18.多少は譲歩してほしい
「あ、あの」
「はい?」
「相手はとても危険な人たちだよ。どうするつもりか分からないけど、君たちだけじゃ……」
「多分大丈夫ですよ」
「オレたちの侵入にも気づいていないくらいだ。大した相手ではない」
「ん」
慢心はいけないけど、自信があるのはいいことだ。任せたよ。
どうせ私には何もできないし。
「ヒオリ様、行ってきます。オレ一人で十分です」
「え、さすがにそれは」
多分検問にいた人たちも操られていたんだろうし、町の人全員を洗脳するなんて多分かなりの能力者だと思う。
「もし相手が魔術を使うんだったら……」
「大丈夫です。本当に強いのであれば力で制圧すればいい。こんな回りくどいやり方をする必要がありません」
「あー、それもそうか」
「むしろオレたちが離れている間にここを襲撃されることを考えると、ここに残ってもらった方がいいかと」
「うーん……じゃあお願いね。気を付けるんだよ」
「はい」
確かにガヴラの言う通り、何の目的があるか知らないけど、町の人たちを殺さず操って武器を作らせているところからしても、術者自身に国をどうこうする力まではないのかも。
ガヴラだって退き際くらい分かってるだろうし、無理だと判断したら戻ってくるよね。そうなったら幼女に頑張ってもらおう。
「あ、ガヴラ」
「はい」
リュックからとある物を取り出し、ガヴラへ渡す。
「そういえば武器なかったなって。買っておけばよかったね。それ、私の護身用に買ったナイフだから大した威力にはならないだろうけど、ないよりマシかもしれないから」
なぜか少しだけフリーズしたあと、ガヴラは跪いて手の甲に口づけてきた。
また、こいつは。
「ありがとうございます。大切にします」
深々と頭を下げると、あっという間に姿を消した。
「何だったんだ……いてっ」
呆気に取られていると、幼女の黒い枝に突かれた。
え、何か怒られる要素あった? ミレスちゃん、武器必要ないじゃん。
「えっと、本当に大丈夫なのかな」
むすっとしているようにも見える幼女の頭を撫でていると、ドニスさんが心配そうに聞いてきた。
「あいつの実力はよく知らないけど、大丈夫じゃないですかね。馬鹿デカい動物を軽く仕留めてくるくらいだし。ゾダの一族って強いみたいだし」
遺棄場の結界を抜けて生きてるくらいだしね。
「ゾダの一族……!?」
「何でゾダがここに……しかも王族以外の人間に従ってるなんて……」
周囲がざわつく。ゾダの一族ってそんなに有名なのか。
というか、そうか。ゾダの一族であるガヴラが遺棄場にいたことも、ましてや出てきたことも問題なのか。
やばい、何か言われてもいい言い訳なんて思いつかないんだけど。
「あなたは、一体……? それに、その子……」
紅一点の彼女が眉間に皺を寄せたまま疑問を投げかけてくる。
今まで私たちが突入したことへの驚きと一番体格のいいガヴラに視線が行っていたけど、そのガヴラがいなくなって私たちに意識が行けば疑問に思うのは当然。隣町の人たちは幼女のことをいい意味で知ってくれていたけど、この人たちはずっとここに隠れていたんだから。
「えっと、本当にただの旅人だったんですけど、まあ成り行きで色々ありまして……ちょっとあいつを助けたらヒヨコみたいについてくるようになっただけなので、別に怪しい関係じゃありません。ちょっと突っ走ることもあるけど、基本的に言う事は聞いてくれるし」
「本当にゾダの一族が、従っているのか……」
「それにこの子もとてもいい子で! 凄く強いし頼りになるんですよ!」
ガヴラは危険性がなければそれでいいけど、幼女に関しては忌み子の伝承のせいでマイナススタートだろうから、どうにかイメージアップしないと。幼女も別に害はないから、まずは一緒にいる私が無害──いや味方だってことを知ってもらいたい。
「とにかく、ガヴラの帰りを待ちましょう。その間、ちょっとドニスさんの足を見せてもらってもいいですか?」
「それは構わないけど……」
ざわついた雰囲気の中、少し困惑したような様子のドニスさんの元へ向かう。
膝の掛け物を外し、状態を観察する。歩けなくなって時間が経つのか、大分筋肉は少ないみたいだった。
「座っていても大丈夫なんですか?」
「……本当は、辛いよ。特に身体を前に倒すとね。それでも寝ている訳にはいかないから」
「なるほど。足の痛みと痺れ以外に何か症状はありますか? 手も動きにくいとか、震えるとか。呂律が回らなくなるとか」
「……」
「何かあるんです?」
「さ、最近……いや……」
「……もしかして」
そっと耳打ちをすると、かぁっと顔が赤くなるドニスさん。
「ちょっとあんた、ドニスに何言ったのよ!」
「く、クレーラ」
傍にいた女性に詰め寄られ、ドニスさんが若干震えた声を出す。
この人、クレーラさんって言うのか。他の人たちは様づけなのにこの人だけ呼び捨てってことは、親しい仲なのかな。
「すみません、でも大事なことなので」
どうやら膀胱直腸障害も出ているらしい。エピソード的にはヘルニアっぽいけどな。現代なら手術すれば改善するだろうに、この世界は医学的なところが発展していないし、病名すらまともに分類されていない。さっきの治癒術とか注射の話からしても、手術なんてとんでもないって感じだろうな。しかし早くどうにかしないと、手遅れになってしまうかも。
私も医者じゃないからどうしようもない。ドラマとか漫画なら、こういう時かっこよく手術して救ってみせるなんてシーンがあるんだろうけど、所詮私は一般人。そんなスキルはない。
でも、待てよ。エメリクがテア様を助ける時、体内の出血を止めるようお願いしたらできたんだから、治癒術士ならヘルニア(仮)に対してもどうにかできるのでは? いや、霊力の流れが血流なら椎間板に対してそれは無理か……? でも何もしないよりマシだよね。試してみるのはタダ……あれ、治癒術ってお金かかるの?
「……イレーニカさんにどうにか頼んでみよう」
さすがに聖貨とか要求されないでしょ。
「見せてくださって、それからお話もありがとうございました。私もできるだけのことはさせてください。ここを出てからになりますけど」
「こちらこそありがとう」
「じゃあ他にやることもないので、体力つくるためにも何か食べるもの作りますか」
「え?」
ドニスさんだけでなく、他の人までなぜか驚いている。
「食事は大事ですよ。もしかしたら逃げることになるかもしれないし、食べて力つけないと。せっかく料理できそうな場所もありますし」
「それは、そうだけど」
「あ、ここにあるのは調理しない非常食だけですか?」
「いや……」
何か言いづらそうなドニスさんの代わりに、クレーラさんが前に出る。
「ここに料理人はいないわ」
「はぁ」
まあ見るからに目つきが鋭くて体格のよさそうな人たちばかりだから、いなくても不思議ではない。いや、筋肉質な料理人もいるけど。
「どういうことですか?」
「逃げ出したときにいたのが、ドニスと私、それから仕事仲間だけだったのよ」
「はぁ。いや、そうじゃなくて。料理人がいないとか、贅沢言ってる場合じゃないんじゃ……? そりゃプロの腕には負けますけど、無難なものは作れますよ。それじゃダメですか」
まさか上流階級の方々で、シェフの作った料理しか食べない! なんて人たちだったんだろうか。




