27.救出
GWの仕事やら何やらで忙しくて遅くなりました、すみません…!
身体は重く、指先一つすら動かせない。
失っていく血と温もりから、もうすぐ死ぬのだと分かった。それなのにこれほどまでに穏やかな気分でいられるのは、主のお陰だろう。
復讐よりも誰かのために命を捧げたいと、たった一人に付き従いたいと思うなど想像もできなかった。
ああ、それにしてもなかなか死ねないものだ。
心臓を一突きしたというのに、この身体は未だ抵抗を続けているらしい。さすがにこれだけの致命傷からは逃れられないというのにしぶといものだ。
揺蕩う意識の中、痛みさえ消え、ただ暗闇に沈んでいくのを待った。
しかし、ガヴラに襲ってきたものは息苦しさだった。
とうに感覚など失っていたものだと思っていたのに、水に溺れるような錯覚を得る。まるで水責めされているかのようだ。
そんなことを思っていたら、今度は砂を食っているような感覚がした。過去にポゥンネルの王子に生き埋めされそうになった時を思い出す。
水と砂に溺れる最期とは。碌な死に方をしないとは思っていたが、少しくらい良い思い出を見せてくれてもいいものを。
そんなささやかな願いが届いたのか、主の霊気を僅かに感じた。水溜りに水滴が一滴垂れるような、ほんの僅かな主の痕跡。
それでも、最期に主を感じられて良かった。もう思い残すことはない。
──嘘だ。
嘘ではない。主の従者で良かった。
──本当は──かった。
それはもう叶わない。
──様。
もう望めない。
──ヒオリ様。
何かが流れ込んでくる。
誰かの霊気だ。
主の霊気が薄くなるのが嫌で、必死にその跡を辿る。
ああ、何とみっともない。
──ヒオリ様と──。
──ヒオリ様と、最後に──。
もう死ぬ人間には何もできないのに。
──最後に、盟約を──。
◇
「ガヴラ!」
「──ぅ」
「ガヴラ!?」
「起きてくれ!」
小さく呻くようなガヴラの声。まさかと思って確認すると、かなり浅いものの呼吸をしていた。橈骨も弱々しくだけど脈打っている。
生きている。
あんなに絶望的な状態だったのに、ちゃんと生きている。
「よ、よか──っ」
零れそうになる涙を必死に堪える。
ガヴラが助かって嬉しい。だけど、注意しなければならないこともある。
「ガヴラに入ってた奴は……」
黄緑頭の子どもは血を流して倒れたままだ。ガヴラが瀕死になったことで元の身体に戻ったかもしれないと思ったけど、そんな様子はなかった。
一体どこに行ったのか。そのまま消滅してくれていたらありがたいんだけど、そんな都合のいいことあるだろうか。
「何探してるの?」
きょろきょろと周囲を見回す私を不思議に思ったのか、茶髪の男が話しかけてくる。
これまでなら無視していたところだけど、この男のお陰でガヴラが助かったという事実がある。スルーする訳にもいかないし、もしかしたら何か知っているかもしれないし。
男に今でのことを掻い摘んで話すと、男は首を捻って「うーん」と考えるような様子を見せたあと、思い出したように首の傾きを戻した。
「心当たりがあるかも」
「えっ、ほんと!?」
あまり期待はしてなかったけど、予想外に役に立つなこの人。詐欺師とか思ってごめん。
「まあそれはこっちでどうにかしとくよ」
「どうにかなる問題なの?」
「とりあえずもうここにはいないから安心していいよ」
「何でそんなこと分かるの」
「まあそんなことはいいじゃないか。それより早く行ってあげたら?」
胡散臭いけど、仕方ない。これまでなら疑っていたところだけど以下略。
掴めないキャラとはいえ、さすがに酷い嘘を吐くようには見えないから信じることにしよう。
それにこの人の言う通り、ここで押し問答を続けるよりも早く他の人の救助に向かったほうがいい。
ガヴラには薬師の人がついてくれているし、今もよく分からない薬のようなものを与えてくれている。息を吹き返したとはいえ意識のない人間に内服薬は難しいためか、口で口を塞ぐという漫画で見るような光景は見なかったことにしよう。うん。
「じゃあミレスちゃん、また手伝ってくれる?」
「ん」
せっかくミリエンから新しい服を貰って申し訳ないけど、幼女にも頑張ってもらおう。
それからは、みんなで協力して状況把握と救出作業に励んだ。
ありがたいことに、この町を通過するだけだったという商人さんたちも率先して手伝ってくれた。あのY字の通行止めを解除してくれたお礼がしたいからと、無報酬で力を貸してくれると力強く言われたら何も言い返せなかった。
この町のことに関して私がお礼をするのも変な話だし、その辺はドニスさんたちに任せよう。
建物の被害はこの辺り見える範囲くらいで、遠くの方は無事だった。あの黄緑頭の子どもが暴れ始めたくらいだったんだろう。
被害があった場所から近く、安全が確保されたところに簡易的な拠点を作り、歩けないドニスさんが司令塔になってみんなを纏めてくれた。
幼女の黒い枝のお陰で救出作業はかなりスムーズに進んだし、何とか日が沈む前に終えることができた。あとは負傷者の治療と復興作業だ。
この時点でやっとここに来た当初の目的であるおじさんの娘さんのことを思い出したけど、本人確認をしようになかった。
と言うのも、無事に生存している町の人が少ない。ガヴラと幼女が対応した人たちは言わずもがな、後はしっかりとコミュニケーションが取れる人がほとんどいなかった。
一部の人はドニスさんのように隠れ潜んでいたものの、食事も睡眠も十分に取れず脱水と飢餓状態で意識も悪い。
そして倒れていた人の一部は私たちに襲い掛かってきた人たちのようにすでに生きている状態ではなかった。
でも大半である残りの人たちは、明らかな外傷もなく脈も呼吸もしっかり確認できるのに、意識がない状態だった。眠っているだけのように見えるけど、大声で呼び掛けても肩を叩いても反応しないし、謝りつつ与えた痛み刺激にも同様だった。
考えられるのは、怪しい術とやらか。
結局魔術だか何だか分からないままだし、ガヴラに取り憑いていた奴の正体も行方も不明なままだ。
ガヴラ以外の誰かに憑依した様子はないからそれだけが救いだけど、分からないことだらけで嫌になる。
そういえば、お礼が言いたかったのに茶髪の男もいつの間にかいなくなっていた。ガヴラに憑依した奴に心当たりがあるって言っていたから、それの対処をしてくれているんだろうか。
というか本当に一人でどうにかなるのか。意外とあの人強かったりするのか。実は凄腕の術士だったりして。
いや、それなら初めて会った時に屈強そうな男たちからあっさり退く必要はないはずだし。
「ヒオリさん」
「あ、はい」
作業の休憩中にうんうん唸っていたら、名前を呼ばれた。
最早見慣れてしまったクレーラさんにおんぶされるドニスさんだけど、その目があまりに真剣でちょっと身構えてしまった。
ガヴラは恩人の一人である薬師のルジェークさんが診てくれて状態が落ち着いているはずだし、眠ったままの人たちは今もずっと意識を取り戻していないはず。その他に何か悪いことが起こったのか。
「ヒオリさんにお願いがあるんだ」
「あなたにしかできないことよ」
二人の顔の圧が凄い。一体何なんだろう。私にしかできないことなんて特に思いつかない。




