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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第三部 追従
145/240

28.真夜中の一幕


「みんなの……」


「みんなの……?」


「みんなの食事をつくってほしい……!」


「あ、はい」


 そういうことね。一気に拍子抜けした。

 協力してくれた商人さんたちもみんな男性で料理はしないし、各地を移動したりしている関係上携帯食のようなものが多いと聞いた。つまりこの場で何かしら料理ができるのは私しかいないってことで。


「あんまり真剣な顔をするからもっと大変なことかと思いましたよ」


「大変だし大事なことだよ」


「まあそれはそうなんですけど」


 そんなこんなでドニスさんたちや商人さんたちの食事をつくり、炊き出しのような感じで振る舞った。

 ここでも発揮されたのが幼女の黒い枝。重い食材や鍋を持つのはもちろん、かき混ぜるのもやってくれるし、食材を切ったりするのまでもあっという間だった。皮剥きは多少苦戦していたけど、根気よく教えてやり続けてたらするすると剥けるようになっていた。天才。

 ミレスちゃん、厨房で働けるんじゃない? 予期せぬところで職業の幅が増えたな。


「ヒオリさん、うまいっす……!」

「本当に、本当にありがとうございます……うっ」

「これからまた頑張れます……!」


 涙ながらにご飯を食べているのはドニスさんと一緒にいた人たち。職業は警備や職人といった感じで全く料理ができないらしく、商人さんたちも一緒になって褒め称えてくるものだからちょっと引いた。

 焼いたり煮たりするくらい大したことじゃないけど、文化が違えばこんなにも重宝されるんだなと。この世界の料理人さんはもっと自信と誇りを持ってほしい。


「ヒオリさん、本当にありがとう」


「ドニスさん。いえ、大変な作業はこの子がほとんどやってくれましたし」


「君もありがとう」


「……ん」


 他人から感謝され慣れてないのか、照れ隠しのように抱き着いてくる幼女、可愛い。

 ミレスのお陰で上手くいったことなんてたくさんあるのに、私のおまけみたいな扱いも多かったから、これはかなりの進歩だね。この隣町とかヒスタルフでは信仰に近い感じとかお客様扱いだったし、一個人として接してくれる人が増えて嬉しい。


 ところで町長ことドニスさんの父親は、無残な姿で発見されたらしい。私は実際には見ていないけど、クレーラさんから聞いたところ、あのゾンビの人たちみたいに人間とは到底思えない姿だったと。一緒に倒れていた数人も同じ状態だったみたい。

 そうこうしている内に辺りがすっかり暗くなってしまったためしっかりと確認できなかったものの、近くに生存者はいなかったようだった。明日また明るくなったらもう一度調査しに行くらしい。

 今のところ幼女センサーに引っ掛かるようなものはないので、多少ゆっくり過ごせると思う。


 ドニスさんは、優しかったという実の父親を亡くして辛いだろうに、ある程度予想はしていたことだからと休む間もなく状況確認やら指示出しやら働き続けている。町長の息子だからと責任が重いんだろう。

 悲しむ暇もないけど、その方が気も紛れるかもしれないから何も言えない。その辺りは多分クレーラさんがフォローするだろうし。


 ちなみにちょっと気になっていたクレーラさんとドニスさんとの関係は、


「ああ、私たちは幼馴染なんだけど、家が代々町長の護衛をやっていたの。本当はドニスに従うべきなんだけど、小さい頃から一緒だから今さら畏まるのもできなくて」


 ということだった。

 クレーラさんに抱擁された時に感じた身体の硬さは、護衛として鍛えていたからだったらしい。確かにこの中では紅一点なのに率先して剣を握ったり前に出たりしていたしね。

 近しい関係なのは見ていて分かったけど、ただの幼馴染というだけには見えなくて、話の流れで冗談っぽく「それだけですか?」と笑うと、クレーラさんはあっけらかんとした態度で答えた。


「子どもの頃からずっと好きだったから、一度告白したことがあるの。もちろん私の家はドニスの家の護衛をしている身分だし無理だとは分かっていたけどね。でもドニスからは、身分なんかよりこんな自分の身体で負担を掛けさせる訳にはいかないからってやんわり断られたわ」


 あまりにも普通に話すものだから、自分で話を振っといて何と答えたらいいのか分からなかった。

 確かに、まだ若い年齢で歩けない身体だと、これからのことを考えると色々な負担はあるだろうし、それを考慮して気持ちを受け入れられないのかもしれない。


「負担なんて思ったこともないし、ドニスが好きな気持ちに変わりはないのにね」


「……」


「それでも強く言えなかったのは、ドニスが別に私のことを好きじゃないって思い知りたくなかっただけね」


 スープを飲みながら、ぽつりとそう言ったクレーラさんの横顔は少し寂しそうに見えた。







「ひぃ」


「ん? なぁに」


 町がこんな状態だから家主は考えずに過ごして欲しいと宛がわれた一室で寝る準備をしていると、幼女がじっとこちらを見てくる。


「すきって、なに」


「え?」


「ひぃも、よくいう」


「えーっと」


 幼女から質問をしてくるなんて、他のことに興味を持つなんて、と喜べばいいのか興奮すればいいのか。というかよりにもよってそこか。多分さっきのクレーラさんの話だよね。この子、最初の頃は感情が無に等しかったから今が吸収する時期なのか。変なことは言えない。ただの好き嫌いの話ならいいけど、流れ的にライクかラブかって話もだよね。

 いや、とにかく何か答えないと。


「色々と種類があるんだけど、一般的には好意だね。私がミレスに対して思っているのと同じ」


「ひぃ、すき?」


「もちろん」


「……」


「私が他によく言っているのは、甘い物とか、寝ることとか……これも、好ましいってこと。自分から望んでやりたいって思うくらいの感情というか。やりたくない、嫌いだっていう否定的な感情と真逆なものかな」


 好きの反対は無関心って聞くけど、それはまたややこしくなるから一旦置いておく。


「さっきのクレーラさんの話はまた別で、人に対してだと好きって意味合いが変わることがあるの。ただ人として好きってことと、恋愛感情として好きってこと。クレーラさんとドニスさんはお互いこの感情が別かもしれないってことね」


 あー、子育てとかしたことないのに何で情操教育的なことをやっているんだろうか。間違っても許して。


「れんあい」


「その好き同士が最終的に夫婦になったりするの。そして子どもが生まれたり。だから親とか子どもっていうのは、愛し合った結果というか」


「あい」


 ああああああぁぁぁぁ、かつてないほど興味を示してくれてこんなに会話が続いたのなんて初めてなのに、それがこんな難しい題材だなんて。もっと楽な話題にしようよ……!


「好きの最大級が愛っていうか。この愛も親子愛とか友愛とか、恋愛とはまた別のものがあるんだけど……まだ、難しいかな。ちょっとずつ知っていけばいいよ」


「……ん」


 よかった。とりあえず一旦話を切れそうだ。


「ひぃのすきは、あい?」


「え? いや、うん、え? まあ、そう、かな」


 これまた難しい問題を。ミレスちゃんのことは好きだけど、殺されてもいいとは思っているけど、それが愛なのかどうかはよく分からない。


 だって、家族とも疎遠で今まで生きてきて大した恋愛もしたことのないアラサーだよ……!?


「ひぃと、こども、できる?」


「できません!!」


 思わず声を上げる。これほどまでに幼女の考えが分からなかったことはない。

 何、どういうこと。何かを試されているのか私は。大体クレーラさんの話じゃなかったのか。ガヴラと張り合っていたみたいだし、最近浮気判定が厳しいし、その辺も関係しているのかもしれない。ただの寂しがりというか、親が他に取られる、みたいな子どもの嫉妬みたいなものだったらいいんだけど。

 とにかく徐々にこっちに向かってくる黒い枝をしまいなさい。


「あのね、私とミレスには子どもはできないかもしれないけど、私がミレスのことが好きだってことには変わりないから」


「いちばん?」


「うん。ミレスが一番だよ」


「ん」


 やっと納得したのか、というかそれが聞きたかったのか、擦り寄ってきては私の胸に顔を埋めた幼女。黒い枝も引っ込んだ。

 よかった。このちょっとした地獄から解放されるらしい。


「……ふぅ」


 何だか今日一番疲れたな、と思いながら眠りにつくのだった。







 暗い夜道の中、ひたすら走る影があった。僅かに灯る光から逃げるように、ただひたすらに走る。


 ──有り得ない、有り得ない、有り得ないッ!


 四肢は短く、どんなに必死に走っても距離を稼げない。それでもとにかく遠くへ逃げなければ。

 どうせこれも代替品でしかない。適当に乗り換えればいい。


 ──許さない、許さない、許さない……!


 怒りと憎しみを抱きながら、木々の間を懸命に走り続ける。

 石や木で傷つき、血を流しながら、痛みも忘れて走り続けた。


「見ーつけた」


「ッ!?」


 急に耳元で広がる声に、思わず速度が遅くなる。

 それだけではない。四肢が痺れ、力を失くし、歩みは完全に止まった。

 背後から襲ってくるのは、全身が震え上がるほどの恐怖。


「君はちょっとやり過ぎたよね」


 動けない、振り向けない。

 振り向いたら──。


「ァ、ァ、ァ、やめ──」


 ──びしゃり。木々に赤い飛沫が、そして地面には赤い血溜まりが広がっていく。


「あーあ、バレないといいんだけど」


 その一言を残し、生き物の気配は消える。


 誰もいない林の中、一匹の動物の死骸が淡い光に照らされていた。


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