17.とある町の事情
彼が言うには、こうだ。
元々裕福と言わないながらもここも隣町のように活気ある町だった。町長の息子である彼も父親の仕事を手伝ったり町の人たちのために働いたりして、それなりに幸せな日々を過ごしていた。
しかし徐々に腰痛と下肢の痺れが出現し歩行困難となってしまった。そこで父親である町長はドニスさんのために色々と手を尽くして彼を治療しようと奔走した。けれども症状は悪化するばかりで、息子のことを思うあまり、父親は少しずつおかしくなり始めていた。
そしてついに、出してはならないところに手を出してしまった。とある集団で、金を積めば願いを叶えてくれるらしい。
その集団の一人が町に来てから、父親は一気に狂ってしまった。ドニスさんの病気を災いと呼び、町の人たちのせいだと言い出した。徐々に町の人たちからの不信感が募ったかと思えば、今度は怪しい術を使って町の人たちを洗脳し始めた。完全におかしくなってしまった父親は、災いの元である息子を殺そうと迫ってきたため、近しい人たちを連れて緊急時の避難場所であるここへ逃げ込んだ。
ここはもう何年も使われていない場所で、備蓄もそんなになく、外へ出ても洗脳された人たちに見つかって殺されるだけだ。
話を終えたドニスさんが口を閉じると、再び沈黙に包まれた。空気が重い。
「とりあえず突っ込みどころが多い」
「え?」
「仕事って力仕事ですか? 屈んで重いもの持ったりします? あと転落事故とか交通事故に遭ったりは?」
「じ、事故はないけど、確かに仕事で重いものを持つことが多かった。でもどうして」
「じゃあヘルニアとかかな。今見る限り元気そうだし、下肢の障害以外ないんだったら頭とか腫瘍とかじゃなさそう。それから治癒術は? ヒスタルフに治癒術士いますよね」
「傷もないのにどうして治癒術を……?」
「え?」
不思議そうにするドニスさんに驚く。
治癒術って外傷にしか効かないの? そんな訳ないよね。テア様の腹腔内出血(仮)もどうにかなってたし。確かにあれも外傷性だっただろうけど、外科系の病気に効いて内科系の病気に効かないのは意味分からない。
「治癒術は戦いで負傷したときに使うものです。病には使いません」
補足してくれるガヴラを見上げる。
「何で?」
「悪化することがあるからです。昔、王族の病気に対して治癒術を使ったところ進行を早めたため、目に見える傷以外には誰もが使いたがらなくなったと聞きます」
「なる、ほど……?」
イレーニカさんに聞いた感じだと内科系の病気もいけそうな気がしたけど、過去にそういうことがあったのか。
病気って言っても色々あるから一概には言えないけど、治癒術を使ったら腫瘍まで元気になってしまったって感じなのかな。治癒術自体がどういう機序なのかはっきりとは分からないから何とも言えないけど。
逆に治癒術って便利なものがありながら内科系の病気にはどうやって対応しているのか気になるところだけど、今はそれどころじゃない。
「治療って具体的にどういうことをやったんです?」
「色々な薬だよ。煎じて飲むのが多かったけど、塗るものもあったよ」
内服と貼付剤はそれなりにあるのか。
「ダメ元で聞きますけど、点滴は?」
「何ですか?」
「こう、血管の中に入れるやつです。皮下とか筋肉でもいいけど。とにかく注射っていうか」
「注射……!?」
なぜか目を見開くドニスさん。周りの人たちも妙な顔をしている。
「やはりお前たちも町長の……!」
「ええ?」
「ヒオリ様。それは罪人や奴隷を抑制する時、戦いの時に使うものです」
「は?」
何でも、この世界では暴れる相手を抑えるためか戦いのドーピングとして筋肉注射をするのが一般的らしい。
聞いている感じだと麻酔とか鎮痛剤っぽいんだけど。使うシチュエーションのせいで普通の人相手に使うのは非合法みたいなイメージがあるらしい。
色々あるな、異世界。
「量を調整すれば普通に鎮痛剤として使えそうなのに」
「え……」
やっぱり妙な顔をするみんな。そんなに変なこと言ったつもりはないんだけどな。
とにかく、医療的な常識が通用しないことは改めて分かった。治療法が見つからなくて町長が変な集団に手を出したところまでは納得しよう。
「じゃあ次。怪しい集団の正体って分からないですよね? どんな術を使っているとか」
「はい……。ただ、霊術のようではないらしいと」
ドニスさんが一人の男性に目配せをする。
「はい。町の皆から僅かに“気”を感じます。その術を使っていた者も“気”を感じました」
なるほど。霊術じゃなくて魔術ってことね。もしかしたら相手は人間じゃないのかも。だとしたらそれはもう面倒なことになると思うんだけど……。
幼女だけでも結構な秘密なのに、これ以上魔術とか魔族の存在が知られたらマズい。いや、逆にありふれた方が幼女への当たりが減るか……?
「そんな訳ないよね……」
どう考えても、町長含め町の人たちへ害がある以上、その術を使う相手は敵だ。国にとっての悪が魔術を使っているなんて、幼女の風評被害となる未来しか見えない。向こうにどんな思惑があるのか分からないけど、どうせいいものじゃないに決まっている。
「とにかく、その術を使っている奴をどうにかするしかないか」
「ん」
「はい」
幼女とガヴラが頷く。変なところで気が合うね、二人とも。




