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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第三部 追従
136/240

19.ハードルが上がっているような気がする


「……あなた、料理できるの?」


「はい。まあ簡単なものだけですけど」


 両親が共働きだったから、子どもの頃からご飯を作ることは多々あった。それに結構一人暮らしも長かったからね。初めは頑張って料理してたよ。休みの日に作り溜めして冷凍とかしてたし。途中から仕事で疲れてそれすらしなくなったけど。コンビニと外食最高。


「あなた、ゾダを従える人間なんでしょ? 何で料理できるの?」


「えぇ?」


 どんどん意味が分からなくなっていく。ここには解説役のガヴラもいない。ベアさんが恋しい。


「えっと、とにかく、私が食事を作って問題ないならそうしましょ。食材と器具どこにありますか」


 みんなが怪訝そうな顔のまま、クレーラさんの案内で食材と調理器具を見せてもらう。

 食材は正直見たこととのないものばかりだけど、コンロらしきものとフライパンがあれば充分だ。適当に炒め物でも作ろう。


「炒め物に使う野菜ってどれです? 肉とか魚はさすがにないですよね」


 食材の内容──主に味や一般的な調理方法を聞きながら、使えそうなものをピックアップしていく。

 すぐに摂取できる非常食のようなものからただの食材まで様々だ。

 ここに逃げ込む間に、見つけたものを引っ掴んできたらしい。そりゃ逃げるのに悠長に選んでいられないから、よく分からないラインナップにもなるよね。


「ん、こんなもんかな」


「ひぃ、たいくつ」


「んはは、ごめんね。ガヴラが戻ってくるまで我慢してくれる?」


「ん」


 幼女からしたらこんな狭いところでじっとしているのは暇で仕方ないんだろうね。しかもライバル視してるっぽいガヴラが外に出ているのに、自分だけここに残っていることについても何かしら思うことがあるのかもしれない。

 わざわざ口に出してくれるようになったことが嬉しいし、可愛い。


 幼女の頭を一撫でして、下におろす。足にぎゅっとしがみついてくる幼女に悶えそうになるのを堪えながら、包丁代わりのナイフで野菜の皮を剥いていく。


「……本当にできるのね」


「さっきも思ったんですけど、どういうことですか? 私が料理できるのそんなにおかしいです?」


 まあ家庭的には見えないかもしれないけど、そんなに驚くことでもないでしょ。それにただ野菜の皮を剥いているだけだし、特別に凄いことをしている訳じゃない。


「あなた、この辺の人間じゃないのね」


「あ、はい。そうです」


 そういや言ってなかったな。言う場面もなかったけど。

 というか、あれか。また異文化か。


「余程遠くの国から来たのか知らないけど、ゾダの一族っていうのはその個人が決めた一人にしか付き従わないの。それがポゥンネルに支配されるようになってからは、王族の──とりわけポゥンネルの王族や癒着関係にある貴族にしか従わなくなった。貴族、というか中流階級以上の人間は、料理なんてしないのよ。身の回りのことは全て侍女がやるわ」


「あー……」


 つまり、ゾダの一族が従う相手イコールお貴族様以上の身分であるため、料理ができるのが不思議だってことか。


 そういえば、フェデリナ様がこの世界の女性は外に出ることがあまりないって言っていたし、家事全般は女性がほとんど担っていると思っていいんだろう。だから貴族じゃないここの人たちも、料理ができない。男だから。町長の息子であるドニスさんと仲の良さそうなクレーラさんも、中流階級以上だから料理をしない。

 だからあんなに料理人のことを言っていたのか。


 まあ別に、これもただ材料を炒めているだけなんだけど。


「さっきも言いましたけど、ガヴラについてはちょっと色々あってですね……」


「それにこれ、貴族でもないのにこんな札は作れないわ」


 これ、と言って目の前に出したのは、一枚のカード。


「ちょっ、え!?」


 私の身分証だ。いつの間に。


「ミレスちゃん……!」


 知らない内に掏られたことより、それを知ってて言わなかった幼女に思わず声が出た。まさか仕返しか。

 当の本人は足に抱きついたまま何の反応もない。


「はい」


「あ、はい……」


 今は火を使っているし、そもそも何と返していいのか分からないまま、差し出されたカードを受け取る。

 失くしたら大変だと口を酸っぱくして言っていたロベスさんが頭を過った。

 でもまあ、本当に盗むつもりだったら幼女がどうにかしてくれてたはずだよね。……ね?


「ごめんなさい。別に盗るつもりはなかったの。あなたの正体が気になったものだから」


「これで信用してもらえましたかね……」


「余計に信じられないわ。ゾダを従えるだけじゃなく、あんな札を持っているのに料理できるだなんて」


 クレーラさんは馬鹿にしているようでも呆れているようでもなかった。ただ純粋に驚いているというか、感心しているというか。とにかく悪意ではないように思えた。


「私がいた国では誰が料理してもおかしくなかったですよ。むしろ家に専属料理人とか使用人がいることの方が珍しいです」


「そうなの」


 自分が一般家庭だったからであって、例えばタワマンに住んでいるとか、上流階級だったらそこの常識はまた違ったのかもしれないけど。


「あの身分証は領主様から依頼を受けたとき、報酬としてもらったんです。だから私が貴族って訳じゃないんですよ」


「領主様からの報酬……!?」


 そうだ。すっかり忘れていたけど、最初から身分証を見せて説明すればよかった。

 テア様の無言の笑顔が頭を過る。


「エコイフじゃないから証明できないんですけど、メイエン家の名前を入れてもらってます」


 ガスも電気もなく火が使えるなんて本当に便利だなと思いながら、完成した炒め物を器に盛っていく。

 ちなみに通気口もあるから火を使っても大丈夫らしい。緊急時の隠れ家とは思えないほどの設備だ。もしかしたら長期的な潜伏生活を想定して作られたのかもしれない。


「詳しく聞いてもいいかな」


 狭い空間で話しているんだから、聞こえてもおかしくはない。それにクレーラさんの驚いた声も大きかったし。


 真面目な顔をしたドニスさんに、今までのことをかいつまんで話した。どうせここから出たら分かることだしね。


 話し終わったあと、周りの反応は信じられないというものばかりのようだった。

 まあそれもそうか。ガヴラはともかく、私たちは全然強そうには見えないしね。


 ただドニスさんだけ、真剣な顔をして悩むように視線を落としていた。


「……なるほど。君たちはメッズリカの救世主って訳だね」


「はぁ」


 あまり謙遜するな、逆に迷惑だといつだかテア様に言われたので、否定はしないでおく。


「本当に信用できるんですか……?」


「ここから出たら分かる嘘を吐く理由がないよ。僕たちをどうにかしたいなら、こうして料理を振る舞ってくれたり助けようとする意味がないしね」


 怪訝な周囲の人からの質問にしっかりと返答するドニスさん。

 そんなに期待されても困るし、ただの炒め物に対して料理を振る舞うという言い方には突っ込みたくなるけど、訂正する雰囲気でもないので黙っておく。


「別の目的があったんだとしたら、もう僕たちはどうしようもない。だから君たちを信じるよ」


「ありがとうございます」


「むしろ、本当だったとしたら礼を言うのは僕たちの方だ。でも、それはここのことが片付いたら、でもいいかな」


「え? あ、はい。というか別にドニスさんたちが感謝することでもないと思うので、気にしないです」


 全部この子の手柄だからね、と幼女の頭を撫でる。擦り寄ってくるのがめちゃくちゃ可愛い。

 あ、精霊と毛玉──もとい、もふ聖獣のお陰でもあったか。今頃毛玉はどうなっているかな。


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