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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第三部 追従
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25.ガヴラ 後編

ちょっと長いですが、これでも短くした方なんです…(本当は前後に分けるつもりもなかった)。


 気が済むまで王女の鞭で叩かれ、試し斬りとばかりに王子に剣で斬りつけられ、その他大勢の男たちから殴り、蹴られ、丸一日が経った。しばらくして傷が塞がってくると、その傷を抉るように刃物を突き立てられた。己の回復力をこれほど恨んだことはない。

 だがこれも一族の皆が受けた仕打ちだと思えば、恨みと憎しみで耐えることができた。

 そうして暴力と回復を繰り返し、時間も分からないまま、恐らく数日が経った。


 最後の餞別とばかりに死なない程度の暴力を受けたガヴラは、貧相な荷車に乗せられ長時間揺られた。


 一体どのくらい経ったのか、ぼんやりとした思考では判断できない。

 ただよく考えたものだと、あれだけ憎しみを抱いていたポゥンネルに少し感心していた。

 直接殺せないのなら、一生目の前に現れないようにすればいいと。


 遺棄場とは、近隣の国で噂されているものの正式に認知されてはいない場所だった。

 入ったら最後、出てきた者はいない。溢れる“気”に侵され、死んでいく。


「オイ、さっさと降りろ!」


 ヒスロの御者に蹴り飛ばされ、地に転がる。


「何か気味悪いな……早く帰ろうぜ」


「そうだな」


 漂う悪臭と“気”を感じたらしい男たちが足早に立ち去っていく。

 きっと何も知らされていないのだろう。噂も知らないような奴らを金で雇うなんて簡単なことだ。


 ギャァァァァァアアアアアッ!


 遠くで悲鳴が聞こえた。恐らく引き返した二人とヒスロが犠牲になったのだろう。

 遺棄場の結界から出ようとした者は、例外なく死ぬ。


「……」


 この身体は簡単には死なない。僅かでも霊気があれば傷を修復し、しぶとく生きようとする生命力がある。

 しかし、“気”に満ちたこの場所では傷は治るどころか悪化していく。待っているのは緩やかな死だ。


 ──どうせなら、楽に死にたい。


 これも同族が願っていたことかと思うと、怒りと憎しみが湧いてきた。そんな感情、とっくに失せたと思っていたのに。


 しばらくして少し体力が戻ってきたところで、これ以上不毛な感情や願いを抱かないよう、死期を早めるために奥へと向かった。

 ツェビフェリューの泉へ近づけば、もっと濃い“気”へと近づけば、きっと正気など失せるだろう。

 結界に触れた方が確実に死ねるだろうが、泉の方が近いはず。


 重い身体を引きずるように歩みを進めると、ぼやける視界に映ったのは見たことのない死地だった。

 戦場で死体など見飽きたが、ここまで身体が溶けたり骨が散乱したりしている光景を見るのは初めてだった。


「ぅ──ッ」


 悪臭と濃い“気”に気分が悪くなる。

 だが吐き気と眩暈を催すだけで、死ぬ感覚はない。

 これでは駄目だ。そうぼんやりと思いながら、どうにか奥へ奥へと必死に歩みを進める中、ガヴラは意識を手放した。







「……」


 意識が浮上してまず思ったのが、やはり死ねなかったのか、ということだった。


 意識を手放す前より“気”が薄まっている原因を探るべく周囲を見渡せば、死地の視界を遮る壁があった。どうやらぼろぼろではあるが建物の中にいるらしい。

 そこには三十ほどの様々な人間がいた。事情はどうあれ、全員捨てられたのだろう。その表情に怯えはなく、ただただ生気を失っていた。生きることを諦め、ただ死を待つだけ。


 誰か知らないが、余計なことを。


 普通の人間なら餓死もできるが、ゾダの一族には程遠い死因だ。やはりもっと濃い“気”に触れるしかない。

 一気に濃い“気”に触れるため、汚染されたツェビフェリューの泉へ向かうための体力を養わなければいけない。

 正気ならば笑ってしまうような思考だったが、この時のガヴラはそれしかないと思い込んでいた。



 外は薄暗く、日が暮れたのか開けたのか分からず時間感覚はない。それでも恐らく二日ほど経っただろうと思われる頃、歩ける程度には回復した。“気”が多少濃いだけではゾダにとっては身体強化の環境でしかないらしい。

 今更生命力が増したところで、嬉しくもない。


 いっそ結界へ向かおうとも考えたが、傷が塞がり体力が回復するにつれ、自死することに違和感を持つようになった。

 なぜこんなところで死ななければならないのか。まだ奴らを殺せる力くらい残っている。最後の力を振り絞って、復讐したい。


 だが、ここから出られる術を持たないことなど理解している。

 だからこそ、正気を失う必要があった。この世に未練を残し、憎しみを抱きながら逝きたくない。



 もう少しで泉へ到達するまでの体力が回復するというところで、その異変は起きた。


 何かが、人間離れした速さで近づいてくる。

 霊力はかなり乏しいものの、恐らく人間だ。徐々にこちらへ向かってくるのが分かったが、その気配は戦いに慣れた者でもない、普通の人間のようだった。ヒスロで突っ込んできたのかとも思ったが、人間の反応しか見られない。


 そして開けた建物の一部から現れたのは、女とその腕に抱えられた幼子だった。

 外套で隠れて見えにくいが、ガヴラと同じく珍しい黒髪だった。そして幼子は白く波打つ長髪に黄金の瞳。上質な布で仕立てられた服はどこかの貴族のようで、とても捨てられた人間だとは思えなかった。


「……」


 この状況を把握しようとしているのか、視線を彷徨わせる女と目が合う。思わず口を開くが、長年発していない声帯は壊れているのか、喉が嗄れているからか、声にならなかった。

 女は近づいてきたかと思うと、何かを差し出してきた。


「はい」


 筒に入ったそれは、恐らく水だ。

 二人の正体と意図が分からず躊躇するが、目の前の欲望に逆らえず口にした。生温いそれは紛れもなく水だった。

 無意識に筒の中のそれを飲み干す。


 気づけば女は周囲の人間にも同じように施しをしていた。しかも“気”に触れているのに体調を崩す様子もない。

 聖職者には見えないが、ここにいる人間にとってはそう思えたに違いない。


 しばらくして女はヒオリと名乗り、幼子をミレスと紹介した。

 到底捨てられたとは思えない二人は、ここへ来た事情を話した。遺棄場へ迷い込んだなどと有り得ないことを言っていたが、ここの光景を見て平然としているように見えるところからも、嘘ではないのかもしれない。

 危機感がないのか、現実逃避しているのか、遺棄場の話を聞いた時も「へぇ」と短く相槌を打つだけだった。


「その何ちゃらの泉って、近いの?」


 その言葉を聞いた皆は、余程の馬鹿か自死希望者だと思っただろう。濃い“気”の発生源になど、誰が行きたいと思うのか。

 だがガヴラは彼女の言葉が気に掛かり、後をついていくことにした。そもそも泉の“気”に触れようと思っていたところだ。彼女は死ぬ気はないと言っていたが、自死以外の目的が見当たらない。


 しかし、ガヴラを含め、遺棄場にいた全員が彼女たちの行動に驚かされることになる。

 死ぬ気はないどころか、何と“気”が溢れる泉を浄化したのだった。“気”はどうにかなると思っていたが浄化までできるとは思っていなかったと言う彼女に二重に驚く。この“気”をどうにかできると思う根拠が、彼女の危機感のなさそうな態度に繋がっていたのかもしれない。


 それからも彼女は遺棄場に残された者たちの救済を続けた。泉が浄化されただけでも十分な慈善だというのに、その見返りを求めるどころかただ「このままだと何か後味悪いじゃん」などという理由だけで、ここで暮らしていけるだけの術と知恵を授けようとした。

 皆は一様に彼女を聖女だと言い囃した。現存しない伝承上での存在だが、“気”を晴らし泉を浄化し、身分など関係なく接し救おうとするその姿はそれ以外に言い表せなかった。

 実際に泉を浄化までしたのは彼女の抱く幼子だったが、人形のように無表情で自ら何か行動することもない。そのため、かつての聖女も聖獣や霊獣その他を従えていたと言われることから、彼女の力の一部だと捉える者が多かった。


 皆が聖女たる救世主と泉の霊気で活気を取り戻す中、ガヴラも例外ではなかった。ポゥンネルにいた頃より遥かに漲る力を感じ、奴らへの復讐など至極簡単なことのように思えた。

 だが、ここから出られなければ意味がない。さすがにゾダと言えど、結界を抜けることは不可能だ。


「これさえ、なければ」


 豊富な霊気を作り出す泉ですらもこの枷はどうにもならなかった。多くの術士と引き換えに作られた枷は、折り重なった複雑な術式を構築し、いかに優秀な術士と言えども解除できないほどになっていた。

 それはそうだ。魔晶石という禁忌に手を出したのだから。

 ゾダの一族という戦闘に特化した肉体を持つ彼らを抑制するため、“気”を用いて呪いを課した。ガヴラが五歳の頃、急成長する身体を気味悪がった王女が癇癪を起こし、国内外からあらゆる術士を集めて完成させたのが、この枷だ。


 一生子どもの姿のまま、本来の力を取り戻せず、このままここで憎悪を抱いて生きていくしかないのだろう。

 そう、思っていた。


「それが外れたら凄い力でも解放されるの?」


 嫌味でもない何でもない、ただの純粋な疑問で彼女はそう言った。

 ガヴラは彼女が抱える白い幼子を見つめ、答える。


「スクなくとも、イッシュンでヤられはしない」


 そうだ。枷が外れて本来の力が取り戻せたら、一国を滅ぼすことなど容易だ。一族を貶めたポゥンネルなど相手ではない。

 その幼子の実力は測り知れないが、瞬殺されるような真似はしない。


「ミレスちゃん、あれ壊せる?」


「ん」


 何を言っているのだろうと本気で思った。そんないとも簡単に壊せるようなものなら、ここまで苦しみ、悩むことなどなかった。

 しかしガヴラの思いなど知りもせず、幼子から放たれたらしい黒い何かが枷へと触れた瞬間、小気味良いを立ててそれは真っ二つに割れた。さらに重々しい音を立てて地面に落ちるそれを、呆然と見つめることしかできない。


 ずっとこのままだと思っていた。ずっとあの憎き国への思いを抱きながら過ごしていくのだと。

 だが、あの忌々しい枷が、外れた。一瞬で、呆気なく。


「じゃ、頑張って貢献しなよ~少年」


 まるで何事もなかったかのように、ひらひらと手を振り去っていく彼女。

 何もかもが衝撃すぎて、ガヴラは呆然とその姿が消えるまで見つめることしかできなかった。







 枷が外れたその夜は激痛を伴い肉体が急成長した。あえて泉の元で過ごすことで、上質な霊気を取り込んだ。

 そうして一夜で本来の姿へ戻ったガヴラは、今までずっと復讐に燃えていた心が穏やかになっていることに気づく。あれだけ力を取り戻せたら、ポゥンネルを葬ってやると思っていたのに。


 ──いい人を見つけてね。唯一の人に、尽くすのよ。そうしてもっと強くなるの。


 いつかの母親の言葉が脳内を巡る。


「──そうだ」


 もっと強くなれる。あの方と──ヒオリ様と共にいれば。


 彼女を唯一の主と定めたガヴラは、彼女が大事にする幼子と張り合いながらも共に在ろうとした。

 遺棄場に残る者たちへ狩りや戦闘の術を授けると、彼女は喜んだ。その姿を見ると、なぜか胸の辺りが少し温かく感じた。


 誰もが羨ましいと焦がれるゾダからの忠誠は、彼女は鬱陶しそうだった。それでも、ポゥンネルの奴らのような暴力も暴言もなかった。それどころか、一人の人間として扱われ、今まで生きてきて初めての対応ばかりだった。

 結界を抜けたその代償はかなりのものだったが、それでも放っておけばその内治るような傷に、彼女は貴重な泉の水を使った。

 それだけではない。

 同じ席に着いて、同じ食事を与えた。

 平民でも着ないような上質な服を与え、髪まで整えた。

 できて当然のことを褒めた。


 ──辛かったね。今までよく頑張った。


 赤子の頃に母親にされて以来だった、頭を撫でた。


 ──はい。


 初めて、贈り物を貰った。


 全て、今までとは雲泥の扱いに戸惑いながらも、より一層彼女への忠誠を誓った。初めて枷がなくても従いたいと思った相手だった。

 いつか一族の無念は晴らしたいと考えているが、もうポゥンネルへの復讐など些末なことのように思えた。それほどまでに彼女と過ごす日々は何もかもが新鮮で特別だった。ずっと従いたいと思った。


 この国、いやこの世界の常識を知らないような彼女に、本来の一族の仕来りを強いるつもりはなかった。いずれ彼女が受け入れる準備ができたら、願おうと思っていた。


 今思えば、やはり遅かったのだ。盟約を交わしていれば、唯一である主を困らせずに済んだ。


 ──て。


 お人好しの彼女がとある男の願いを請けて町へ向かい、妙な事件に巻き込まれたときも、もっと力があれば良かったのに。何て無力なのか。

 迂闊にも身体を奪われ、唯一の主に歯向かった自分など、許される訳がない。こんな自分はもう必要ない。


 ──して、──ラ。


 ああ、主の声が聞こえる。

 こんな自分のために、声を震わせないで欲しい。気に悩まないで欲しい。

 ただの従者の死を、悼まないで欲しい。


「──ガヴラ!」


 最後に、盟約を交わしたかった。


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