21.悲しき決断
何を言い出すかと思えば、そんなこと?
「せっかくヒオリ様からいただいたものを……」
「服は買えばいいし! え、何。それでそんな顔してたの? 傷は大丈夫なの?」
「こんなもの掠り傷です」
いや、さすがに掠り傷には見えないけど。出血止まってないし。
それにしても何だ、貰った服がぼろぼろになったことにそんなに罪悪感持ってたのか。ずれているぞ少年。
「で、何があったの。これ、全部あんたがやったの?」
「ほとんどはこいつのせいです」
そう言って突き出されたのは、ガヴラの片手に口を塞がれている黄緑の髪の子ども。体格の大きいガヴラのローブに隠れて見えなかったけど、ずっと掴まれていたらしい。
「んー! んんー!」
藻掻くようにジタバタと動き、何かを言おうとしているものの、ガヴラに動きを抑えられて叶わない。
まさか町の人たちを操る術を使うのがこんな子どもなんて。
いや、ファンタジーな世界だから別におかしくないけど。外見で言ったら幼女の方がか弱く見えるし。
ただ、大人数を洗脳して武器を作らせるなんてあんまり子どもっぽい発想とは思えない。やっぱり人外なんだろうか。
抵抗するのに疲れたのか、フーッと威嚇の息を漏らしながらも大人しくなった子ども。
今まで出会った人たちの顔面偏差値が高かったせいで美形とは言い難いけど、中性的に見えた。スカートでも履いてくれていたら女の子かもと思えるけど、ローブから見えるのはズボンだし。
「この子が黒幕?」
「恐らくは」
「変な術、今は使えないの?」
「はい。口を塞いでいれば詠唱できませんので」
なるほど。そういえば、みんな霊術やら治癒術を使うときは何かぶつぶつ言ってたな。詠唱ってもっと中二病的な必殺技叫ぶイメージが勝手にあったから、何となく結びつかなかった。
それにしても、言葉は分かるのに詠唱が聞き取れないのは何でだろうか。また異世界の謎が増えたな。
「大丈夫か!」
「オイ、しっかりしろ!」
ガヴラの言葉に危険はないと判断したのか、男性陣が倒れている人たちに駆け寄っていく。
「町の人たちは無事なの?」
「オレは意識を飛ばしただけですが、こいつが何をしたのかは分かりません」
一応町の人たちをむやみに傷付けないよう配慮してくれたらしい。
私も町の人たちの救助にあたりたいのは山々だけど、先にこの黒幕だと思われる子どもをどうかしないといけない気がする。きっとガヴラは判断をこっちに求めるだろうし。
「やる?」
「ヤりますか?」
同時に向けられる、純粋な瞳。
だから、変なところで意気投合するんじゃないよ。
「もしまだ町の人たちが操られているんなら、その術を使っている奴を殺すのはまずいんじゃない?」
「確かにそうかもしれませんが──」
何かを言いかけたガヴラが止まる。片手に子どもを掴んだまま、近くに落ちていた剣を拾った。
「う……あ……」
「ぎ……ぃ」
小さく呻くような声が聞こえる。
その発生源を探すため視線を彷徨わせると、倒れている人たちがゆっくりと動き始めた。
「おい、いきなりどうしたんだ!?」
「た、確かに、あいつは……」
救護に当たっていた人たちが驚き狼狽えている。
遠くで見ていた限り、声掛けにも反応がないようだったから、急に動き始めたのが不可解だったんだろう。
しかも近くにいる救助者に目もくれず、ゆっくりとした動作で立ち上がると、土気色の顔のままこちらへやってくる。足取りも覚束ないし、変わらず呻き声を上げているし、まるでゾンビのようだ。
「どこに行くんだ!」
「どうした! しっかりしろ!」
一体何が起こっているのか。
元凶はあの黄緑頭の子どもなんだろうけど、まともに会話ができるとも限らない。ガヴラが手を離せば何かしらの詠唱を始めて状況が悪化する可能性だってある。
「ぎ、あ……」
とりあえず、無事な人たちの避難が先だよね? 映画なんかでよく見るけど、ゾンビに噛まれたり攻撃を受けたりすると同じように感染するリスクは十分に考えられる。
ひとまずここから離れようと、みんなに声を掛けようとした瞬間だった。
「ガ──ッ!」
ガヴラが、拾った剣で一人の首を刎ねた。
「ちょっ、ちょっと!」
「もう手遅れです。助からない」
「何か方法があるかもしれないでしょ!」
まるで虫を追い払うかのように、無慈悲に剣を振るう。
一つ、二つ、胴体と切り離された頭が四方に飛んでいく。その表情は何も灯さない。
「泉の水でもあれば多少可能性はあるかもしれませんが」
会話をしながらも、向かってくるゾンビのような町の人たちをどんどん斬っていくガヴラ。
さっきまではバイオハザードの方を懸念していたのに、それどころじゃなくなった。
目の前で繰り広げられる悲惨な光景に、思わず吐気を催す。
斬られているのは、獣でも何でもない、人だ。
「っガヴラ!」
剣を持つ右手を掴む。
「ミレス、みんなを縛り上げて!」
「ん」
言うや否や、すぐさま黒い枝で町の人たちを拘束していく幼女。
「時間稼ぎにしかなりませんよ」
掴まれた腕を振り解くことなく動きを止めたまま、冷酷に告げるガヴラ。
「う、が……が……」
「あ、ああ──ッ!」
「い……ぎ……」
無数の黒い枝に吊し上げられた町の人たちが、苦しむような声を上げる。
「今ここで死んだ方が楽だと思いますが」
ガヴラの言葉が胸に刺さる。
本当に何もできないのなら、そうかもしれない。長く苦しみ藻掻くより、一瞬の痛みの方がいい。私ならそうする。きっとガヴラなら痛みすら感じないほどあっという間に殺してくれるんだろう。
これまでも、そうだった。延命治療をして、探して、何になるんだろう。
回復するかも分からないのに、苦痛だけを与え続けるだけなんて。
でも、本当に何もないのか。何かできないのか。
泉の水ももうない。取りに行く時間なんてない。治癒術も使えない。
「……! ミレスちゃん、泉を浄化したみたいにできない!?」
必死に絞り出した案は、ふるふると首を横に振る幼女に否定される。
そして、すっと黄緑色の子どもを指差した。
「うごき、とめるなら、ころすしかない。でも、ころしても、たすからない」
「な、何で」
「もう、しんでるから」
「っ!」
黒い枝の中で藻掻く町の人たちを見る。顔色は血の気を失って、眼球は四方を向き、皮膚が爛れ落ちている人もいる。とても生きているとは思えない。本当にゾンビみたいだった。
どうすればいい。
あの子どもの命を奪ったところでみんなが助からないなら、それをする意味があるのか。ガヴラの言う通り、みんなを楽にして、術者であるあの子どもを尋問するほうがいいのではないか。
でも、町の人たちを救えないのに、その元凶を生かすのか。
どうして、こんな判断をしなければいけないんだろう。
「ヒオリさん」
思わず歯を食いしばっていたところ、後ろから声を掛けられる。
振り返ると、クレーラさんに背負われたドニスさんがいた。
「こんな姿で申し訳ない」
「い、え……」
「楽にしてあげてください」
「──!」
「ドニスさん……!」
涙を流しながら、次々とドニスさんを見る残された人たち。
「あなたは何も悪くないわ。だから、もう終わらせてあげて」
そっとドニスさんを地面へ下ろしながら、クレーラさんが真剣な眼差しで告げる。
「……」
もう、それしかないんだろう。
すでに死んでいる人たちを救う術などない。
「下ろせ。オレがやる」
ガヴラが幼女に言う。
幼女はふるふると首を横に振った。
「ぎ──ッ」
黒い枝の中で足掻いていた人たちが、次々と動きを止める。
ガクンと意識を失ったように、電池の切れたロボットのように、頭を倒して動かなくなった。きっと残った生命力を奪ったのだろう。
黒い枝はゆっくりと全員を地に下ろすと、すっと消えた。
「……ひぃ」
幼女を抱き締める腕に力が籠もる。寄り添ってくる幼女に涙が滲んだ。
「……おやすみ」
活動を停止した人たちの瞼を閉じながら、クレーラさんは小さく呟く。
「ありがとう」
後ろからドニスさんの声が聞こえた。




