23.憑依
ちらっと周囲を確認すると、異様な空気を感じたのかドニスさんたちはみんな離れているところにいた。できれば視界に入らないくらい遠くに避難して欲しいくらいだけど、とりあえずは安心だ。
「あんた、さっきそこの子どもに入ってた奴?」
「ふぅん。ただの馬鹿じゃないようだね」
ガヴラの身体を乗っ取ったのか。
これまで子どもの姿でじっとしていたのは、これを狙っていたのか。
「あんたの目的は何? 町をこんなにして何がしたいの?」
「答える必要はないねぇ。もう──死ぬんだから、サッ」
言い終わると同時に近くに落ちていた剣を拾って斬りかかってくるガヴラの皮を被った何か。
すぐさま幼女の黒い枝がそれを阻む。
「あァ、いいねぇ。ソッチの身体のほうが相性がヨさそうだ。ソッチを寄こせ!」
黒い枝を振り払い、こちらに進もうとする得体の知れない何か。
「ひぃ」
「ま、待って。殺さないで」
「ん」
「余裕だねぇ!」
幼女が攻撃を凌いでくれている間に必死に考えを巡らせる。
ガヴラに憑りついたのがこの惨状の原因なのだとしたら、あの黄緑頭の子どもも被害者なんじゃないか。そうすると、本体は一体どこにあるのか。元々精神体のようなものなのか。
子どもの身体では術を使っていたみたいだけど、ガヴラに憑りついてからは詠唱とやらをする様子はない。ガヴラの身体が術の詠唱に向いてないのか、する必要がないと思われているのか。
今はこうしてこっちに攻撃が向いているけど、いつ他の人たちに向けられるか分からない。人質にされては事態が悪化する。
というか、仮に宿主がやられてもまた別の身体に乗り移られては意味がない。
この場でガヴラ以上に強いのが多分幼女しかいないからその点に関しては今はいいけど、逃げ場なんていくらでもある状態だし。
それに宿主の精神はどうなるんだろう。抑圧された状態なのか、それとも──。
「何か、何かないの?」
最悪の想定はしていなければいけない。
でも、せっかく遺棄場を出て自由を掴んだガヴラを死なせるなんてこと、したくない。
「ガヴラ! しっかりして!」
「無駄だよ! もうこの身体はもらった!」
「うっさい! あんたに話しかけてない!」
無理なのか。ガヴラはもういないのか。
「無駄だって言ってるだろ! いい感じに馴染んでき──ッ」
何か言いかけた奴の身体を黒い枝が締め上げる。
「え、ちょっ」
そしてそのまま、ブンッと地面に叩きつけた。
「ガハッ」
「がぅ、おきる」
「グ──ッ」
幼女なりに配慮しているのか何なのか、地面に叩きつけられ血を吐く奴の頬をぺちぺちと黒い枝で叩いている。
元のダメージも蓄積してさすがにまずいのではと思ったけど、ある程度傷は塞がっているようだった。ガヴラの自己修復力に驚かされる。
「ひぃ、こまる」
尚も黒い枝でガヴラの身体を軽く痛め付けている幼女。
「……そう、だよね」
やらないより、やれることをやったほうが後悔しないよね。
「ミレスちゃん、そのまま押さえててね」
黒い枝に動きを封じられている奴に近づく。
「ガヴラ」
そして、思い切りその頬を平手打ちした。
「な──ッ」
「いい加減にして! 私を守るんでしょ!? あんた自分で言ったことも守れないの!?」
右手がめちゃくちゃ痛い。大人になってから他人を物理的に攻撃したことなんてない。
「オ、マエ──ッ」
「あんたの忠誠ってそんなものだったの!? ガヴラ!!」
歯を食い縛り、渾身の力を込めて握り拳をお見舞い──しようとしたところで、もう一度黒い枝がガヴラの身体を持ち上げては、地面に叩きつけた。
「ガ──ッ」
バンッと大きな音を立てて地面にのめり込む長身。
最悪骨折くらいは覚悟していた右手は、宙を切って行き場を失くす。
「み、ミレスちゃん……?」
思った以上に痛めつけられているガヴラ。当の本人は小さく呻きながらぴくぴくと痙攣している。
「ひぃが、いたいこと、ない」
「あ、うん……ありがと」
庇ってくれたんだろうけど、今はそういうことじゃなかった。
仕方がないので、反撃すらできないであろうガヴラの元へ近づき、その手を掴む。
「ガヴラ、しっかりして。こんなところでやられていい訳ないでしょ?」
余程ダメージが酷いのか、だらんと力を失った手。これ以上は危険だ。ガヴラの精神が戻る前に、身体が限界だと思う。
ガヴラの精神が残っていることに賭けて、ひたすら訴え続けるしかない。
というか、身体のダメージに耐えられずに中身が出て行ってくれないかな。
「……ぅ……」
「ガヴラ──っ!?」
再び何か声を掛けようとしたところで、ガヴラの手に力が入る。そして逆に腕を掴まれた。
「い──っ」
こんなにダメージを受けた身体のどこにそんな力が残っているのか、ギリギリと締め付けられる腕。
「──ァあ、余計な、こと、するなよ、小娘ェ──!」
「──っ」
血流が妨げられ徐々に指先が白くなり、冷たくなっていく。このまま握り潰されるのではないかという程の力だった。
そこへ黒い枝が、私を掴むガヴラの腕に絡みついたかと思ったら、勢い良く締め付けた。
「ギぃ──ァッ」
ベキッ、と。音がした。同時に人間の可動域を超えた方向へ折れ曲がるガヴラの手。
ガヴラの手から開放された手は血流を取り戻し、じんじんと痺れる。
「う、う、ううう腕がァァァァァッ! 許さ、ない、許さないぞ、オマエみたいな半端モノとぉォォッ、小娘がぁぁぁァァァァァアアア……!!」
荒い息で叫びながら、ゆっくりと立ち上がり向かってくる。片手は変な方向に曲がってるし全身からぼたぼたと血が流れているし、ゾンビ以上にホラーだ。
「小娘ぇぇぇエエエエ──ッ、ガァッ!?」
私でも走って逃げればどうにかなるレベルの速さだったけど、なぜかその前に膝から崩れ落ちた。見た目からしても酷い傷だし、身体的に限界が来たのかもしれない。
「ッぐ、ぅ」
激昂した様子とは一転して苦しみ出したガヴラ。
「ァ──ッ、ぁ、は──ッ」
ゆっくりと無事な方の腕を腰に回したかと思えば、その手に取ったのは、見覚えのあるナイフ。
──大切にします。
そう言って、忠誠を表したあの時を思い出す。
「──ッ」
ガヴラの意識がまだ残っているのか、そして必死に抵抗しているのか、藻掻き苦しみながら、ナイフを握り締めている。
「──」
次の瞬間、彼はナイフを思い切り自分の胸に突き刺した。
「──ぁ」
ぼたぼたと流れる血と、苦し気な表情、虚ろな目。
「ヒ、オリ……さ……」
「ガヴラ──っ!」




