚える。
ここ数日、ひたすら料理ばかりしていたからガヴラの看病はそっちのけだったし、ルジェークさんに任せきりだったから。私よりルジェークさんの方がガヴラの回復に喜んでくれるんじゃないかと思う。
「こちらの方も先ほどの方々と同じ状況ですか?」
「あ、いやこっちはまた特殊な事情があって……」
手紙に書ききれなかったガヴラの憑依と復活劇についてイレーニカさんに話す。一応その辺の話をしていたけど、憑りつかれた本人だとまた話が違うだろうし。
「──ということで、何とか一命は取り留めたんですけど、未だに目を覚まさない状況で」
「……ヒオリ様」
「はい」
「本当に、あなたというお方は……」
なぜか胡乱な目というか、呆れたような目線を向けてくるイレーニカさん。
え、私何かした?
「その不可思議な力を持つ幼子だけでなく、ゾダの一族まで従えるとは」
「何か問題が」
「大有りですよ!」
いきなりの大声に思わず耳を塞ぐ。
この人、急に興奮し出すことあるんだよな。
「ゾダの一族と言えば強制的にポゥンネルに従わせられたと言っても戦闘においては最強の一族ですよ!? 他国もどうにか手を組めないかと何度も交渉に訪れては失敗したほどです! ゾダの一族が一人いれば国の一部隊なんてあっという間に壊滅させられるんですよ……! お陰でポゥンネルは好き勝手にやるし、私の仕事も増えて……!!」
何というか、とにかくゾダの一族が凄いということは分かった。あとイレーニカさんの愚痴も。
「誰にもどうすることもできなかったゾダの一族が、ポゥンネル以外に従うなんて有り得ないことです。しかも自らの意思で? その上盟約を結んだ? ヒオリ様、戦争でもするのですか」
「ええっ、いやいや、何でそうなる」
「それほどの力を持っているって自覚してください!」
「わ、分かった。分かりましたから。とにかくガヴラの治療をですね」
「あ、それは無理です」
「え!?」




